警察署連行編2
ガチャリとノブを捻る音と共に扉が開き、魔女がチラリとそちらの方を向く。
開いた扉の先にはシス警部ともう1人シス警部より少し背の低い小太りの男が居た。
至って普通の制服を着ており、胸から勲章を幾つか下げ、帯刀していることから彼がシス警部の上司であることがわかる。
「貴様...いつの間にーーー」
「シス君、構わんから。」
ボディチェックをしたにもかかわらず煙草を吸う魔女を見たシス警部の激昂に対しすぐさま小太りの男が制する。
横を向きながら大きく鼻息を吐き、シス警部が腕を組む。
ああ、やはりーーと微かに聞こえるか聞こえないかの声を出し、額の汗を拭いながら小太りの男が入ってくると、先程までシス警部が座っていた椅子に腰掛ける。
「...イースタンの小僧か。」
魔女が口角を上げつつ語るとイースタンと呼ばれた男に声を掛ける
「この様に歳をとり、体型が変わっても貴方様には分かってしまうのですな、シガレット様」
少し瞳を潤ませながら小太りの男がそう応じる。
「シス君、この方が捜査の手伝いをして下さると言ったと言っていたね。」
後ろを振り向きつつ小太りの男がシスに向かい話しかける。
「え、あ、はい、その通りです。イースタン署長」
「勿論、この方は手伝ってくれるよ、そもそも手伝っていただくつもりで君に迎えに行ってもらったんだからね。」
「……は? それはどういうーー」
やり取りに多少泡を食いながらシス警部が答えるや否や
「クカッ...あの泣虫鼻汁小僧が署長になっとったか」
魔女がここぞとばかりに挑発を行う。
「魔女、貴様ーーーー」
「ーーーシス君」
鋭い眼光がシス警部に突き刺さる。
その瞳はイースタン署長と呼ばれた男が只者ではないことを物語る。
息を詰めてしまったかのようにシス警部が黙る。
「良ければ、現状どの様な状況になっているかお教えいただけませんかシガレット様」
煙を大きく吐き出す魔女に小太りの男がこうべを垂れる。
その姿を見て魔女はカカカッと笑い、
「教えていただけますかも何もないわい、そも手伝うといっておろうが。頭を下げる必要もないぞ? ワシは只の人に忌み嫌われる『魔女』なんじゃからな、様付けもいらん、そんな言葉遣いでは他の人間に訝しまれるぞ?」
そう魔女が嘯き、その様子を見て頬を綻ばせるイースタンの姿。
その様子を眉根を顰めて見るシス警部の姿がそこにあった。
「では......と言っても大抵のことは既にそこにいるシス警部に話した通りなのじゃが」
そう切り出すと魔女は煙を吐き出したながら滔々と語り出す。
事の始まり、シス警部が自分の家に来た事。
連行されたのがこの場所である事。
犯人扱いされたことをねちっこく。
そして、自分の家の吸い殻が消えた事と物的証拠であるタバコの吸い殻の事。
その後、シス警部が署長を呼びに言った事。
そこまで話し終えたところで、勿論ーーーと魔女は切り出す。
「ワシが犯人でない証拠はないわけじゃがな?」
魔女が苦笑しながらタバコの煙を吐き出した。
ふぅ、と溜息をつきながら署長が椅子を回しながらシス警部に向き直る。
「シス警部?」
警部が目をそらす。
「私、言ったよね。 参考人だって。」
更に目をそらす。
「そもそも捜査令状と逮捕状? そんなもの私発行してるって聞いた覚えないけど勝手に発行したの?」
補足ではあるが、この世界では一時逮捕の為の逮捕状を警察署にて発行することが出来る。
が、一時逮捕の場合の逮捕状は必ず所轄の署長の許可が必要なわけなのだがーーー。
「ほう、口から出まかせか? 大したものじゃのうシス警部?」
いつもの笑みよりも眉間にシワを寄せ少し意地悪く魔女が笑うと、それに対し唾を吐き捨て腰の拳銃に手をかけつつシス警部が激昂する。
「煩い! 魔女め! なんなら今すぐ此処でーー」
そう言いつつ魔女に詰め寄り机の対岸に歩を進めたシス警部の首筋には腰の鞘から抜かれたレイピアが突きつけられていた。
「ーーーシス君、それ以上話したら僕は君が勝手な捜査令状の発行、虚偽の申告などを行なって連行したこと等を理由に『ネックレス』を下げてもらうことになるよ。」
先ほどまでの柔和な目つきではなく鋭い青の瞳がシス警部を貫く。
ドサリと音がなり腰に下げていたホルスターが落ちる。
ネックレス、とは勿論ただのネックレスではない。
いわゆる『コロンビアネックレス』であり、喉を切り裂き舌をその穴から引きずり出すという処刑方法である。
元々徴兵経験があり英雄とまで呼ばれたこの小太りの男、ファルシオン・イースタンの神業と呼ばれたその剣術であれば抜刀からものの数秒で作業を完了させ、無残な死骸を作ることが出来るだろう。
また、貴族の中でも侯爵に位置するイースタン家ならば殺人行為すら闇へ葬ることが出来る。
その為、シス警部の頬を一筋冷や汗が垂れたのと、恐怖を覚えてしまった事は何も大げさな話ではない。
ひっと言う短い悲鳴と共に後ずさりしつつ警部は膝から崩れ落ちた。
その間も的確にレイピアは喉を狙い続ける。
威圧、恐怖。
この言葉に逆らえないという強制力がシス警部を襲う。
「ーーー面白い見世物じゃが、続きを話していいかのぅ」
タバコを燻らせる魔女の言葉に署長が2秒ほどの時間を空けて刃を収める。
「失礼致しました、シガレットさん」
魔女がフッと笑い、そのまま話し始める。
「さて、ここまではそこに居るシス警部にも話したことではあるわけじゃが、此処からはまだ話していない内容になる。
よく聞け、聞きもらすなよイースタンの小僧とシス警部。」
煙を吐き、机に肘をつき前に体重をかけながら署長を見据えて小さな声で魔女は言った。
「犯人はそれでも、やはり、魔女なのじゃよ。」
煙と沈黙が部屋の中に充満する。
警部だろうか署長だろうか、喉を鳴らす音が響く。
意外にも切り出したのはシス警部だった。
「…署長が来る前お前は自分をタバコの魔女だと言っていたーーつまりはお前以外の魔女いてそいつが犯人って事だろ。
そもそも魔女は複数人居るって話は警察で少しキャリアを積めば誰だって知ってる話だ。」
床に座ったままだった警部が立ち上がる。
「クカカカ...賢しいのうシス警部、その通りじゃよ。またてっきりーー」
「てっきり『矢張りお前が犯人か!』とでも言うと思ったか?
俺だって考える脳みそくらいはある。」
一瞬目を見開き、魔女が笑う。
警部にずいっと顔を寄せながらそれは、それは愉快そうに、楽しそうに。
「警部、意外とお主見所があるかもしれんのう」
忌々しげな顔で舌打ちをしながら警部は魔女から目を逸らした。
「良い反応をするのう、シス警部は。
んん、良いものを見せてもらえたから少しだけ余談も語るとしようか。
先ほども言ったがワシはタバコの魔女、例えばこのように。」
言うが早いか口から出した煙の形が変わる。
それは兎に、蛙。
それぞれ二足歩行を行い、稲穂を持ちながら室内を駆け巡る。
「ワシの能力だとこんな感じじゃな、煙に意思を持たせて動かしたり、こんな感じにーー」
指をスナップさせ右手人差し指に火を灯すとそのまま何処からか取り出したタバコに火をつける。
「ーー火をつけたり、そこら辺からタバコを取り出したりじゃな、じゃがそれ故にーー。」
ウサギと蛙がピタリと止まり、警部の方に向き直る。
「ヒッ!?」
シス警部が驚くのも無理はないだろう、無機質に機械的に大きく口を開け、本来無いであろう犬歯をむき出しにし自らの大きさとは不釣り合いなほどに口を開け飛びかかりーー霧散した。
「ーーー勿論、殺傷能力はないわけじゃがなぁクカカカカカカ!」
立ったはずのシス警部はまたもや尻を地面につく。
「良い反応じゃな、コメディアンなど目指してはいかがかな?
シス警部ではなく尻餅を吐き続けるからこれからはアス警部とでも呼んでいいかのぅ?」
笑いながら魔女が嘲る。
顔を赤面させながらシス警部が睨みつけるが、当の魔女はどこ吹く風で口を開く。
「まぁ、ワシのは見ての通りの能力な訳じゃが...故に今回の件はまぁ、まず、間違いなく魔女が絡んでおるな。」
「なぜそう言い切れる?
イかれた殺人鬼の可能性がないとでも言えるのか?」
立ち上がりつつ質問をするがーー
「シス君、なぜ僕が君にシガレットさんを呼びに行ってもらったかわかるかい?」
その言葉に応対したのは署長であった。
が、その言葉に対し魔女は手で制する。
「すぐに質問できるのは良いことじゃよ、小僧。 のう、警部、被害者は亡くなった時にどんな見た目じゃった?」
そりゃーーと口にして、警部がこめかみを押さえる。
殺された人々の資料、潰れた遺体、それもーー縦からプレス機で潰されたのかの様なーー。
そんな言葉が脳内を回遊し、シス警部の脳裏に「普通じゃあり得ない」という言葉が現れる。
「やはり賢しいのう、そう、あり得ないんじゃよそんな状態の遺体はな。」
そう、被害者は全員、その場でプレス機に潰された様な見た目をしていた。
運ぶのであれば、必ず何処かしらが崩れるはずなのにだ。
不自然なほど綺麗に残っている遺体。
飛び散った血液も、その場で潰されたとしか思えない。
仮に上から鉄板か何かで思い切り潰されたにしては路地裏や下水、橋の下、トンネル内等の閉鎖空間で殺されている。
そして何より、凶器が見つかっていない。
「まぁ、頑張れば人間でも出来ないことはないかもしれんが、まぁまず無理ーーとなれば魔女の仕業よ。」
「...お前もやろうと思えば出来なくはないのか」
シス警部の口からは未だ懐疑の言葉が放たれる。
警察官としての矜持とでもいうのだろうか。
「ワシに?...流石にあんな方法では殺せんのう。」
一瞬悩んだようなそぶりを見せ魔女は否定する。
「ーーワシに出来るのは精々窒息あたりじゃて、先ほど行なった通り煙を利用するのが関の山じゃろうな」
ああ、と魔女が独り言ち
「まぁ、警部ほど驚いていただけるのならばショック死もあるかもしれんがのう」
チッと舌打ちする警部に笑みを向けながら魔女が目を瞑る。
「まぁ、恐らく二つ名は『圧力』辺りじゃろうな。」
「知っているのか...?」
食い気味にシス警部が魔女に詰め寄る。
「んん、いい反応じゃが今回の犯行から逆算しただけじゃ。
色々と思い当たる節はあるが、ここまで分かりやすいとそれくらいしかあるまい。
が、仮に圧力だとするとーーーちと面倒かもな。」
一本吸い終わったタバコを握り潰し、今度は何処からともなく煙管を取り出す。
「それは、どういうーーー」
魔女が紙切れを指の隙間から取り出し煙管に紙巻きタバコのように丸めて差し込み火を付ける。
「こういうことじゃよ」
煙を吸い、一気に吐き出す。
拡散され、放射状に流れる煙がのたうつ様に一本の線となり筆記体の様な文字を紡ぎ、グルリと部屋中を囲む。
ページに書かれた文字の様に、表れたその煙の形はしっかりと人名を刻んでいた。
「これはーー」
『アイギス・アルトバーグ、枷』から始まる文字の羅列、そこにはしっかりとシガレットの名前も刻まれている。
「魔女の名前じゃな、ワシの出会ったことのある者だけじゃがの。」
煙を長く吐き出しながら、魔女が目を細める。
「全ての魔女の名前と、全ての魔女の二つ名がここに書いてあるわけじゃが、死んだ魔女の色は黒煙で、生きている魔女は白煙で名前が書かれておるんじゃな、これが。」
確かに白煙と黒煙で名前がしっかりと分かれており、目の前にいるシガレットの名前は白の色で書かれている。
「いや、だがこれはーーーー」
シス警部がそういうのも無理はないだろう。
大半の名前が黒くなっている。
「ふむ、シス警部は魔女はそこら中にいるとでも思ってたんじゃろうが、41年前に起こったとある街での災害でな、8割近く亡くなったんじゃよ。」
あっけらかんと魔女は言う。
「41年前...?警察に入ってから習ったぞ、確かオルガナ砂漠化事件とかなんとか...」
「お、シス警部は博識じゃのう。
それじゃよ、魔女の住む街オルガナに特大級の災害が起こったんじゃな、結果オルガナは砂漠になったわけじゃが。」
懐かしむようにシガレットが嘲笑する。
「魔女の住む街...?」
魔女が頷き、話を続ける。
「その時にな、大半の魔女が亡くなったんじゃが...ほれそこ、下から10行目、見えるかのう?」
其処にはハッキリと黒色で『クラリス・クラン 圧力』と書いてあった。
「これが、どういうものなのか知らんが勘違いってことはないのか?」
この魔法の煙がどの様になっているかわからないシス警部のエラーが起きているかもしれないと言う内容の質問は当然であった。
首を感心した様に縦に振り笑いながら魔女が言葉を紡ぐ。
「これは、わしのタバコの煙を吸ったことのある魔女の名前でもあってな、生命が失われると自動的に色が変わるようにしてあるんじゃよ。
だから可能性としてあり得るのは仮死状態からの復活のはずなんじゃがーーー」
警部が生唾を飲み込む。
「まさか、目の前で死んだとかそういうことか?」
首を横に振りながら魔女が笑う。
「盾の魔女、シルヴィアから死んだという報告は聞いておるな。
じゃがのぅ正確には、という話になるがワシの煙を取り出すには肺機能の停止、つまり死亡が必要なんじゃ、シルヴィアが嘘をつくとも思えんし死んだはずの日も砂漠化事件の時と会うんじゃなコレが。」
「つまり...死んでから生き返った可能性があるってことでしょうか?」
魔女が目を少し見開き署長の方を見る。
「蘇生...流石にそれは考えておらんかったな。 小僧は面白いことを考えつくのう。だがーーー」
帽子を少し深く被りながら魔女が言葉を紡ぐ。
「とある理由によって所謂治癒やら復活やら蘇生やらができる魔女はこの世に存在せんはずじゃ、そんな魔女が居れば寧ろ聖女だのなんだのと呼ばれて人間に重宝されるじゃろうしな。」
聖女...蘇生...と警部が口から漏らしながら何やら考える素振りを見せ、ハッとした表情で顔を上げる。
「思い出したぞ、聖女、居るじゃねぇか!」
首を捻りながら魔女が警部の方を見る。
「双聖女、『ソリア』と『アーシア』だよ、数十年前まで活動していた歳を取らない2人の聖女だ! 何とか言う教会まであるんだしあの人達の様な存在がいるなら蘇生ができる存在もーーー」
「その2人なら魔女じゃよ?それと、宗教に興味はないのじゃろうが、世界で一番の信者を抱える宗教の名前くらいは知っておいて損は無いと思うぞ?」
長い間、自信満々で語っていた警部の顔が固まったあとゆっくりと顔色が悪くなっていく。
「ーーーは?」
「ソリアとアーシアじゃったな、上から3行目と28行目。」
喉をならし、警部が言われた付近を見渡す。
其処には、黒煙で『ソリア・ウェルシオン 風』、『アーシア・アトラ・エルヴェール 土』と書いてあった。
「ーーーはぁ!?」
警部が魔女の方に向き直す。
「警部も小僧も知らんかもしれんが、そもそも魔女と云うモノは異能を使った初めの魔女、『アルバ・スターター』が女性だった故に付いた呼称にすぎんぞ?」
「それは、私も知りませんでしたね。
……男性の魔女がいるから不思議ではあったのですが。」
署長が唸りながら腑に落ちた様に首を縦に降る。
「じゃあ、なんだ? 聖女は実は魔女で、でも人間を助けて周っていたってことなのか...?」
いよいよ意味がわからないと云うふうに警部が頭を抱える。
「まぁ、そうじゃな。
警部にもわかりやすく説明するなら正確には違うが脊索動物門哺乳網霊長目人科ヒト属が現生人類である御主等であると云うなら、脊索動物門哺乳網霊長目人科魔女属。
それがワシら魔女じゃな、未だなぜ異能の力が使えるのか、それも一辺倒な力しか使えないのかは分かっておらんがのぅ。」
「しかし、これは...」
唾を飲み込む音が部屋に響く。
「死んでる...?一体何があったんだ...?」
「その2人の魔女もオルガナじゃな。」
一瞬、魔女の顔が陰る。
が、目の前の2人がそれに気づく事はなかった。
「まぁここ数十年でワシの知らん魔女も生まれているかも知れんからあり得ん話ではないと思うが、どちらかと言うと新しく現れたと言う方があり得るのう。」
「現れた..?」
煙管に入っていたタバコを捨て、服の隙間に仕舞い、指を弾き、現れた新しいタバコに火をつける。
大きくタバコを吸い、吐き出し、数秒経ってから魔女は話し出した。
「魔女は、唐突に現れるもんなんじゃよ。
同じ魔女はその魔女がいる限りは現れんが、その魔女が亡くなるとどこかで発生するんじゃ」
「なんだ、それじゃ魔女は木の股からでも生まれてくるってのか?」
肩をすくめ、冗談めかしてそう言う警部に一瞥すらくれず魔女は顔を伏せる。
「それだったらどれだけ良かったことやらなぁ」
室内の空気が沈黙する。
警部ですら、地雷を踏んでしまった事を理解したのか魔女から顔を背けた。
「まぁ、魔女の生まれの話しは今関係ないからのう、特に気にする必要もあるまい?
それより、今後の話じゃの。」
パッと顔を上げて先程のように魔女が2人に話しかける。
「圧力かどうかは兎も角、ワシになら犯人を探すだけならある程度のところまで可能じゃ。」
魔女がそういいながら警部を手招きする。
自分の顔を指さしつつ、首を捻りながら魔女の方に警部が近づいていく。
「うぉっ!?」
そう声が出るのも仕方ないだろう、魔女が警部のスーツに手を急に突っ込み弄り始めたからだ。
「てめぇ、何をっ...」
そう怒鳴ろうとした警部を尻目に
「お、ここかやはり内ポケットじゃったな。」
魔女は警部のスーツの内ポケットから何かを取り出した。
「あっ」
警部の間の抜けた声がスーツを探る音が消えた室内に響く。
「...魔女様これは...?」
それは密封性の高い袋の中に入ったタバコの吸殻二本。
「いや、署長、これはですね。」
あからさまに警部がしどろもどろし出した。
「ああーー、なるほどのう。それも勝手に持ち出しておったのか。」
警部の顔から脂汗が噴き出す。
「シス君? まさかシガレットさんに来てもらうために、というよりも勝手に逮捕する為に重要証拠まで持ち出してたのかい?」
顔が不思議な色に変化していく。
大きな溜息が室内に響く。
「シス君、君の行動力、そして正義感は正に素晴らしいの一言に尽きる。」
ポンと、肩に手を当てられた警部が顔を恐る恐る後ろに向けるとそこには署長の笑顔があった。
「言わば、警察官の鑑、今の腐敗し形骸化した警察官にはまず出来ないであろう独断専行。」
独断専行の言葉と共に肩に圧力がかかる。
「成る程、全くもって素晴らしい警察官だね君は」
顔は笑っている、笑ってはいるが一切目が笑っていない。
警部の背筋に冷たいモノが奔る。
「...シス警部の処分は後々決めてもらっていいかのぅ?
このままでは明日の朝になっても話が終わらなさそうじゃ。」
その言葉を聞いてすぐに署長は手を肩から離し、
「本当に後で覚えていなさいね。」
とボソッと警部に耳打ちした。
サッと顔が青ざめる。
「さて...改めて...ップ足跡を追うのには...シス警部が勝手に持ち出して...ンフッおったこのタバコを使うんじゃが...」
その様子を見ていた魔女が半笑いになりながら話そうとしていたが、咥え煙草を口から外すと
「あー、すまんやっぱ我慢できんわ」
真顔でそういった直後魔女が爆笑する。
机を叩く音と椅子をガタガタ揺らす音、所々に漫画かとか本当にコメディアン向きとかそういう言葉を混じえながらも魔女は心の底から笑い倒した後、酸素不足になったからかヒューヒューという音が魔女の喉から漏れた。
「本当にっ、いいキャラしとるのうシス君はぁっこんなに笑ったのはいつぶりかのう」
深呼吸をした後、一度思い切り噴き出し、もう一度深呼吸をして、魔女はようやく落ち着いた。
警部は勿論のことながら顔を真っ赤にしていたが、署長の冷ややかな瞳を見るや否やスッと真顔に戻った。
「俺の痴態で満足したなら早く話の続きをしてくれ、そのタバコを使ってどうするんだ。」
噴き出す音が二つ。
もちろん、魔女と今度は署長もであった。
「すまんすまん、まるで喜劇でも見てるようでな、うむ、では今度こそ続きを話すとしよう。」
大きく咳払いをしながら魔女が証拠品の煙草をおもむろに袋から取り出す。
警部が手を出し止めようとするが、声を出す前に所長が手だけで警部を静止させた。
そのまま魔女はタバコに火をつけ深く吸い、煙を吐く。
その煙はただ吐き出された煙から先程のように兎に姿を変えた。
「こやつを使う。」
警部が訝しんだ目で魔女を見る。
「さっきのウサギか?」
うむ、といいながら魔女は腕を組みながら首を縦に一度振った。
机上に現れていた兎が煙の帯を出しながら魔女の肩の上に乗り、猫か何かのように頬擦りする。
「このウサギはこやつ自身を作った煙草の通ってきた足跡を辿れるんじゃよ。」
は?と本日何度目かの間の抜けた声が取調室の中に響き渡る。
「ありえねぇだろそんなん、タバコを呑んでる人間なら誰でも追っかけられるってことかよ。」
辟易とした表情で魔女の方を警部が見る。
目を瞑り、鼻を鳴らして魔女はそれに応える。
「いったじゃろう、ワシは魔女で二つ名はタバコ、タバコに関する事なればなんでもござれというわけよ。
ただ、今回のこれに関してはワシの吸った煙草の吸い殻じゃからな、足跡を辿ると最終的にはワシの店に辿り着く。」
ニヤニヤとしながら魔女が警部の方を見る。
その様子を見た警部は溜息をつきながら
「...お前の言いたい事...いやお前が俺に言わせたい事はわかる。
『やはり役立たずだな』とでもいって欲しかったんだろうが、残念だったな。」
そういうと、ポケットの中から少し寄れた手帳を取り出し開くと間に挟まっていた地図を取り出した。
「それは盗品ではないのかのう?シス君?」
地図を広げる警部に対して魔女が煽る。
が、一度辱めを受けて耐性がついたのか
「アホな事言ってんじゃねぇ両方俺の私物だ。
そもそもあのタバコも借りてただけだ。」
と、警部はスルッと話を返した。
が、そこで借りていたという単語に反応して署長が目を光らせる。
「シス君?」
「あ、すいません。
嘘です、タバコは勝手に持ち出しました。」
そう言いながら署長から目を逸らしつつ胸ポケットからペンを取り出し、地図に丸をつけ始める。
「確かに今のままならここからお前の家に着くだけで終わりだろうが……。
お前、その兎をキープなり再度生み出すなりを実はできんだろ。」
鋭い目で警部が魔女を見、貫く。
魔女が目を見開く。
「で、恐らくだが事件現場でウサギを生み出すなり追跡を開始させれば犯人の足跡を追わせることができるんじゃねぇか?」
笑い声が響いた。
先程の爆笑ではない。
声は若い、されどその笑い方は老女のそれであった。
正しく、絵本の中の魔女のような笑い声が部屋の中に充満する。
そして、それはそれは愉快そうに笑う声だった。
「いい、いいのうシス君、90点やろう。」
目を細め、楽しそうな声で魔女が言う。
「満点には一歩足りんかったが、概ね正解じゃ。
この場にいるウサギを一度消して再度呼ぶことも、キープして追跡を開始させることも両方可能じゃ。
惜しかったのはその場合に現場から警察署か犯人の足跡、何方を追えるのか、追うのかと言う点が抜けておったところじゃな。」
鮫の様な牙を見せ、笑う。
「此処が害者の見つかった場所で、お前が咥えてるのがこっちでもう一本が此処だ。」
地図の中では市内の裏路地に当たる場所、人通りが少なそうな場所に全部で15、丸が付いている。
「で、警察はお前の異能とやらをどこまで信用していいんだ?」
自身の胸から煙草を取り出し、警部は火をつけた。
煙を吐き出し、薄く靄がかる室内に魔女の顔がうっすらと映る。
顔が嗤う。
「タバコのことに関してなら、トコトン信じてもらって構わんよ。
ーーー小僧、いや署長少し話したいことがあるんじゃが。」
そう言いながら魔女と署長は部屋から出て行った。
ああ、これでようやく離れられる。
この魔女との不毛なやり取りも此処で終わる。
そう、警部は胸中で独りごちた。
ーーー結論から言うと、俺はこの後この魔女と行動を共にすることになる。
嗚呼、きっと分かれ道があると言うのならば俺はこの時突っ込んだんだろうな、話を断って例え警察をクビになろうと普通の世界の道に入るのか、それとも泥沼、否ーー底なし沼に自ら頭まで突っ込みに行くのを。
読了有難う御座います。
もし良ければ今後ともよろしくお願いします。
今回は後書きで内容補完用に登場人物紹介と言語辞典をご用意させていただきました。
ご興味あれば読んでいってください。
では次回をお楽しみに!
【登場人物紹介】
・シガレット・スィガリェータ
タバコの魔女
外部森林とよばれている場所の入り口から少し入ったところにある煙草屋の店主。
この物語の中核を担う(予定)。
・シス警部
何故か魔女に並々ならぬ憎悪を持つ警察官
魔女のことになると感情がかなり高い確率で先行する。
人相手だと割とまとも。
・ファルシオン・イースタン
小太りの警視正、ロークタウン警察署署長。
シガレットとは随分昔に知り合っている。
なお爵位は伯爵位だが、とある事情から自分の意思で戦争に飛び出している。
【言語辞典】
現在明かせる内容のみの記載となるので後々同単語が出てくると思われる。
『魔女』
異能を使える人間の総称。
現在作中で確認できているのは
枷、土、風、タバコ、圧縮、盾。
二つ名に応じた異能が使える。
『オルガナ砂漠化事件』
41年前に起きたオルガナと言う都市が1日で砂漠化した事件。
世間一般では何故そうなったのか不明、そもそも魔女の住む街という内容が認知されていない。
『警察』
基本的には普通の警察署と同じものと考えて問題ない。
ロークタウンの中には交番もある。
一部この世界には無い機能もあるが、其処は『作者のご都合主義の犠牲』になっていると思っていただきたい。
『ロークタウン』
人口約120000人。
東の郊外に森が広がり、外部森林と名付けられている場所にシガレットは店を経営している。
地区は、中央と東西南北に分かれており、セントラルパークを中心に、イーストサイド、サウスパーク、ウェストサイド、ノースパークがあり、各それぞれの場所にストリートと名のついた通りがある。街は海に面しているサウスパークを除きぐるりと一周高さ3m程の壁が取り囲んでおり、、ウェストサイドからサウスパークに向かい街を二分する河が流れている。