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情報整理編 4


シス警部は携帯を出したのとは逆のポケットを弄り、煙草の箱を取り出すと一本口に咥え、胸ポケットに手をやったところで固まった。

彼のポケットの中にはライターがなかった。

昨日、就寝前にタバコを吸った時にライターのオイルが切れていたのだ。

替えのライターは自身の住むアパートにしか無い。

オイルの残りが少ないのは分かっていたが持ち出さなかったのは、これまでの経験で家に帰るまでは持つと信じていたし、昨日は普通に仕事をするものだと思っていた、まさか魔女の小屋に泊まることになるとは露とも思っていなかったのだ。

そして外部森林の近くには店舗は全くと言っていいほど無い。

ロークタウンの中に入るまで、ライターを手に入れることは難しいだろう。

そうなると、尚シス警部の口と舌と肺は煙草を吸いたくて堪らなくなっていく。

一瞬周りを見渡すが、特にライターマッチの類は見当たらない。

ボサボサの頭を掻き、煙草を口から離しながら溜息をつき箱の中に戻そうとしたシス警部の目にある物が飛び込んできた。

そう、ガスコンロである。

我慢すればいい、と読者の皆様は考えられるかも知れないが、朝から運動し、シャワーを浴び、朝飯を用意してもらっている間に吸おうと思ったが子供がいた為に我慢をし、そのまま食事を行い、魔女と話をするために合計2時間ほど。

既に我慢していたシス警部にとってそれは抗い難い誘惑を醸し出すものだった。

シス警部の頭の中で、葛藤が生まれる。

流石にこれまでの人生でガスコンロに火を点してタバコに火をつけた覚えはない。

そもそも、食事を作る場所の物で火をつけて良いのか、いや、良い筈がない。

そんなことを考えながらも彼の足は誘惑に負け、椅子から立ち上がるとゆっくりとガスコンロの方に向かっていく。

魔女にはきっと分からない、あいつは指先から火を出して煙草に火をつけられる。

所詮、魔女のガスコンロだ、訳のわからんもんを煮込んだりしている可能性もある訳だし別にタバコの火をつけるくらい許されるのではないか。

徐々に徐々に思考が言い訳方向に侵食されていきながら、数十秒かけてガスコンロの前で彼の足は止まった。

ガスコンロのガス栓を確認し、開く方向に捻ったシス警部は変質者と見紛うかのような笑顔で笑う。

人というのは箍が外れた時には思いもよらぬ表情をしながら、奇妙な行動をとることがあることを彼は体現していた。

そして、ガスコンロの点火つまみを捻り、火を点けるとそのコンロの火がよく見えるように中腰になりゆっくりと煙草を近づけていく。

ところを魔女が横から見ていた。


気まずい沈黙が流れる。


「続けてくれて構わんぞ?」

ニヤニヤと笑うわけでもなく、目を細めるわけでもなく、哀れなものを見るわけでもなく、真顔で魔女は薄く口を開けてそのように切り出した。

シス警部の頬から脂汗が滴り落ちる。

そして、シス警部がゆっくりと口を開いた。

「いや、これはーーー」

「言い訳は別にせんでいい、恐らくライターが切れたとかそういうところじゃろう。煙草を吸いたいという欲求は抗い難い物じゃろうからな。」

図星を指され、言い訳もできず、魔女の顔を見続けながらもゆっくりと煙草が近づいていく。

そして、ガスコンロの火で煙草に火がついた。

そのまま口にゆっくりと持っていき煙草を咥える。

それを見た魔女が立ち上がり、後ろを向くと階段の上に改めて登っていき、上階の扉を閉める音が聞こえた。

そして、数分に渡り数度扉を叩く音が聞こえ、もう一度扉を開く音が聞こえ少し経つと、白いワンピースを着て髪をカチューシャでまとめた少女と共に降りてくる。

「シガレット、何がそんなに面白かったの?」

「…ネルは知らんでも良い事じゃよ。」

その言葉は強く、シス警部の心を穿った。

その鎮痛な面持ちを見てか、魔女が自身の服のポケットを弄ると、何かを取り出しシス警部に放り投げた。

反射的にそれを右手でシス警部が捕らえる。

恐る恐るシス警部が手を開くと、そこには使い捨てではない蓋付のオイル交換式ライターが収まっていた。

触れた感触は金属だが、色合いと縦に入った線は木目調。

そして、片面の右下の方に魔女の煙草屋の印が彫り込まれている。

「ほれ、これもやろう。」

もう一つ投げ渡されたのはライター用のオイル缶だった。

「使い方は分かるかのう。」

魔女の言葉に少しシス警部がムッとした表情を見せる。

それくらい分かる、というと貰ったライターとオイル缶をポケットの中に入れた。

「良かったね、おじさん。」

緑の目を細めて笑う少女を見てシス警部が首を傾げた。

「それ、欲しがってる人がけっこーいるんだよ?」

これを?と内心思いながらシス警部が魔女の方を見る。

「ネルの言っていることは本当じゃが、誰に渡すのもワシの自由じゃからな。」

「ここを見つけたえらそうなおじさんとかも欲しがってたよ。札束出されても渡さなかったのに。」

蓋付きライターの時点でそれなりの金額なのはシス警部も知っていた。

だが、札束を渡すほどの金額のものとは到底思えない。

シス警部が訝しげにポケットからライターを取り出しジロジロと見る。

特に怪しい点はなく、あえていうなら底に001と番号が刻まれているのを発見した程度だった。

「…これがねぇ…。」

改めてポケットにしまいながらぶっきらぼうにそう言葉を吐き出す。

その様子を見て魔女は満足そうに頷くと、口を開いた。

「シス君自身の準備はいいのかのう?」

「着の身着のままでパトカーからすら殆ど何も持って来てねぇからな、準備もクソも何もするこたぁねぇよ。」

そう言えばそうじゃった、と言いながら魔女がくるりと階段の方を向き直した。

少女も少し遅れてくるりと向く。

「シス君の準備は良いみたいじゃから、ネルはさっき選んでた本を持って外に出てくるんじゃよ。」

「分かった!」

そう言うと少女が元気に階段の上に向かって走っていく。

そして、その後ろを追って魔女が、次いでシス警部が登っていく。

そのまま、魔女は二重構造の扉を通って外に出る。

シス警部も車の鍵を出しながらその後ろを追って、ふとした疑問を口に出した。

「お前の準備は良いのか?」

魔女は昨日と同じフロックコートにシルクハット、そしてステッキを持った姿で特段着替えなどを用意していない。

何時の間にか煙草を咥えていたが。

「昨日見たじゃろ?着替えと化粧くらい何時でもできるわい。」

「あー…。」

そう言われてシス警部は昨日の取調室での一件を思い出していた。

「ワシがせねばならんのは、これじゃな。」

そう言うと、魔女はシス警部に何時の間にか手に持っていた紙を見せつけてくる。

そこには小綺麗な文字で『暫く休業します。再開時期は一ヶ月以内予定。』とだけ書かれていた。

シス警部が口を開こうとした矢先魔女が喋り出す。

「昨日は気付かんかったじゃろうが、昨日の午前中と夜にお主が車を停めた場所とは逆の方向に煙草屋の入り口があるんじゃよ。

 貼っておかんと、買いに来た人が延々と扉を叩いたりするからのう。」

そう言いながら、魔女が小屋の入り口と逆側に歩いていく。

それとなくシス警部もそれを追いかける。

辿り着いた先には木に囲まれた少し開けた空間と組まれた木製の足場と膝の高さくらいの階段、その上にシャッターの降りた屋根付きの煙草屋の外装、そして少し横に喫煙所が作られていた。

短い階段を登る魔女と階段を飛び越すシス警部。

シャッター前にたどり着くと思い返したかのように魔女がシス警部に声をかけた。

「ちなみにこの向こう側にはワシの作っている煙草の畑がある。」

そう言って魔女が指を刺した方向にシス警部が目を向けるとチラリとだが杭と鉄条網が巻かれた畑らしきものが見えた。

「とりあえず、此れを貼って…。」

降りたシャッターに紙を貼り付けると、そのまま念入りに煙草の煙を吹きかける。

その行動に意味があるのかは分からないが、シス警部はその様子をただ漠然と見守っていた。

「うむ、これで良し。」

煙はすぐさま霧散していく。

ステッキをくるりと回し、魔女が木組みの床を叩くと、雰囲気が変わる。

見た目は何も変わらない、だがどこか世界が変わったかのようにシス警部には感じられた。

「…何をしたんだ?」

「有り体に言えば防犯装置みたいなもんかのう?

 人やら、動物やら、虫やら、そう言ったものが侵入して来た時にワシに分かるようにしたと言うか、なんというか…。」

なんとも煮え切らない様子で魔女がそう話す。

「お前自身の魔法だろ?なんでそんな理解できない風なんだ?」

「ワシにとって異能は腕や足の延長上とでも言えば良いんかのう?お主もなんで自分の腕と脚が歩いている最中に意識の外でも勝手に動くのか理解できんじゃろ?

 当然使おうと思わんと使えない異能もあるが、日常生活の一部として使う異能はそれと変わらん。

 物心ついた時には勝手に歩こうと思って歩いてはおらんかったじゃろう。」

そう言われて、シス警部の中に一つ得心が行った。

それくらい自然に魔女は異能の力を使えると言うことだ。

「別にどうでも良い話ではあるんじゃが、シス君の中では未だワシのこれは魔法なんじゃのう。」

あ?という顔でシス警部が魔女を見る。

そして思い至る、確かに魔女は異能、俺も一瞬はあらためた気がするが魔法と言っている、と。

「なんだ、異能ってこれからは言った方がいいのか?」

「まぁ、魔女と呼ばれているわけじゃし、どっちでも正直変わらんからどうでも良いがのう。」

そう言い、笑いながら魔女がパトカーを止めてある方面に歩いていく。

何時もの揶揄いと、どこか違う寂しげなニュアンスを感じながらシス警部はその後を追った。


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「おそいぞ!おじさんもシガレットも!」

そう言いながら、魔女とシス警部をパトカーの前で待っていたのは少女だった。

左右の手にそれぞれカバンを持ち、中には大量の本が詰まっている。

背中にはピンク色の可愛らしいリュックも背負っている。

「もう、わたしは準備出来てるから早くお泊まりしに行こうよ!」

「おお、すまんすまん。ネルは準備が早く出来てえらいのう。」

そう言いながら、魔女はポケットから飴玉を取り出し少女に渡す。

笑顔を花のように咲かせながら、少女は口の中に貰った飴玉を放り込み、頬張り始める。

非常にご満悦な表情を浮かべながら、シス警部が開けたトランクに本の詰め込まれたカバンを一冊だけ抜き取り置いた。

チラリとシス警部が本の表紙を見るとそこには「紳士トリストラム・シャンディの生涯と意見」と書いてあった。

「難しそうな本だ」とシス警部が呟くと、少女が嬉しそうに本を開いてみせた。

そこには落書きされた真っ白だったであろうページがあった。

「この本はわたしの思うように絵をかいて良いんだって!だからかいたの!」

それを見て少し口角を上げながらシス警部は少女に「良かったな」と声をかけるとパトカーの後部座席の扉を開いた。

空いた右手にリュックを持ち、左手で閉じた本を大切そうに抱えながら少女が座席の奥に詰める。

そのまま、横に魔女が座ったのを確認してシス警部がドアを閉めた。

ポケットから、シス警部が煙草とライターを取り出し、咥えて火をつける。

4、5回ほど吸い、そのまま地面に捨てると足で躙ると運転席に座った。

「ポイ捨てはいけないってシガレットが言ってた!」

座った瞬間に後部座席からヤジが飛んでくる。

「子供の前でやってはいけないのう。」

さらに追い討ちが飛んでくる。

「拾えば良いんだろう!拾えば!」

そう言いながら扉を少し開けるとシス警部は躙って土と一緒に混ざった吸殻を拾い上げ、車載の吸い殻入れにねじ込んだ。

エンジンをかけため息をつきながら、心労が1.5倍に増えたシス警部は一路、ロークタウンセントラルパーク警察署に車を走らせるのだった。

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