魔女の願望編 3
予想外のことは、予測や想定通りではないからこそ起こる。
シス警部側の云う予想通りとは、シガレット達が館についてから最低でも4日目、万全の体制で圧縮の魔女と思わしき犯人を誘い込むこと。
そして当然予想外とは、今この状況。
準備が整う前に犯人が襲って来る事。
この事を予期していなかった訳ではないだろう。
魔女も、署長も予想はしていた。
シス警部にはそのことを隠していたが、署長は自身の部下達が優秀である事を自負し、仮にこのような状況になろうとも対処ができると信じており、魔女自身もクラリスであると仮定して動くのならば、死体の処理なども容易く派手な音が鳴っても叫んでも気づかれない場所にシス警部が自ら行くまで待つだろうと思っていた。
ーーーいわゆる慢心である。
シス警部は、流れに身を任せていたので全く気づいていなかったが。
この3人の中ではたった一人だけ対犯人において慢心していなかった。
なぜなら自身の命がかかる、下手をすれば死ぬ、そう思いながら動いていたからだ。
彼にはまだ生きる理由があった、だが思慮が浅かった。
ここまで、トントン拍子に来すぎていたのだ。
魔女の手伝いもあり、真犯人に著しく近づいていた彼は心のどこかで魔女の言う事を信用し、魔女自身との交渉を経て「自分はできる男」であると心のどこかで思っていたからだ。
何時もの、魔女に出会う前の彼であれば、言ってみれば根暗すぎる思考から最悪を常に想定しながら動いていた。
実際魔女の小屋に足を踏み入った際も、銃を抜きながら蛙にされるか何なのかと自問自答をしていたくらいだ。
便利な道具は人を自堕落にする。
今回の場合便利な道具とは魔女のことであり、その異能を利用していた彼はぬるま湯に浸かっていたことに気づいていなかった。
結果、それぞれの思惑は違うが三者三様に慢心していた。
ーーそして、犯人も慢心していた。
予想外の援護はあった、噂を流していた人間を殺すだけのつもりが仲間がいて発砲してくるのは予想外だった。
それでも尚、魔女である自分の優位は揺るがない。
魔女の弱点を知っている人間など、此処に、特にこの街には居ないと思い込んでいたからだ。
ーーが、面制圧による強力な一撃は魔女の両足を吹き飛ばしていた。
下水道に敷かれていたブービートラップ群は拳銃を利用したものから火炎放射機や首を狙って設置された鋼線を利用した無音のものに変わり、最後の最後でM546対人弾頭(破裂後細かな矢が大量に飛散する砲弾)による一撃により、異能を使い一部は迎撃したものの、足まで守ることは出来ず、そのまま下水道に太腿から先がない状況で座っていた。
思わず舌打ちをした魔女は足が修復されるまでの間、考える。
ーーー何処かに魔女の情報を流した者がいる。私を、犯人を殺しにきているレベルの罠を見るに協力者がいるのは間違いがない、この罠は一般人に対しては遠慮がなさすぎる。
魔女は考える。
ーーー話を聞いた限りでは、奴は一介の探偵業、今回の事件に関しては興味を持って調べているだけの金にもならないただの道楽だったと。
魔女は考える。
ーーーそれでも尚知っているのは奴の顔の広さか?だが、修道院で見た限りでは卑屈そうでそうは見えなかった。
魔女はーー。
盛り上がってきた足の肉は今や完全に自身の足の形を取り戻していた。
辛うじて残っていた以前の脹脛から先の部分からローファーを外し本来逃走時に使用するつもりだった靴下を履き、ローファーを持っていたハンカチを使って拭いて履き直し、ハンカチを下水道に捨てる。
足先をトントンと床に打ち付け、以前の脹脛に貫通せずに残っていたフレシェット弾(※小型弓状の鉄の塊、M546対人弾頭に山盛り詰まっている)を幾つか引き抜きポケットの中に入れた。
魔女は心底思っていた。
今までの人間はあまりにも抵抗がなさすぎた。
全部で今日までに20数体殺してきたが特に何かがあったわけでもない。
全員が全員死ぬ直前に滑稽な顔をしていたくらいだ。
何が起こっているか分からずに呆けている顔、死に行く自分の状況に泣き叫ぶ顔、気が狂って笑う顔、それらの顔が潰れきり歪んだ顔。
それぞれ阿呆面を晒していてそれはそれで面白かったが、牙を剥いて襲ってきた人間はこれが初めてだ。
せいぜい無様に知恵を振り絞って反撃をし、何もかもが無力である事を悟って喚き散らし命を使って娯楽を提供してくれ。
他のもう一人は夜闇に隠れて顔すら見えなかったが、男だったのだけはわかっている。
あの場にいた女とは違う、何者か。
もう一人が探偵なのは兎も角それに協力している関係者。
取り分け自身の戦闘力に自信がある者なのだろう、恐らくはこの状況を予期して修道院に来ていたロスとか言う男が用意していた切り札。
即発砲してきたのには些か驚いてしまったが、今後の楽しみが増えたとも言える。
そう考えると少しもったいなかったかーーー銃を潰す時に指も一緒に潰してしまっただろう事はマンホール真下の血痕を見るに明らかだ。
ただその後の行動は非常に優秀だ、血痕が残らないように血止めか何かをして左右に分かれ撹乱しようとして居るのは私が下に降りた時に見えた。
今追いかけている方のどちらかの男を追いかけ、もし探偵の男だった場合は尋問し拷問しもう一人の正体を聞き出してゆっくり追い詰めて行くのも楽しいかもしれない。
脳を絞り作り出したトラップを自身の肉体の力だけで無視し戯曲の魔王のように追いついて魂を攫ってやろう。
その時の顔が今から楽しみで楽しみで仕方がない。
ーー気づけば顔が笑っていた、にやけるでは無く、広角が上がり切っていた。
ホッケーマスクが微妙に上に持ち上がる。
それがおかしくて、おかしくて仕方なかったのだろう。
高揚した魔女の笑い声が下水道内に木霊した。





