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署長宅訪問編1


気づけば昼前になっていた。

以前、署長の誕生日ということで呼び出されたイースタン家。

その邸宅は相変わらずの巨大さを誇っていた。

人が横に十人並んでも歩いても問題なさそうな門扉の先に邸宅へと続く道が広がっている。

今は先ほど門の前にあった電話を繋ぐと老齢の男性の声で「シガレット・スィガリエータ様とシス・セーロス様とネル様ですね、お迎えにあがりますので少々お待ちください」と言われたので車の中で待っているところだ。

この邸内を歩き回るのも容易では無いだろう。

なんせ広い、土地が広い、サウスパークでここより広い土地は見たことがないレベルでだ。

常にニコニコ笑顔でたまに圧をかけてくる、まぁいい上司。

警察署で働く中でそんなイメージが着いているが、ここを通るたびに署長は本当に貴族なのだと思い知る。

ーーなどと考えていたら、目の前の門がゆっくりと開き始めた。

ネルが運転席と助手席の間から体を乗り出し、明るい笑顔で開いて行く門を見始める。


「すごいすごい!かってにあいてるー!」

前に身を乗り出し脚をパタパタさせている。

無邪気なものだが…まさかとは思うがこの魔女は街中にこの子を連れ出したことすらないのだろうか。

朝も衛兵がいるだのいないだの程度で騒いでいた覚えがある。

ロークタウンに一回でも来たことがあるなら衛兵くらい見たことはあるはずだ。

あいつらが仮に全員バイトなのだとしても、朝でも昼でも夜でも基本的には一人は必ずあの場所に立っている。

バックミラー越しに魔女を睨んでみるが、所詮バックミラー越しだからだろうか特に気付いている様子はない。

というか、寝ている様に見える。

昨日もそうだったし今日もそうだが慢性的な寝不足か何かなのだろうか。

腕を組みうつらうつらと船を漕いでいる様に見える魔女を見ているとガコンッという音と共に門が開ききった。

開き切った門の前に燕尾服の老輩の男性ーー執事が立っている。

その斜め後ろには黒を基調にしたエプロンドレスにフリルのついたカチューシャを着けている妙齢の女性ーー所謂メイドがいた。

二人は車に乗っている俺たちの目を真っ直ぐに見ると恭しく礼をする。

執事の方は右足を引き、右手を腹の辺りに添え、左手を横方向へ水平に差し出す。

メイドの方はスカートの両端を摘み頭を下げる。

よく見れば広い通路の脇にも各それぞれ3名ずつ、執事とメイドが礼をしていた。

あまりにも非日常的な状況に少し目が回る。

執事が頭を上げると、後ろにいたメイドと周りの六人も頭を上げる。

全員見覚えがある顔だ、確か誕生日の時に給仕していた8人だった筈だ。

ネルはキョトンとした顔をしていたが、「おおー」と言いながら拍手を始めた。

前に立っていた執事とメイドが此方にツカツカと近寄ってくる。

非常に洗練された歩き姿だ。

窓の外にいるはずのその姿に気圧されたまま、車の窓の前で二人が立ち止まった。

そして、ノックを4回。

自然と俺は窓を開けていた。


「ようこそいらっしゃいました、シス様、シガレット様、ネル様。

 私はこの度皆様のお世話をさせていただきます執事長のロドリーゴ、そして此方はーー」

「メイド長のリコです、以後お見知り置きを。」

整った顔は当然のことながら、日に焼けた褐色の肌、茶色の目に整えられた白い口髭と髪の老輩の執事と白い肌に透き通るかのようなホワイトブロンド、青の瞳に眼鏡をかけた妙齢のメイド。

別世界にでも来たのでは無いかと錯覚する。

なんか妙にいい香りもするし。


「車は私が停めて参りますので、皆様は屋敷の方へどうぞ先においで下さい。」

そう言うと執事が流れる動作で扉を開けながら頭を下げ、手を外の方に向ける。

メイドの方も後部座席の扉を開けると、手をエプロンドレスの前で合わせてお辞儀をしていた。

俺は比喩ではなく固唾を飲み込み、脚を外に踏み出した。

ここまで改まられると此方の方が緊張してしまう。

同じタイミングで外に出た魔女の方を見ると余裕綽々といった表情でメイドの差し出した手を取って外に出ていた。

最後にネルがメイドの手を取って外に出ると、執事が軽く会釈をして車に乗り込み徐行速度で車を出した。


「皆様、それでは向かいましょうか。」

リコと呼ばれていたメイドが俺達を先導し、歩き出す。

門の中に入り、以前も見たがその景色に圧倒される。

屋敷に続く50m程のまっすぐな石畳の道の左右には、様々な花が咲き乱れる花畑が見える。

芸術やらに疎い俺でも美しいと思える配置だった。

綺麗にカットされた芝生の上に白とピンクと赤の花が生垣の前に並び、外で茶会を開くためのガーデンテーブルやら、噴水やら、生き物の形にカットされた植木やら、クリケットフィールドがある。

前は夜だったのもあって碌に見て回らないうちに酒に酔って気付いたら家にいたのだがーーー。


「すごーい!すごいすごーい!ごうていだぁ!」

ネルが無邪気に喜び脇にある花の前に走っていく。

「お気に召した様なら何よりです、ネル様。」

「リコ、このお花は何?」

「その赤色とピンク色の花はシクラメンですね、白いのはクロッカス、クロッカスジャンヌダルクとも呼ばれています。」


ジャンヌと言えばかの救国の英雄であった存在を思い出す。

歴史の授業で確か「ヴィエマルシェ広場の惨劇」とかいうのを習った覚えがある。

俺の覚えが正しければ、フランスを救った彼女は魔女と呼ばれヴィエマルシェ広場で火炙りにされそうになったが、何の因果か縄が解け、その場に居た自分自身に火炙りの刑を言い渡した裁判官やら何やらを皆殺しにして、ジョフロワと呼ばれる処刑人に殺された、という話だったはずだ。

英雄ではあるが、最後がまずかったと言う話で締められていた覚えがある。

それなのに、赤ならともかく白色で表されているのは何故なのだろう。


「何かお聞きになりたいことでもあるのでしょうか、シス様。」

よほど真剣な顔で悩んでいたのか、それとも機微に聡いのかはわからないが、リコが俺に声をかけてきた。

「あー、いや、なんでこの花にジャンヌ・ダルクの名前が付いてるのかが分からなくてな。」

リコからの質問に素直に答えることにしよう。

疑問はあまり残したくないが、女中に聞いて果たして花の由来までわかるものなのだろうか。


「かのヘンリー6世の夢の中に毎夜ジャンヌ・ダルクが出てきて殺そうとしたという話がありまして、その怒りを鎮めるために白い花の名前にジャンヌの名前を付けて怒りを鎮めた、だったと記憶しております。」

メイドとはそんな知識まで有しているものだったのかと感心する。

いや、特別なのかもしれない、メイド長と呼ばれていたのを鑑みるに様々なことに造詣が深いのか?


「気に入ったのであれば、後でお部屋にお持ちいたしますが。」

ニコニコと笑うネルを見てしゃがみ、目線を合わせながらリコが声をかけると

「いらない!花がかわいそうだもの!」

とネルが大きな声で返した。

「わかりました、それでは一緒にお屋敷に参りましょう。お食事の準備も出来ておりますので。」

というとリコがネルの手を取る。

「ご飯?」

「はい、ネル様。」

太陽が霞むほど、明るい満面の笑みを見せネルがリコの手を握る。


「シガレットとおじさんも早く行こう!」

そして此方を見てそう言う、そういえば俺も腹はそれなりに空いている。

大喰らいっぽい魔女はどうなのだろうか。

ふと気になり後ろを見ると、クロッカスを見ていた目線を此方にうつし立ち上がり始めたところだった。

「出発じゃな。」

膝を払い俺の横を通り過ぎていく。

「ああ」とだけ答えると俺は魔女の後ろについて歩き出した。

そして、俺の側面に執事が3名、メイドが3名並び歩き出す。


メイドの一人は老齢だった、白髪のモノクルを着けている女性だ。

当然の様に腰は曲がっていない、しっかりと大地に根が張っているかのような立ち姿だった。

どこか美しさすら感じるのは、俺の感性が如何かしているのだろうか。

年齢的にはリコよりも此方がメイド長と言われた方がしっくりくる気はする。


対して執事達は全員若い、少なくとも見た目は俺より若く見える。

だが、鍛えられているのがよくわかる。

燕尾服に隠れてはいるが、うっすらと形がわかる程度の筋肉量であるのは間違いない。

髪型は三人共短く整えられており、髪の色がそれぞれ赤、銀、黒だ。

赤髪の肌は薄く焼けておりパッチリと開いた目で好印象を受ける。

銀髪は白い肌で少し細めの目だ少々広角が上がっているので受ける印象はそこまで悪くない。

黒髪は少し肌が黄色がかっている印象を受ける、東洋人という奴だろうか、1番ゴツくも感じる、眉毛も太い。


残る二人のメイドの内片方は大きな目が印象的だ、金のウェーブかかった髪に笑顔をたやしていないおそらく1番若いのではないだろうか。

そして残った一人は赤髪の長髪だ、どこか鋭い瞳で少々冷たい印象を受ける。

前方というより、メイド長とネルを見ているような気がしなくもない。

少し息が荒い様な気もするが、まぁメイドもなんだかんだ大変なのだろう。

ーーどこでかは覚えていないがコイツらどこかで見た覚えがある様な気がしなくもない。

当然この前の署長の誕生日の時には間違いなくいたわけだが、いつだったかーー。


集中して考えるためにポケットを探り、タバコを取り出し咥える。

と同時に俺の口を何かが掠めタバコが消えた。

確かに咥えていたはずの煙草ーー。

横を見ると赤髪のメイドが握り拳でタバコを潰していた。

「シス様、ネル様がいるのでタバコはご遠慮願います。」

そう小さな声で言う赤髪のメイドだが、明らかな敵意が向けられるのを感じる。

身の毛が総毛立つかの様な感覚。

髪と同じ赤色の瞳が俺を射抜いている。

ーー気圧され、動くことができない。

「おやめ、ベリー。お客様に向けていい目線じゃないよ。」

老齢のメイドが赤髪のメイドに声をかけると、此方を睨んでいた視線が柔らかくなる。

「ベリーが申し訳ございません、シス様。

 ですが、喫煙はお部屋に到着するまでご遠慮願えますでしょうか?」

老齢のメイドも、目線が鋭い。

敵意こそ感じなかったが、その視線は内臓を抉るかの様だった。

有無を言わさない圧力を感じる、先程のメイドとは比べ物にならない。

俺はせいぜい首を縦に振ることくらいしかできなかった。

ーー先程までの意識を改める必要があるのかもしれない。

俺はバケモノ屋敷に片足を突っ込んだのか…?

っていうか、こんな連中がいるのならスードラ警視とフレッチャーは無駄な警護なのではないだろうか。


「ごめんね、皆緊張してるから。なんせ珍しく隊ちーーファルシオン様がお呼びになった方だからピリピリしてるの。」

ウェーブの金髪が声をかけてくる、この子だけは普通に感じるがーー今、タイチョウと聞こえた気がする。

…隊長?

「ぁっーー…。」

思わず声が出た、金髪のメイドが不思議そうな顔で此方を見てくる。

ーーー思い出した、執事のことも、メイドのことも。

数年前、署長に呼ばれたときに署長室で見かけた写真立てに写っていた学生くらいの若者6人。

若かりし頃の署長と一緒に写っていたその6人について質問した覚えが俺にはあった。

懐かしみながら、署長が語ってくれたのを今でも思い出す。

『ああ、これはね僕の教え子であり戦友達ーー本当の英雄達だよ。』

そこに写っていたのは男女混合の迷彩服に身を包んだ男女。

今ここにいる6人そっくり、否おそらく本人達なのだろう。

納得がいった、執事の妙に張りのある筋肉も、殺気なんて生温い言葉じゃ表せられないほどのメイドの強烈な視線も。

有り体に行って仕舞えば軍人、それも洗練された精鋭。

恐らく、目の前で笑顔を絶やさないこのメイドもその気になれば俺が動けなくなる程の殺気をぶつけられるに違いない。

もしくは、何の気配も見せずにこちらを殺すことが出来るのかもしれない。


「大丈夫?」

声をかけられたので、辛うじて金髪のメイドに「大丈夫だ」と返答した。

「じゃぁよかった、真っ直ぐだから問題無いと思うけど、後ろをついてきてね。」

そう言い、メイドが俺の前を歩き出した。

ーーー寿命が数年縮んだ気がする。

「災難じゃのう、シス君。というか、お主結構な割合で藪をつついて蛇を出しておる気がするのう。」

いつの間にか此方に来ていた魔女が俺に向かってそう耳打ちするとカカカと笑う。

言われてみれば魔女もここに来てから、と言うより車に乗ってからこっち一本もタバコを吸っていない気がする。

これを見越してのことだったのだろうか。


…しかしそもそもこれは、俺のせいなのか?

コイツと会ってから昨日は昨日で署長に冗談とはいえ殺されそうになるわ、修道女の服を着たゴリラにとっつかまるわ、魔女の部屋の中で潰されそうになるわ、気づけば意識を失うわ、そして今日はこれである。

実は魔女じゃなくて疫病神かなんかじゃないんだろうか。

などと思いを馳せている間に気づけば、木製の豪奢な飾りが彫り込まれた巨大な扉の前に辿り着いていた。


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