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警部過去編 4

 「では聞かせて貰うとしようかのう。」

そう言いながら、魔女が俺の手錠を外す。

良いのかーーと聞いてみたが「もう、暴れんじゃろう?」とだけ返答が来てそのまま、先ほどまで魔女が座っていた椅子を引かれる。

座れ、ということだろう。

一瞬そのまま逃げ出すという考えも浮かんだが、恐らく失敗に終わるだろう。

座らない理由もない、俺は大人しく座ると後ろからマグカップが差し出された。

中には暖かい珈琲が入っている。

そして俺に珈琲を差し出しそのまま、机を挟んで対面側に魔女が座ると煙管を取り出し葉を詰め、火をつける。

その様子を見ながら、俺は珈琲を一口啜る。

意外と美味い、口に程よい酸味と苦味が広がる。

普段からブラックも飲むが、そこらの喫茶店と比べても遜色のない味だ。

とは思うものの、よく考えると朝食の折りに取り敢えず注文する程度であまり珈琲の味の上下まで考えたことはなかったが。

少なくとも適当に買って後悔した缶珈琲や自分で適当に入れたインスタントよりは美味いと感じる。


「カカッ、お気に召したようで何よりじゃ。」

そう言いながら、煙管をふかす。

さて、決めたからには話すとして何から話したものだろうか。

「話す内容を悩んでいる素振りじゃのう」

コイツはなぜそう何もかも見透かす。

これも煙草に何か関係しているのだろうか。

「そうじゃな、ではもし良ければ記憶に関してから話してはもらえんか。」

「…確かに、話している間に他の内容もまとまっていくかもしれない。

 分かった、記憶ーーと言っても俺の覚えているのはお前の分となんら変わらない。

 相違といえば相違なんだが、周りの記憶が違う。」

魔女の眉がピクリと動いた。


「ほう…?」

この反応だけでは当然分からない。

「あの夜の後、俺は病院に担ぎ込まれた。

 酷い衰弱状態で目を覚ますまで1週間もかかったらしい。」

魔女は口から煙管を離し、右手を口元に当て悩む素振りをしている。

「目が覚めたら病院に居た俺は、やってきた医師に一緒に暮らしていた孤児達がどうなったのかを聞いた。

 ところが医師は鎮痛な面で俺の記憶が混乱していると言ってきた、そいつの話ではこうだ。

 俺の居たウェストサイド地区で、地盤沈下が起きた。

 運の悪いことに起きた場所は旧ウェストサイドの真ん中で異様を誇っていたクソでかい化学工場だと。」


魔女の態度は先ほどまでと変わらない。

煙管をふかし、考える素振りをする、瞳は一瞬泳ぎながら此方を見ている。

恐らく何か考え込んでいるんだとは思うが、当然ながら俺には何を考えているかまでは分からない。

「地盤沈下した結果、化学工場は基礎から根刮ぎ崩れて中にあった大量の化学物質が漏れ出した。

 それが混ざり合ったものが外部に流出し、甚大な被害をもたらした。

 俺は、それに巻き込まれた哀れな被害者だと。」


話を続けていく。

特に何かが変わった様子はないが、先ほどより煙管を吸う速度が上がっている…?

煙管を持ち上げ、手を口元から離し一息吸うのを見る。

「俺には父と母がその場にいたらしい、同じ髪色、同じ瞳の色、同じ皮膚の色だったからそう判断したらしい。」

らしいと言うのは当然俺の記憶にはないからだ。

父の記憶も、母の記憶も。

孤児院の先生に聞いた話だと、今からだと約31年前に孤児院の前に名前の書いた紙と一緒に捨てられていたらしい。

2歳以前の頃の記憶なんざ正直覚えていない。

魔女の方をチラリとみたが魔女は適度に頷いてこちらの話を聞いている。

最初から今まで真剣な眼差しでだ。

「だが、病院搬送前に死んでいることが発覚し安置室に置かれたそうだ。

 小さい頃の俺は会いに行くという選択肢は頭になかった、今思えば観にいけば何かしら分かったのかもしれないが。」


俺は珈琲を一口啜る。

魔女は、煙を吐き出すと「ふむ…。」と言いながらもう一度煙管を咥え直した。

「そう言えば、病院内は凄まじい有様だった。

 目が覚めたからと言うことで風呂に入れてもらうために浴室みたいなところに連れて行かれたんだがその道中、簡易ベットが通路中に敷いてあって呻く患者と看護師がわんさか居たのを覚えている。

 だから医者の言葉も嘘だとは思い込めなかった。」


医師も間違いなくその内容が本当だと信じ切っていた気がする。

役者か何かなら兎も角、検査も、投薬を行なっていたのも見ている。

再度魔女が煙管を口から話口元を隠すように右手で抑え首を捻っているのが見えた。

「その数日後、叔父と叔母と名乗る何者かが俺を迎えにきた。

 俺と特徴は一致していた、髪の色、瞳の色、皮膚の色、顔の形も叔父の方にそれなりにはな。

 それで、君さえ良ければうちに来ないかと言い出した。」

「ーーーおかしい素振りはなかったのかのぅ。」


思い返す、あの時の叔父と叔母。

無かったーーと思う、あの叔父と叔母も心の底から地盤沈下を信じていた様子だったからだ。

「…恐らくはな、なんせもう20年近く前の話だから少し曖昧だが。

 だが、叔父のことも叔母のことも知らなかった俺は聞くしか無かった。

 本当に俺の叔父と叔母なのか、そして孤児院のことを知らないかと。」

「結果は」

「困惑していたよ。」


確かに困惑していた気がする。

医師も記憶障害だと言っていた覚えがある。

あの優しい叔父と叔母はそれを必死に隠そうとしていたが。

「それから退院する数週間の間どちらかが必ず毎日お見舞いに来てくれた。

 俺はこれが好きだったと言いながら覚えのない玩具やらお菓子やらを持ってきてくれた。

 まぁ結局身寄りがなくなった俺は叔父と叔母に縋るしか無かったわけで叔父と叔母のところに行った訳だ。

 叔父と叔母が話してくれた父親や母親との思い出の話は俺には覚えのないものばかりだったがーー少なくとも悪い人ではないのは分かった。

 だがそれはーーー」

「違和感を消せるものでは無かった訳か。」


声には出さないが、その通りだ。

実際は違和感というには余りにも大きなものだったが俺には表現する言葉が思いつかない。

「俺の記憶は地獄そのものだ。

 いつまで経っても頭の中にこびりついて離れやしない。

 泣いて、叫んで、懇願した、俺に手を出す様にも言った、それでもアイツらはやめなかった。

 俺より小さい妹や弟達に次々と手を出して、孤児院の先生や院長先生も殺された。

 残ったのは俺一人、皆、死んだ。皆、全員だ。

 アレを忘れるなんて出来るはずがない、出来るーーわけがない。」


頭の中でフラッシュバックする。

空中で内臓を吐き出しながら死んでいったアン、いきなり内側から弾け飛んだフェイス、絞られた雑巾の様になって死んでいたリン。

オードブルの様に皿に乗せられた院長と先生の生首三つ。

胃袋から、厚い塊が迫り上がってくるが飲み込み直し、誤魔化す様に珈琲で流し込む。

「結局違った記憶は(しこり)の様に俺の奥底に残り続けていた。

 友人を名乗る知らない人間の話を聞いて、俺の事を知っていると宣う見知らぬおばさんに愛想笑いを返して、ロークタウンの孤児院に居た皆を誰もが知らない状況で、イカれそうになる頭を誤魔化しながら平常心を装いながら。

 浅はかな考えだったんだろうが、俺はその状況から逃れるために、真実を知るために、警察になるために…勉強にのめり込んだ。

 そして、警察官になり魔女がいることを知り俺はーーー」


一瞬躊躇う。

言うべきか、言わざるべきか。


「俺は、魔女に復讐を誓った。」


結局、顔を伏せ口をついて吐き捨てるようにその言葉が出ていた。

魔女の目線がつき刺さる気がした。

正面から向き合う勇気はない。

結局俺はある程度全てを吐き出した、出来るだけ感情を表に出さないように。

それでも最後の言葉は危険な思想と捉えられるのはわかる、それでも俺は感情で動いてしまった。


時間の流れが遅く感じる程の沈黙とタバコの煙が部屋の中に充満する。

どこからともなく聞こえる時計の針のコチコチという音がやけに大きく聞こえる。

「なるほどのうーー事情は分かったわい。」


 チラリと顔を上げずに目だけで魔女の方を見ると、天井を仰ぎ見ている。

何かを考えているのか、それとも俺の処遇を考えているのか。

最後に顔を伏せてしまったせいで最後まで表情は見れなかったが、途中までの表情では俺の中では判別かつかなかった。

「一応、まとめるとお主の記憶は周囲と違う。

 そして、お主と同じ記憶をワシは持っておったーー故に怪しいと踏んだ訳で凶行に及んだ。」


俺は頷く。

事実その通りだ、この魔女と、何故か署長だけが知っている。

同僚に話しても、旧ウェストサイドの件は非常に運の悪い事故としか見られないというのに。

「ーーーのう、きっとお主はワシの事すら信じていないんじゃと思う。

 そして、それで別に構わん、ワシ自身が安全な魔女であるという保証はどこにもないからのう。」


ーーー何を言い出している。

「じゃが、今回の件だけは信頼して欲しい。

 ワシはこの事件の真相を知りたい、それだけなんじゃ。

 もし根幹に何かしらが関わっているのなら、根幹を排除せねばまた同じ様な事件が怒るのは間違いなかろう。」


言っていることは理解できる。

なぜ自分を卑下する、真相を知りたい?俺を油断させるためのーーいや、そもそも油断させる必要はない。

仮に俺が完全に臨戦態勢だとしても先程と同じように一瞬で意識の昏倒を引き起こすことは出来るはずだ。

「シス君。」


魔女が此方をその双眸で真っ直ぐと見る。

その赤よりは紅に近い瞳は宝石を思い浮かべるような色をしている。

そして俺の心に揺らぎを作る、人も魔女も変わらないと言うのであればその目は雄弁に自信を称えていて、揺らぐ人間()の心をさらに揺らす。

「取引じゃ、この事件の真相の解決に手を貸してくれると言うのならワシはお主の聞きたい質問を何でも答えてやろう。

 当然ワシのわかる範囲でな、シナゴーグの構成員と言われてもワシにも流石に分からんからな。」


…動悸がする、息が荒げられていくのがわかる。

情報が向こうから転がってきているのだ。

聞きたい事は山ほどある、だがーー

「お前が取引を持ちかける理由がわからない、俺を脅そうと思えばいくらでも脅せるだろう、お前のその訳のわからん力で、拘束でも洗脳でも何でもすればいいんじゃないのか?」


条件付けの必要などある気がしない。

殺されるとまで思っていたのにいきなり譲歩を始めた。

理解ができない、いや、人と魔女なのだから何かしらそういう違いがあるのだろうか。

「ふむ、条件が良すぎて怪しいということか。まぁ色々理由はあるんじゃがーー。」


間髪入れずに魔女が切り出す。

「それでは、こうしよう。今回の件以外に一つだけワシの頼みを聞いてくれ。」


手を叩きながら、人差し指を立て此方を見る。

頼み。

それが目的なのか…?

「どんな頼みだ。」


自然と口をついて言葉が出る。

魔女の頼み、興味がないと言えば嘘になるがーー頼みということは何かをさせられるということだ。

「それは、この事件が解決してからのお楽しみにさせてくれい。

 じゃが安心して良いぞ、お主にも利のある話じゃからのう。」


指を引っ込めながら煙管を持ち直し口に加えると、腕を組み此方を見る。

利、魔女にも俺にも利益のある話…全くもって想像がつかない。

一応、現在の状況を頭の中でまとめる。

俺は恐らく少なくとも今日はこのまま殺されない。

この事件を魔女とともに追う、事件が解決すれば魔女から情報がもらえる。

代わりに魔女の頼みを一つ引き受ける。

ーーー矢張り俺に有利過ぎる。

「まぁ魔女を恨んでいると告白したお主のことじゃ、すぐには決められんじゃろうしとりあえず明日の朝まで返事は保留でいいじゃろう。」


明日の朝?

「とりあえず、お主が気絶している間に作っておった飯を食うぞ。

 もう時間が遅いからのう、泊まっていけシス警部。」

泊まっていけ?


 ふと、先程時計の音が聞こえた方を見ると時刻は23時を回ったところだった。

「この時間からじゃと、この森林には獣が出る、オオカミやらクマがな、下手に出ると車とクマで接触事故なんてことにもなりかねんじゃろう。」


そういえば昔聞いた、外部森林は夜になると舗装された道路が土に変わって、そこを歩いていると野生の動物や怪物に食われる。

そんな子供を危険な場所に近寄らせないための寓話を。

怪物はともかく、動物は事実だったらしい。

「じゃぁ、ワシはネルを呼んでくるから大人しく待っておるんじゃぞ。」

と言いながらこっちを見て、はっとした顔をすると、

「そういえば、その服汚れておったのう」

と言い出した。

そういえば、吐瀉物を撒き散らした後拭かれてそのままだった。

「とりあえずこれなら入るじゃろう。」

魔女が背中の方から何かを取り出す。


相変わらずどこから取り出したかわからないそれは、Tシャツとスウェットパンツだった。

「着替えた服はそこの棚の前にからの段ボールがあるから、入れて置くんじゃ、明日にはクリーニング屋も裸足で逃げ出すくらい綺麗にしておいてやるからのう。」

こちらの返事を待つこともなくそう言いながら、魔女が階段を登っていく。


 まだ濡れているシャツとスラックスを脱いで、借りたTシャツとスウェットは無地だった。

変なワンポイントが入っているより有難い、そう思いながらキッチンを見渡して、此処がただのキッチンではないことに気づいた。

当然キッチンはあるのだが、地下にも関わらず天井が梁の様になっており、様々な花や草が大量に吊られ干されたり、壁の隅にある一階に唯一続く階段から、壁に沿っていくつも置かれた硝子の嵌ったマホガニーの棚の中には小さな瓶に詰められた乾燥した葉や様々な地味な色の液体がところすましと並んでいる。

そして、階段と対角線状にある部屋の隅には大量の段ボール箱と梱包材があった。

俺が席についている8人は座れそうな中央にある机とは別にその梱包材の横に作業台らしき机。

恐らくはそこでタバコを作っているのだろう。

煙草の葉を巻くための紙と、茶色い塊の様なものが入ったいくつかの小瓶が目に入る。

さらによく見ると、屋根裏天井に行くためのような蓋が作業台横の地面についている。


あれはーー

「アレは、葉を熟成させるための貯蔵庫じゃよ、気になるなら調べてみても構わんぞ。」

見上げると魔女の顔、いつの間にか魔女は俺の後ろにいた。

上で着替えてきたのか、普通のシャツを着て、俺に渡してきたようなスウェットパンツを履いているが、顔は朝みた時のように目の下に隈が深く入っていた。

肌に関しては先ほどと同じようだが

「あのガキは?」

一瞬あたりを見渡したがネルと呼ばれていた少女がいない。

「ワシのおやつ用に作っておったパウンドケーキ三本を全部食ったみたいでのう、声はかけたが腹一杯で幸せそうに寝ておるわ。」


あの小さな体で三本…子供の食欲というのは恐ろしい。

「ところで、シス君は苦手な食べ物とか、宗教上の理由で食えない物はあるかのう?」

特にはない、と伝えると魔女は「なら問題ないかのう」と言いながら赤い色のスープの入った結構な大きさ鍋をテーブルの真ん中にいつの間にか置かれていた鍋敷きの上に置いた。

続いて、レタスやらスライスオニオンやらと大量の豆類が入った結構な量のサラダ、大量のヘリングを使ったマリネ、バケットが五本入ったパン籠、水差しとコップ、小分け用の小さな皿と底の深い器を置く。

ーーーこれを二人乃至ないしは三人で食べるつもりだったのか?

「クカカッ、シス君、刮目せよ!今日のメインは東国の友人に教えてもらったコレ、刺身じゃ!」

そういいながら、頭の付いている生のサーモンや他の魚の薄切りがまる3匹分ほどと、小さい皿に茶色い液体が入ったものが目の前に置かれた。

これが噂に聞く醤油ーー。


ーーー、一瞬背筋が凍る。

夢の中で見た食事とほぼ同じ。

…まさか、と思いながら冗談まじりに口に出す。

「おい、デザートまで出るんじゃないだろうな。腹がはち切れて死ぬぞ。」

そう言いながらキッチンの方を振り向くと、魔女がキョトンとした顔をしてオーブンからオレンジ色のケーキを取り出していた。

「まぁ、適量食えばいいじゃろう?特製のニンジンケーキじゃ。」


ーーあの夢の中の内容はこいつが作ろうとした飯に影響されていたのか…?

「さて、晩飯じゃ、いただくとするかのう。」

そう言う、魔女の言葉に釣られカテラリーを見るとフォーク、ナイフ、スプーンに混ざり謎の棒が数本紛れている。

よくわからない物は触らないでおこう。

魔女の出しているものを食べるなどゾッとしないが、人間と同じだというからにはまず変な物は入っていないだろう。

フォークとナイフをとりあえず取り出し、とりあえずサラダを取り食べる。

さっき吐いたせいで空になった胃袋に野菜が落ちていくのが心地良い。

スープも飲むとしよう、トマトとチキン、タマネギ、ハーブ。

荒れた喉にも優しい気がする。


ーーー気付くと、普通に食事をとっていた。

昼から何も食わず、挙げ句の果てに内容物を全て吐き出したのだから当然といえば当然だったのだろう。

無心で、満腹になるまで食事をしていた。

なんだったらニンジンケーキまで食ってしまっていた。

刺身も初めて食べたが、魚本体よりサーモン以外は醤油とやらで食ってるイメージが近いのかもしれない。

食感を楽しんでいるというかーーー、いや醤油のつけすぎだったのだろうか。

対面する魔女はゆっくりとだが未だに食事をしている。

が、こちらが手を止めたのを見て

「うん?もう食わんのかのう?」

と言ってきた。


十分すぎるほど腹に入れたつもりだ、周囲と比べても特別少食という訳でもないが。

俺は頷きながら、コップに水を注ぐ。

「では、残りは食べてしまうぞ?」

ーーーは?

魔女は俺と同じ程度のスピードで食事はしていたはずだ。

どういうことだ、上の少女もそうだったのだろうが、特別胃袋が大きいのか?

残りと言っても、まだバケットは三本と半分残っているし、スープもかなりの量がある。

刺身も1.5匹分はーー。


思い悩んでいる間に、少し魔女の食べるペースが上がった。

いつの間にか、ナイフとフォークではなく二本の細い棒で刺身やサラダを挟みながら食べている。

なるほどそう使うものだったのか。

ゆっくりと減っていく山盛りのサラダを見ながら、俺は水を飲んでいく。


そして気づけば、半分は残っていたサラダも、バケットもスープも刺身も八割残っていたニンジンケーキすらも全て魔女の胃袋に収まっていた。

ーーーその細い体のどこに入ったというのだろうか。

異次元にでも繋がっているのだろうか。

「ふむ、まぁ初めて刺身を作った割にはそれなりによくできたかのう。」

そう言いながら、空にしたデカいスープ鍋をキッチンに運んでいく。

そして、余計なことに俺は気付いた。

運んだあの段ボールは2週間分では無く、わずか3日分程度なのだろう。

明日も朝から同じ量が出てくるのかもしれないと考えると、若干の胸焼けが俺を襲った。


 洗い物をしながら、ふと思い出したように魔女がこちらに声をかける。

「そうそう、お主がもし協力するのであれば、そしてもし拒否しないのであれば詳しい囮捜査の説明はまた明日するとしよう。

 それと、もし断ってくれてもワシの作戦に関しては書に(したた)めておくから署長らと確認して実行に移すか移さんかは決めれば良いわい。」

俺は自分の使った食器をキッチンシンクの近くまで運びながらその言葉の意味を考えていた。

結局俺はどう足掻いても無事に帰ることができるらしい。

だが、この件に関しては魔女に協力ーー…協力すれば情報を得られる。

ただし、頼みを引き受けなければならない。

こいつの今の話が本当なら、こいつとの関係を断ち切って、囮捜査とやらの詳細の書いた紙を持って帰って事件を解決に導くことができるかもしれない。

ただその場合、署長にどう扱われるのか。

協力を条件に今回俺がやらかした件に目を瞑るという話があった。

最悪の場合、豚箱行き、そうで無くてもこの事件の担当から外される可能性もある。

ーーそれはせっかく手に入れた蜘蛛の糸を無惨に引き千切るようなものだ。

それぞれのメリットは魔女に協力すれば情報が手に入る。協力しなければ魔女と関わらなくて済む。

デメリットは魔女の頼みを聞くことになるか、情報も手に入らず豚箱行きーーー。


よく考えるまでもない、俺には道は一本しか残されていなかった。

虎の穴に入らなければ虎の子供は手に入れられない、という言葉が東の方の国にはあるらしい。

詰まるところ、危険に足を踏み入れなければ必要な物は手に入らないのだ。

魔女に復讐するためには、魔女の情報が当然いる。

魔女の情報を手に入れるためには魔女を相手取らなければならない。

当然のことだ、しかもその魔女から情報を聞き出せるチャンスだという。

ーーー二の足を踏む理由がどこにある。

俺は意を決して魔女の後ろに立ち、肩に手をかける。

「ん?眠いなら直ぐにベッドを用意するからーー」

その言葉を俺は遮る。


「ーーお前の言っていた条件を飲む、捜査に協力してくれ。」

一瞬、目を見開くと魔女は笑い出した。

何度も聞いたあの声で。

「いいじゃろう、ワシで良ければ幾らでも協力するわい。」

そう言い、笑う魔女の顔は俺のことを馬鹿にした表情でも、見下した表情でもなくどこか嬉しそうに見えた。


今回で警部過去編は終了です。

読了有り難うございました。

次回からは新編が始まります。


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