閑話休題編
昼食が終わり、自室に戻りようやく一服する。
この後外に出ると考えると若干憂鬱だ。
死ぬ程気疲れはしたし、腹は膨れたしで一眠りしたい気分になっている。
そもそも眠い。
睡眠欲が脳を侵しょくしていくのがわかる。
ーーーコンコンコンっと扉が叩かれる音で意識が戻る。
許可もしていないのにそのまま扉が開く。
誰だ、と問う必要もない。
扉を開けて入ってきたのはドレスを着込んだ魔女だ。
「おう、シス君食後の休憩中じゃったか。」
喋り方が戻っている。
まぁ、俺と二人しかいないのなら猫を被る必要はないという事なのだろう。
腰掛けていたやけに体が沈むベッドから立ち上がる。
「で、いつ何処にクラリスを誘い込むかの相談か?」
「女が男の部屋にやってくるのじゃからもう少し気の利いたことは言えんのかのう。」
げんなりする。
この魔女は何をほざいてらっしゃるんですかねぇ。
「...そんな顔せんでもよかろうに...まぁその通りじゃよ」
そう言いながら魔女が暖炉の前にあった椅子に座る。
俺も灰皿の置いてある膝下サイズの小さな机を挟んで暖炉の方に向いている椅子に腰をかける。
魔女が煙草を(相変わらずどこから出しているのかは分からないが)取り出し、火をつけ吸い始めた。
これまた美味そうに吸っている。
「あぁぁ…効くのう、脳髄に響くわ。」
そういえば結局昼食後も吸っていたように見受けられなかった。
結局数時間は吸っていなかったしずっと我慢していたのだろう、気持ちはわからなくもない。
「さて、シス君、一応昨日の夜の間にいつ何処に誘い込むか場所を探っておったんじゃがな。」
昨日の夜?俺が寝た後にこの魔女はまだ行動していたということか。
「随分と仕事熱心だな。」
「まぁワシのは仕事というか、道楽と使命を足して2で割ったようなもんじゃからな、熱心とは少し違うかのう。
ーー場所は旧ウェストサイド地区、現廃棄区画じゃな、ここにしようとおもう。」
ーーは?と声が漏れる。
あの区域は今は侵入できなかったはずだ。
ガス漏れの危険性における観点から侵入は許されず入り口のない外壁で囲んであると聞いている。
何度か見に行ったが、確かに進入できる場所はなかった。
「お主のことじゃから侵入不可能な場所にどうやって侵入するのか気になっていると思うんじゃが、犯人と同じルートを使う。」
「ーーー下水道か!」
魔女が頷く。
確かに下水道は封鎖されない公算が強い。
そこまで俺の知恵は回っていなかった。
「下水道のルートも下調べはしてあるから安心してくれて構わんし、すでに昨晩の間に障害は取っ払っておいたから安心してくれて構わんわい。」
手回しが良すぎるが、些細なことではある。
どうせ考えたところでわからんのだ。
イーストサイドから旧ウェストサイドまでの距離は車で片道1時間かかる。
徒歩で夜中の間に出かけて、どうやって戻ったかなど問うてみても恐らくごまかしてくるだろう。
「で、いつに関してじゃがーー1週間後を目安にしようと思う。」
「1週間!?」
長い。
その間に新しい被害者が出てくるかもしれない。
そもそも一緒の場所に魔女と1週間もいるなんて耐えられる気がしない。
「もう少し短くならないか?」
魔女がふむ、と言いながら顎に手を当て目を瞑る。
「今日を含めずに3日が限度じゃな。」
3日、3日か、正確には4日。
「限度と言ったのにも理由があってな、ワシ自身この相手が本当にクラリスなのだとしたらしっかりと準備をしたいんじゃ。
最悪の状況を想定してーーな。」
魔女が言う最悪の状態。
何が最悪なのか思考する。
「そして仮にクラリスが本気で此方を殺しにくるのなら、ワシ一人なら兎も角お主まで生かして返すことは非常に難しくなる。その為の仕込みよ。」
思考するまでもなく答えを出してきた。
仕込みをすると言うのなら、一緒に噂を流布するわけにも行くまい。
そもそも設定がお嬢様なのだ、仕事についてくるはずもないか。
「出来るだけ、被害は出したくないからのう。」
…まぁ、そこの考えは一致している。
俺だって被害を出したいわけではない。
だがーー
「別にそこに俺がいる必要はないんじゃないか?」
魔女が小馬鹿にした表情で此方をみる。
「馬鹿者、お主がいなければ誰がクラリスをとっ捕まえるんじゃ?」
「別にお前が気絶でもなんでもさせた後に連れてくれば良いんじゃないのか?」
「協力者に全て任せようとするわけか、警察は恐ろしいのーぅ。」
最後の間延びした声が腹が立つが、言っている筋は通っている。
化け物と対峙する可能性があるのが正直非常に気が引ける。
頭に柔らかい感覚。
「まぁ心配せんで良いわい、シス君の命はワシがしっかり守ってやるからのう。」
慈愛に満ちた笑みで子供のあやすように俺の頭を撫で回す手を振り払う。
「まぁ、日数を減らしてもいいが、その分生還率は下がると捉えてもらっていいぞ。
ちなみに1週間の場合は予測では生還率250%じゃな、シス君が2回分死んで半殺しになったとして追加で何かがあっても半殺しの状態で生き残れる予定じゃ。」
どう言う状況だそれは。
「ちなみに3日だとどうなる。」
「100%、一回分くらいなら死んでも大丈夫と言う感じかのう。」
何をどうすればそう言う計算になるか分からないが、100%生きて帰れるなら問題ないんじゃないのか。
そもそも一回死んだら終わりなのに何が大丈夫なんだ?
いやーー、違う。
若しかしなくても修道院での一件で俺はーー。
魔女の方を横目で見ると、魔女は特に此方を気にする事もなく煙草を吸っている。
だが、あの時言及されることを避けていた内容を今もう一度突っかかっていく必要はあるか?
どうせまた何だかんだと理由をつけられ、のらりくらりとかわされる。
若しくはーー。
まぁ、この話を聞くのは今すぐじゃなくていい、なんだかんだ条件を付けてこの事件が解決してから聞き出せそうなら聞き出せば良いのだから。
今は話を合わせるに限る。
「なら別に構わないんじゃねぇのか?」
「…まぁ構わないと言えば構わんのじゃが…。」
歯切れが悪い、何を言い淀んでいるんだろうか。
「いや、まぁ良いわい。」
諦めたように頭を降りながら魔女が此方の意見に同意した。
「…分かった、4日後で噂を流布してくる。他に流しておいた方がいい噂はあるか?」
「そうじゃのう…特にないが、お主自身が元軍人ーー程度は加えても良いかもしれんのう。
あとは、出来るだけシスターには考えてる噂話を全て話すようにすれば良いと思うぞ?判断は任せるがのう。」
俺が元軍人...まぁ何かコイツなりの考えがあるのだろう。
そして自分自身が危険に晒されるのは良いのか。
まぁ、俺としては魔女が危険に晒されるのは構わない。
「分かった、成果はまた帰ってきたら報告する。」
と言いながら立ち上がった俺を魔女が手で静止した。
「少し待つんじゃシス君。」
そう言いながら魔女が吸っている最中のタバコを灰皿に置き、新しいタバコに火をつける。
見た事のない青色のタバコ。
それを一息に吸い上げる。
一瞬で灰と化していくタバコを見ながら俺は当然の疑問をぶつける。
「一服するなら後にーー」
ぶつけ切る前に思い切り煙を吐きかけられた。
悪戯ーー否、こんなことを前にもされた。
一瞬頭に血が上りそうになるが、冷静に思い返す。
そう、アレは下水道に入る前だ。
「...今度は何用だ?」
魔女がちょっと残念そうな顔をする。
なんだ?キレてる俺をみたいのか?
「色々じゃな、お主の居る場所が雑にじゃが把握が出来たり、この前と同じで一定以上の悪臭や音量を自動でシャットダウンしたり、ある程度の耐ショック性があったりのう。」
「成る程な。」
詰まるところ重さを感じない防護服の様なものか、便利な事だ。
「さて、シス君にばかり働かせるわけには行かんしなワシも動くとするかのう。」
伸びをしながら魔女がそんなことを言い出す。
「例の準備とやらか?
結局何をするんだ?」
どんな準備かの説明は無かったが、この質問の仕方で答えが返って来るかも知れない。
「まぁ、色々とな。」
色々と来たか。
まぁ、いい。
こいつなりに頑張るのだろう、何かしらを。
「せいぜい俺の事を裏切る算段じゃねぇ事を祈ってるよ。」
「憎まれ口...それでこそじゃな。」
そう言いながら意地の悪い顔でサメの様な歯を見せつけ笑う。
「では、お互い無事に戻る事を祈っておるよ。」
ああ、と答えると俺は外に出た。





