魔女の願望編 2
ー1日前、午後22;30ー
重要な話がある。
そう言われて魔女に呼び出されたのは屋敷前の広大な庭だった。
時間には間に合っていたものの其処には既に召集されたであろう全員がいた。
メイド4人、執事4人、イースタン署長、そしてドレス姿の魔女。
どうやらドレスを大層お気に召したらしい。
全員外に置いてあったテーブルに腰を落ち着けている。
俺は最後に開いていた席に座った。
「それで、シガレット様重要な話とは?」
切り出したのは署長だった。
「その呼び方はーー、まぁ良いわいここはお主の家じゃしな。
まぁ話というのはじゃなーー魔女とはどういうものかについて、ひいては魔女をどうすれば殺せるかについてじゃな。」
空気が凍りつく。
「…シガレット様?不躾を承知で聞きたいのですが。」
今度はメイド長が眼鏡を上げながら話す。
「なんじゃ?」
「それは貴方自身の弱点を晒すということと同意であるということだと思うのですが。」
ちょっと待て、そもそも何でこんな話を全員にする必要があるんだ。
話し方もいつも通り、恐らく素の方の魔女の話し方だ。
このメイドと執事の8人は全員このシガレットが魔女だということを知っているのか?
「待て、待ってくれ!そもそも聞きたいんだが、お前たち本当は面識があったのか!?」
「いえ、ありませんでしたよ。」
そう答えるのはロドリーゴと呼ばれた執事長だった。
「私たちは、各それぞれファルシオン様のお部屋に呼び出されシガレット様についての事をファルシオン様とシガレット様の関係性も含めて教えていただいただけです。」
つまり知ったのはここ1日半の間ということか。
それならそれで
「どうして、執事とメイドにも話をする必要があるんだ?」
「あー、それに関しては僕から説明しよう。」
署長が手を挙げると机に両肘をついて顔の前で手を組み話し始めた。
「今回の件、失敗は許されない。
この『失敗』というのは当然の事ながら容疑者の確保の失敗...そしてシス君の命を失うことも含めての失敗という意味だよ。
当然シガレット様も同じ考えでね、私に相談されたんです。
で、シス君、君を殺されない様にするために力が借りれる相手がいないか、例えばここのハウスキーパー達とか、と仰せになられましてね。」
手を広げ一人一人の顔をイースタン署長が見る。
頭を恭しく下げたのはメイド長のリコだった。
「ファルシオン隊長の元で教えを乞い、研鑽をさせて頂いていた我々が力を貸す流れになったのです。」
署長が大きく頷く。
「今回の一件は僕が責任を持つから、最悪犯人を殺してしまっても構わない、と決めたんだ。
このロークタウンに住む人たちの命も、シガレット様の命も君の命も大切だからね。」
「まぁ、一応交渉はワシもするつもりじゃが...恐らく殺し合いになるじゃろうな。
最悪の場合、ワシがーー殺す。」
魔女の表情が一瞬歪む。
殺したくなど無いだろうに、その言葉を出す為に無理をしているのが何となく伝わってくる。
だが、その悲壮な決意の影にこの件に関しては少なくとも裏切られないと確信できるだけの何かがあった。
魔女の言葉を聞いて椅子から立ち上がった署長が机に沿ってグルリと歩き出す。
「出来れば、そんなことにならない様にする為にーー副隊長のリコ、ベリー、チェルシー、デニス、エンリケ、フリオ、そして僕の剣と銃の師ロドリーゴとアンナ。
全員が一騎当千、僕が認める本当の精鋭達だよ。」
褒められたせいか、全員が微妙に照れている。
ベリーだけは少々顔色が暗いが。
いや、気づいてはいた、気づいてはいたが矢張りそうなのか。
前に署長の口から聞いた、本当の英雄。
なんの勘違いでもなく矢張りここに居るのがその英雄達だったという訳だ。
「これからシス君とシガレット様のサポートに入ってもらうからーーというか実は今日の時点で既にシス君には一人ついていってもらってたんだけど気づいてなかった?」
は?
見覚えのある顔は今日一日、修道院で見かけたシスターくらいしか居なかったはずだが。
「そのキョトンとした顔を見る限り気づかれてなかったみたいだね。
どうやら腕は落ちていないみたいでよかったよ。」
「1日も欠かさず鍛錬はしておりますから。」
ハハハハハという笑い声が巻き起こる。
事態についていけないが、理解はした。
どうやら俺は気付かないうちに守られていたらしい。
「分かった、もういい、話を続けてくれ。」
魔女に向き直して話を催促する。
「その顔が見れてワシも満足じゃし、続きを話すとしよう。」
もう一度ドッと笑いが巻き起こる。
俺には全く笑えんのだが。
「さて、まずはリコの質問に答えるとしようかのう、ワシの弱点を晒すという話が出たが気にしなくて良いわい。
色々と手は打ってあるし、簡単に言えば人間の弱点は脳と心臓ですというのと変わらんもんじゃからな。
今回なら、圧縮の魔女やそれに与するものがおらん限りは問題なかろう、若しくはワシにこの場で仇なす者でも居らん限りはの?」
そう言いながらこちらをチラリと見てくる。
意識的に俺は目を背けた。
「クカカッ、まぁそう言う訳でな、ワシはここに居る全員を信頼しておる。
続いてと言う話になるが、魔女とは何かについて、じゃな。」
そう言うと、魔女が俺を手招きする。
...流石に嫌な予感がする。
また俺を道化にでもするつもりだろうか。
だが、署長の手前逆らう訳にもいかないので俺は渋々と魔女に近寄る。
「まず、シス君とイースタンの小僧には4日前、御主らには昨日話した通り、魔女とは異能の力を手にした人間という考え方で基本は構わん。
何故こうなったのか、は正直分からん。
当然、ワシ以外の者も居り、その人数に関しては現在不明じゃ。」
俺が魔女の近くに寄るまでの間に聞き覚えのある話が話される。
人数の話は聞いていなかった気がするが。
「此処からは魔女の根幹に関わる話になるが、魔女は異能の力以外にもう一つ恐るべき力を得るんじゃな。」
もう一つ?
変身でもするのだろうか、バッタの怪人やら、悪魔にでも。
悪魔ならあり得そうではあるか。
「イースタンの小僧以外は誰も信用せんかったが、ワシは実年齢が100歳を軽く越えておる。」
そう言いながら俺の腰のホルスターにある拳銃を自然な動作で立ち上がりながら抜く。
「そしてな。」
乾いた発砲音が辺りに響く。
3回。
弾ける肉と飛び散る鮮血。
ーーーは?
何をしている、こいつは。
「何やってんだお前は!?」
崩れ落ちていく魔女の体を何とか支える。
赤い、紅い色が真っ白なドレスに滲む。
目で追うことしかできなかった。
スライドを引き自分の太腿、手首、胸の順で止める暇もなく速射。
胸に関しては左胸の付近、どう足掻いても肺か、若しくは心臓を貫いていてもおかしくは無い。
何故このタイミングで自殺などーーー。
刹那、目に映ったのは腕と足と胸の銃創を覆う煙。
恐らくは、タバコの煙。
その煙が銃創の中に潜り、貫通していなかった胸から潰れた銃弾が盛り上がってきた肉に押し出され飛び出す。
「ふぅ...おぉ、シス君支えてくれて有難う。」
机の方を見ると全員が椅子から立ち上がっていた。
そしてこの様子を茫然と見ている。
俺の手から体重が消える。
ドレスの染みはそのままに、俺の銃を机の上に置きながら、魔女はーー。
「これがもう一つの恐るべき力。
...まぁ力とは違うが、擬似的な不老不死とでも言えばいいのかのう。」
正真正銘の化け物だ、本気でこんな奴が大量にいるのならーー。
「言ってみればこの力の所為で魔女自体を殺すのは非常に困難じゃ、だが当然こんなワシらにも殺し方がある。
これを知らぬまま、魔女と会敵すればーー。」
そうか、殺し方があると言っていた。
そうでも無ければ魔女がこの世界を乗っ取って、人間にとってのディストピアが形成されていてもおかしく無いはずだ。
「死ぬな、確実に。」
黒髪、黒目の逞しい体つきのーー確かフリオと呼ばれていた執事が言葉を発した。
魔女がその言葉に頷く。
「百聞は一見に如かず、見てもらう方が早かろうと思ってな。」
「シガレット様、今後はこの様な戯れはご遠慮いただきたいのですが。」
ロドリーゴ執事長の声がテーブルの向こう側から聞こえる。
「ふむ?」
「彼方をご覧下さい」
「ーーあっ。」
俺が立ち上がるのと魔女が声をあがるのが一緒だった。
魔女の目線の先を見ると、署長がショックのあまり気絶していた。
ー 数分後 ー
介抱された署長が目を覚まし、心臓が止まるかと思ったとの話をして魔女が笑いながら謝罪をした後、一呼吸おいて魔女は話を切り出した。
「話の腰は一旦折れたが、続きからでいいかのう?魔女の無力化の仕方ーー殺し方についての説明になるわけじゃが。」
デニスとエンリケ、フリオとチェルシーが頷く。
残りの5人は不動のまま、魔女の方を見ている。
俺も無言で魔女の方を見る。
自然とゴクリと喉が鳴った。
「さて、まず魔女は先ほど見てもらった通りじゃが、何故か普通に致命傷を与えられそうな大動脈の通っている手首やら、心臓やらに銃弾をぶち込んでも殺すことはできん。
では何をすれば止めるなり殺すなりできるのかという話になるんじゃが。」
魔女が指で頭を刺す。
「ココじゃ、脳を破壊されればワシらは死ぬ、がーー。」
先ほど机の上に置いた俺の拳銃をもう一度持ち直し、スライドを引く。
「撃つぞ。」
間髪入れずに射撃。
乾いた音が今度は一発鳴り響いた。
何か固いものに当たる音がし、魔女の側頭部付近からぽろりと潰れた銃弾が転がり落ちる。
何が起きたかは分からないが、兎も角なにか見えないものに弾かれている。
「この通り、普通の状況であればーーいや、睡眠状態であっても頼んでもいないのにオートで脳を守ってくれる便利な機能がついてるわけじゃな。」
いよいよ化け物だ。
この状況で殺す方法なんて本当にあるんだろうか。
「まぁ、そんなワシらを無力化する方法は幾つかある。
一つは魔女同士の戦い、どういう理屈か異能の力はどうやらこの不思議な力に干渉せんらしい。
そして、一つは一瞬で体が消された際ーー例えば溶岩に突っ込んだ際などじゃな。
ワシ自身が試したことはないからわからんが、若しかしたら意識が残っているかもしれんのでこっちは無力化としておくとしよう。
この方法なら、寝ている間に溶岩に突き落とすなり、深海に沈めるなりで無力化できる可能性はある。
伝聞でしか聞いておらんが1人の魔女がお試しで溶岩に飛び込んでそのまま出て来んかったから恐らくは無力化できておるんじゃろう。
後はーーーココ。」
そう言いながら魔女が首の付け根をトントンと叩く。
「この首の付け根の部分は何故か頭の防護枠から外れておってな、ココを切断すると殺せるらしい。一ミリでもズレると防護されるらしいがの。」
「切断。」
「そう、切断じゃ、寸分の違いもなく真っ直ぐにな。下に一ミリ残れば体は再生するし、上に一ミリズレれば刃が折れる。
当然切断しきれなければすぐに元に戻ると聞いたのぅ。」
神業もいいところだ、当然魔女も動き回るだろう。
そんな中、寸分違わず切断なんてできる存在がいるのだろうか。
いや、いるのだろう。
聞いたということは、誰かがやった結果ということだ。
「そしてこれはお主ら人間には1番可能性が高い方法、ワシら魔女は異能を使う際に脳が疲労する。
疲労しきると糸が切れた様に倒れるんじゃが、其処から疲労が回復するまでの間はこの防護が発生せんらしい、実際それで殺された知り合いがおるからのう。」
つまり、異能を使わせ続けて疲弊したところに銃弾を打ち込めば殺せるということか。
「一応、単に足止めをするためだけなら足を吹き飛ばす、腕を吹き飛ばすとか、火計にかければ火で相手が燃えている間は再生している間は追いかけて来れんじゃろうな。」
「それならやりようはありますね、足止めだけでよければいくつか提案できるでしょう。」
そう淡々と伝えたのはメイド長のリコだった。
「チェルシー、腕は鈍っていませんか?」
「当然!」
腕まくりをしながらチェルシーが二の腕をパンパンと叩く。
「ベリー」
「はい!リコ副隊長!」
「効くかどうかは分かりませんが、ヘカートⅡ(※アンチマテリアルライフル)の使用を許可します。
隊長、宜しいですね?」
署長が自身に指を刺し驚いた顔をする。
「結局僕が決めるのかい?」
メガネの奥から冷たい眼光が所長を貫いているのが分かる。
直接睨まれているわけでも無いのに、背筋が凍る。
「冗談だよ、構わない。
HEIAP(※ High Explosive Incendiary/Armor Piercing Ammunition 徹甲弾、榴弾、焼夷弾の機能を持つ欲張り銃弾。装甲破壊を目的とし、更に内部に甚大な被害を及ぼす強力な弾頭。詳しくはwikiをどうぞ。)も好きなだけ持って行きなさい、弾代は当然僕が持つから安心してね。」
背筋が凍る程の視線も何処吹く風の様子で署長が返答する。
その胆力が頼もしくもあり、恐ろしくもある。
ベリーがガッツポーズを取る。
弾代...恐らく1発1発が馬鹿にならない金額に違いない。
「但し!ベリー!君の狙撃は最終手段だよ、先ずはそれまでで何処まで削れるか確認してからだからね。」
残念そうな顔で署長を見るベリー。
トリガーハッピーという奴なのだろう。
「アンナさんに関してはーー」
「もう歳だからね、後援に努めるよ。」
「ええ、前線を張るのは若いのに任せるとしましょう」
そう言いながら老齢のメイドと執事長が口元を緩め、執事長は椅子から立ち上がりながら執事3人の方を見る。
「デニス、エンリケ!」
『はっ!』
1秒も立たず、名前を呼ばれた執事の2人が席を立ち執事長の方を見ながら背筋を伸ばして敬礼する。
「ケースAD-CFです、復唱!」
『市街地及び閉鎖された地域における敵勢力の掃討及び対象の護衛!』
「宜しい、装備は今回はEで行きましょう。
返答は要らないので座りなさい。」
そう言われて、デニスとエンリケが椅子に座り直す。
「フリオ!」
「はっ!」
今度は残った1人が立ち上がる。
「今回は残念ながら貴方の役目はありません。
ただ、仮に敵が攻めてきた場合は私とアンナ、そして貴方の3人でケースG-Fで対応します。
了承出来たなら、返事は要らないので座りなさい。」
そのまま、フリオも椅子に座る。
あっという間に伝えられた内容を聞きながら、目で追うことしかできなかった。
今俺に分かったのはーー
「つまり、囮作戦を手伝ってくれるってことでいいのか?」
メイド長と署長が同時に頷いた。
「補足いたしますと、ネル様の身に危害が加わらない様にも気をつけさせていただきます。」
執事長が恭しく頭を下げながらそう付け加える。
そうか、俺がつけられてこの屋敷の場所がバレないとも限らないわけか。
「だから、シス君。
君は何も心配せずに自分に与えられた役目を果たしてくれるかな。
それでもなお何かありそうならーー」
何時ものように柔和な表情と声色で話す署長。
その表情が、声色が途切れた一瞬で変わる。
「ーー僕も出るよ。」
署長が目が細まり射抜くような視線で俺の方を見ながら、普段より1オクターブは低い声で話した。
俺自身を見ているわけではない、その先にいる今回の犯人を見据えているのは分かる。
それでも尚、俺の身は縮こまり空気が凍る。
一昨日感じたベリーからの感覚、先一昨日に感じた刃を抜いた時と豚箱にぶちこむ発言の時の署長の圧力。
それを軽く凌駕する、今日の署長の見紛うことのない殺気。
先一昨日の様な冗談ではなく、そして、俺自身を見ているわけではない筈のその殺気に椅子に座っていた俺の腰が砕ける感覚を感じた。
出来ることならば逃げ出したい、それが叶わないのであれば泣き叫び喚き散らしたい。
若しくは自害してしまうことすら、頭を過ぎる。
かろうじて残っている理性が、その行動を拒みはする。
椅子の横についている持ち手の部分を掴み力を込める、せめて意識は保っておきたい。
揺れる視界の中、目線だけで周囲を見ると、先ほどまで微笑んでいたアンナやロドリーゴですら口を真一文字に結んでいる。
俺だけではなく、魔女以外の全員が息を呑み込むことすら忘れ署長の圧力を耐えている。
「小僧、もういいじゃろ。」
フッと空気が弛緩した。
胸が早鐘を打っている。
いつの間にか止まっていた息を思い出し、空気を大きく吸い込んだ。
「…試すような真似をしてごめんね、シス君。」
試すような真似?
「実はね、これで逃げ出すようなら今回の件から外そうと思ってたんだよ。」
署長から来た衝撃の告白。
魔女が止めたのを見るに奴も一枚噛んでいたのだろう。
「小僧を恨むなよ、シス君。言い出しっぺはワシじゃからのう。」
喉を鳴らして魔女を見る。
口を開くのはまだしばらく時間がかかりそうだ。
「意図を、お願いできますかな?」
額と頬に汗を滲ませているロドリーゴが口を開く。
説明という単語すら発せない程の緊張状態だったということだろう。
この2日の間見てきた余裕のありそうな笑みが顔から消えている。
「死ーーー避けられぬ死を目の前にした時、底なしの悪意に晒された時、人はどのような行動を取るのか、知っておるか?」
「諦観、狂乱、叫喚、無駄とわかりつつも逃走、命乞い…。」
そう低い声で言葉にしたのはフリオだった。
「まぁフリオ、お主のいう通りじゃな、大抵の人間はそうなる。
悪意に耐えきれんのじゃよ、自分を害そうとする悪意にな。
今回の相手は余程のことがない限りは魔女じゃろう、それも犯行の手口から鑑みるに人間全体を恨んでいるような根の深い魔女じゃ。」
フッと、魔女の目に翳りが見える。
「先程見せた通り、魔女は普通に相手取っても殺せぬ。
そして、どういう訳か異能の力を扱えるーーーいわば怪物のような存在じゃ。
そして、ただの動物と違い恐ろしいことに人間と同じく知恵を持ち、今回の相手に関しては間違いなく此方に仇をなしてくる、明確な殺意を持ってな。」
自然と喉が鳴った。
言われてみれば、聞いているだけでも牙も爪も失い知恵と武器で立ち回るようになった人間に、擬似的な不死身性と不可思議な力を与えられたその辺りの獣より、その辺りのサイコパスより幾万倍も恐ろしい存在。
一度猛威を振るえば街の一つくらいは死ぬまでに滅ぼせるのではないだろうか。
魔女が煙草を一本取り出し、加える。
指先から火をつけ、たっぷり肺に煙を溜め、口から細く吐き出した。
「それはな、異質な殺意なんじゃ。
今のものとはまた感覚が違う、気味の悪い殺意。
それを向けられた時にせめて逃げ出すようになっておらんと助けがあるにしろ何にしろ単に死ぬ。
じゃから此処で、ただ諦めるだけ、泣き叫ぶだけ、命乞いをするだけの人間には死んでほしくないから、退場願いたかったのじゃな。」
「警察署長になってからというもの、特に何もしてなかったから鈍っていたとは思うけどね?」
軽口のようにその言葉を発する署長に対して力無くチェルシーが笑う。
「以前以上だったじゃないですか〜…。」
「冗談がきついですねぇ、隊長は。」
銀の髪を揺らしながらエンリケが薄く笑い、署長の方を見る。
「それより驚いたよ、シスーー警部だったかね?」
老メイドのアンナがこちらを見て笑う。
「最初見た時は頼りの無いヒョロヒョロしたのだと思ってたけど、ファルシオンの殺気に耐えるどころか反骨精神を燃やして睨み返すとはね。」
そんなつもりはなかったのだが、どうやらそういうふうに捉えられてしまったらしい。
「見どころあるね、あんたいい兵士になるよ。アンナさんが一つ手解きしてやろうか?」
「はは、アンナ老の手解きは手解きではなく「しごき」になるでしょうに」
ロドリーゴがそんなことを言い、アンナが睨み返す。
俺はまだ、息をするのもやっとと言うところなのだがメイドと執事達はすでに軽口を叩き始めている。
「さて、度胸試しも終わったことじゃし、まとめに入るとしようかのう。」
今のを度胸試しの一言で片付けるつもりなのか。
普通なら失禁してぶっ倒れてもおかしくはないだろう。
俺だってここ数日の経験がなければ間違いなく気を失っていた。
「何か言いたそうなシス君は置いておいてじゃな、今まで通りシス君には囮をしてもらい、デニス、エンリケとベリー、チェルシー、リコの5人がワシらのサポートに回り、屋敷に犯人が侵入してきた時の為にフリオ、ロドリーゴ、アンナと小僧は待機。
今から2日後に廃棄区画に誘き寄せると言うことでいいかのう?」
その言葉に対して俺も含め全員が頷く。
そういえばーー
「もし廃棄区画に魔女が来なかったらどうするんだ?」
「その場合は囮捜査続行じゃな。
じゃが、本当に犯人がクラリスだとするなら、堪え性は無い子じゃったからのう…。」
そうか、その性格のままなら恐らく来るということか。
「他に質問はあるかのう?」
今思い当たる物は特にはない。
「ふむ、なら今日はーー」
と言いながら魔女が大きく欠伸をし
「もう寝るとするかのう」と言いながら目を擦った。
「そうだね、お開きにしよう。」
「シガレット様。もし良ければ何かしら、お部屋まで温かい飲み物でもお持ちいたしましょうか?」
「ふむ、ハチミツたっぷりのミルクがいいのう、よく眠れるじゃろうからな。
それと、甘いパウンドケーキか何かも頼みたいんじゃが。」
寝る前にひどい気疲れを起こした。
リコとシガレットがそんなやりとりをしているのを聞きながら、俺はタバコをふかしながら、その場を後にした。





