女子着替編
「あら、どうしたの?ネル。」
角を曲がってドレスを持って突撃してきたネルをそのまま持ち上げて、一回転して下ろしてやる。
「メイドさんが動かなくなったから助けを求めてやって来たよ!」
...そんな様子は微塵も感じさせていなかったが疲労で倒れでもしたのだろうか。
チラッとメイドの居る方に目線を移すとため息をつきながら、やれやれと言った風に首を横に振っている。
倒れることが日常茶飯事なのか?
「大変ね、それじゃあメイドさんを助けに行きましょうか。」
手を遠慮なくグイグイと引っ張って来るネルに抗わず歩き出そうとすると
「あー、行く必要は無いかと...多分すぐ来ると思うんで。」
とチェルシーがこちらを止めた。
すぐ来る?
「ネルちゃん!」
本当にすぐ来た。
ネルが曲がって来た角から赤髪の、ベリーとかいうメイドが現れて、膝から崩れ落ちながら床を滑ってネルに抱きつく。
「怪我はない?大丈夫?」
「お姉さんは?鼻血が出てるよ?」
恍惚の笑みを浮かべるメイドの姿を見て察した。
なるほど、シス君と違い真性の小児性愛者と言うやつか、それも相当根の深い。
「何やってるんですか、ベリー先輩?」
「…チェルシー!?なんでここに?」
軽いため息を吐きながらチェルシーが続ける。
「シガレット様の着替えのお手伝い...というか、ベリー先輩も一緒に入ったじゃないですか。」
その言葉を聴いたベリーは冷や汗を垂らしながら此方を見上げている。
「チェルシー、シガレット様、リコさんにはこの事はーー。」
ははぁ、成る程メイド長に知られるとまずいのか。
「…まだ気付いてないの?」
その本人がチェルシーの後ろにいる事は気づいていなかったのだろう。
背後から先程、屋敷の扉の所で聞いた声よりも数段トーンを落とした声が聞こえてくる。
おお、蝦蟇が鏡ばりの箱の中にいれられたかのような汗を大量に掻いている。
だらだらだらと。
「い、いつから」
「ここに来た時間かしら、貴方がお客様に抱きつく数分前いた辺りからかしらね。
普段は適度に手を抜いている貴方が、頼んだ仕事をすぐ終わらせた事に気づいた時点で行く場所の予想はついていたわ。
貴方の趣味、いいえ、性癖は重々承知しているから。
だから、ロドリーゴ執事長に頼んで私がする予定だった仕事を任せてかけつけて来た訳だけどーー案の定だったようね。」
冷ややかな目だ、口調も非常に淡々としている。
見ている私としては面白い見世物ではあるが、受けている本人としてはたまった物じゃないだろう。
先程からしどろもどろになりながら「あぇ...」とか言っているのを見るのは些か惨めに感じるので、そろそろ助け舟を
「まって!」
声がしたのはメイド長とベリーの間に仁王立ちして手を広げているネルの方からだった。
「こっちのお姉さんはきっとネルがいきなり急にいなくなったから慌てて探しに来てくれたの!だから怒らないであげて!」
おお、あのネルが人の事を気遣っている。
初めて会った時と比べて随分と成長したものだ。
さて、メイド長の判断やいかに。
「...承知致しました。
ベリー、被害に遭われた心優しいお客様に感謝する事ですね。」
ベリーが、心の中でホッと胸を撫で下ろしているのが見える気がする。
空気が弛緩したとでも言おうか。
「取り敢えず、鼻血を拭きなさい。」と言いながらメイド長がベリーに歩み寄り膝を折るとハンカチを手渡す。
「シガレット様、ネル様、ここからは昼食会場まで私も同行させていただきます。」
監視の意味も込めて、という事だろう。
当然のことながら、私達のことではなくベリーの監視だろう。
気付くと笑みが溢れていた。
「ええ、構いませんよ。」
「じゃあ、お着がえ手伝って?」
服を広げ、前に突き出したネルを見て、メイド長が柔らかな笑みをこぼしている。
「仰せのままに、ネル様。」
「わ、私もーー」
手をとって試着用らしき小部屋に歩いていく二人を、追い縋る様な瞳で、鼻血を拭いていたベリーが見ながら手を伸ばしているのを私は見ている。
よっぽど、ネルの着替えを手伝いたかったのだろう。
その声を聞いたネルがメイド長の手を離しくるりと半回転すると
「ダメ!お姉さんはゆっくり休んで?鼻血も出てるししんどいでしょ?」
とベリーに向かって頬を膨らませて伝えた。
思いやりの心が成長しているのを鑑みるに、私の教育自体は間違っていなかったらしい。
ほぼほぼ箱入り娘の様に育てていたので、今回どの様になるのかは気になっていたが、この様子なら今後街の中で連れ歩いても問題はなさそうだ。
一方ベリーは一瞬ショックを受けたかの様な表情をし、その後恍惚の表情に変わり小さく蕩けているかの様な声で「はい…」とだけ答えていた。
どういう内容が頭の中で展開されていたのかはわからないが、腑には落ちたらしい。
「ベリーさん、もし宜しければ私の着替えを手伝っていただけますか?」
先ほどチェルシーと話していた時に、選んだ服の着付けが厳しいという話も出ていたし、これで少しでも傷心を忘却の彼方へと追いやることができればとは思うが…
「え、でも…」
口ごもるベリーに畳み掛けるように声をかけたのはチェルシーだった。
「先輩、シガレット様の服の着付け一人じゃ難しいんで手伝ってもらえません?」
懇願するように、チェルシーがベリーを見ている。
「はい、分かりました。
不肖このベリー、シガレット様のお着替えをお手伝いさせていただきます。
一旦、服を着替えて参りますので少々お待ちください。」
と言ったベリーは私たちを見て一礼すると、此方にきた時と変わらないスピードで出口へと走って行った。
一瞬伸びていた鼻の下に若干の不安は感じたが、まぁ私はネルと違うので遇らうくらいは出来るだろう。
「すいません、シガレット様有難うございます。」
突然、チェルシーに謝られた。
「ベリー先輩は結構面倒臭い質でして…正直助かりました!」
ああ、成る程。
沈み込んだら出てこれない様な質なのだろう、復帰させるのが大変というか。
結果、いい方向に行ったのであれば此方としても願ったり叶ったりだが
「何かよく分かりませんが、手助けになったのであれば何よりです。」
と首を傾げながらチェルシーの方を向くことにした。
私をほぼ一般人と思わせておいた方が都合が良い。
恐らく、ここのメイドと執事は軍属だったか、何かしらの戦闘訓練なりを受けている様に見受けられる。
表面上はそんな素振りは見せないし、私達はお客様だからか心をある程度許している様だが、立ち位置ひとつとっても常に何かがあったときに此方を守れる様に位置取っている。
執事もパンツから脹脛が浮かび上がっているし、メイドの方も長袖とロングスカートで上手く誤魔化しているが、先ほどベリーが崩れ落ちた際に見えた足は匍匐前進特有の砂利の上等を通った時につく傷跡が残っていた。
ちょっと他と比べて間の抜けた雰囲気がなくも無いこのチェルシーという少女も、長袖からチラリと見える手首から傷が見える。
恐らくは、署長の元部下か何かといったところだろう。
「そう言ってもらえると助かります!」
此方の真意をどこまで汲んでいるかは分からないが、チェルシーは此方にそう返してきた。
ある意味ポーカーフェイスなのだろう。
あの様子なら早く戻って来るだろうが、そろそろ腹が減っていなくも無い。
今日の昼食は何が出て来るのかを考えながら、ベリーの帰還を待つとしよう。





