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警部過去編3



 「シガレットのぉ〜?」

「「「お料理コォーナァー!!!」」」

ワー!キャー!イェー!!!!


水底の中に沈んでいるかのような微睡んだ意識の中、どこからともなくそんな声が聞こえる。

陳腐なドラマか子供向けの料理番組のような魔女の声のMCが聞こえる気がした。

合いの手の笑い声まで聞こえてくる。


「今日の食材はこちら!」

「まずは沢山の野菜!キャロット、オニオン、セロリ、ハーブ、キャベツにターニップ(カブ)、さらにはトマト!」

野菜か、野菜は健康に良い。

セロリは苦手だがアクセントとしては良いのかもしれない。


「次は沢山のお肉とお魚!ビーフ、ポーク、チキン、ハムにソーセージと塩漬けのハドック(タラ)、ヘリング(ニシン)に生のトラウト!残念ながらブランドのポークとかビーフはありませーん。」

おぉ…とかあぁ…とか合いの手を入れている連中の悲しそうな声が聞こえる。

目を開けようとするが、開けられない。

だが、どうやら俺は真っ暗なところにいるらしい。

光量が全くない。


「後は、ポテトにパンプキンにチーズに卵にパンとライスとパスタといろんな調味料!

 大体なんでも作れる材料を用意してきました!

 まずは既に用意していた沸騰したコンソメスープにとろとろになると美味しいオニオンとハーブを入れていきます、この間にトマトも潰しちゃいましょう!」

なるほど、トマトスープか。

コンソメの香りがしてくる、と同時にほのかにトマトの香りも。


「今日はサブのお肉としてトマトスープにチキンを入れますよー。」

包丁で肉を切る音が聞こえる。

ヌチッという肉を切る独特な音だ。

どうやらあまり研いでいない包丁を使っているらしい。

皮も一緒に切っているのだろうか。


「チキンは下拵えとして軽く炙っちゃいましょう。で、今の間にセロリも投入します!」

少し焦がした味はアクセントになるからだろうか、なんにせよ食欲をそそる。


「味が薄ければ塩を足して様子を見てね?ーーさて、今の間にヘリングをマリネにしちゃいましょう!お酢とリンゴ種とハーブとスパイスとオリーブオイル等を適量混ぜた特製のこのマリネ液であっという間に作っちゃいますよ!」

玉ねぎをスライスする音も聞こえる。

ああ、なんともうまそうだ。

マリネ液の香りすら芳しく香ってくる。

欲を言うなら俺はニンニクが入っている方が好みだが。


「トマトスープにはせっかくなのでキャベツも入れちゃいましょう!これでスープとマリネができました!」

手際のいいことだ、後は主菜とパンかライスとデザートか。


「そしてこちらは、あらかじめ作っておいたにんじんケーキとサラダになります。」

HAHAHAとよくテレビのコメディドラマに挟まるような笑い声が聞こえる。

お約束か何かなのだろう。


「それでは皆様お待ちかねの主食の調理でございます!今日の主食はぁーーー?」

チキンは使っていたのだ、なんだろうか。

ポークもビーフもハムもウィンナーも残っている。

豪奢にステーキにするのもいいだろうし、ポークとポテトとマッシュルームを煮込んだカルボナードも美味い、先生達が作ってくれていたのは最高だった。

スープがあるがポトフなどもいいかもしれない。

薄味なのが胃に優しい、二日酔いの翌日なんかには食べたくなる。

だが、やはりアクセントが欲しいから最初に考えたステーキがいいだろう。

塩と胡椒だけで豪快に焼き上げたものであればトマトスープやマリネやサラダを食べた後にはいい塩梅なのではないだろうか。

年甲斐もなくワクワクしている、声しか聞こえないこの話に。


「シス警部でーす!」


なんとびっくり。

主菜は俺だったのだ、目に光が入ってくる。

目が開けられなかったわけではなく、真っ暗だから目が開けたつもりだったのに見えなかったのだ。

周りを見渡すと、テレビ番組をとるようなセットが見える。

シガレットの☆お料理コーナーと書かれた巨大な看板。

観客席には魔女のような帽子を被った見覚えのある顔の人間達。

今日出会った修道女達に、署長やフレッチャーや同僚達の姿が見える。


「そレジゃぁ行きまーす!まずは解体していくよー!」

いエェぇぇええええええええい!!!

観客席の皆が涎を撒き散らしながら嬉しそうにこちらを見ている。

座っている状態で後ろから手首を掴まれた俺の肩口から一気に包丁が入り、俺の胴体と腕はあっという間に永遠の別れを告げた。

先程までの切れ味が悪そうな音のなっていた包丁と同じとは思えない。


「モツは臭いから一旦取り除いて綺麗に洗って老いて今度別の料理に使います!」

魔女は残っていたもう一本の腕も同じように切断し、そう言いながら臍の上の肋骨の下あたりに刃を当てるとするりと腹に包丁を通した。

ドバッと、俺の内臓が溢れ出す。

大腸、小腸、肝臓、膵臓、胆嚢、腎臓。

重力を持ってドチャリとぶちまけられたそれを魔女が笑いながら持ち上げる。


「わぁ、結構綺麗な色してる!肺はタバコを吸って宝か食べれ多聞じゃない色し照けど。」

うるせぇ、ほっとけ。

観客が笑う。

何かひどくおかしくなってきた。

俺も気づくと笑っていた。


「今日は木の間マ、牢巣兎にしよっ仮名?」

ロースト、いいなぁ、ローストビーフは好きだ。

人のローストはうまいのだろうか。

観客席の方が聞こえてくるヤジがうるさい。


「反れ友、大胆に丸屋樹にし八日ナ?」

丸焼きはあまり食べたことはないが、豚の丸焼きの話をいろんな本でよく見る気がする。

果たして美味しいのだろうか。

まぁ、今回丸焼きにされるのは豚ではなく俺なわけだが。

まぁそれもオツだろう、上手いかどうかはさておきだが。

相変わらず、聞こえてくるヤジはうるさい。


「is so 刺身なんて云う飲モ墜つ鴨痴れないから、教派刺身にしちゃおう☆」

刺身!極東の生魚を醤油?につけて食べる料理か。

食べたことはなかったが、きっと美味いのだろう。

自分の体だがきっと美味いのだろう、食べれるこいつらは幸せ者だ。

表情を想像するだけで俺も幸せな気分になって狂。

ーーーーさっきから聞こえるこのヤジはなンダ。

五月蝿い、僕は今から食べてもら運だ。

差ム達の所に行って幸せ荷なるんだ。

先生達も喜っと喜んで呉レ流ン惰。


「それは、本当に望んでいることなの?」


誰だ。

望んでいるに決まっている。

友達に子供達に会いたいのがそんなに悪いことなのだろうか。


「ーーー君は選んだはずだ、あの惨状を目に焼き付けたんだから。」


選んだ?何を。


「ほら、聞こえるだろう、君を呼ぶ声が。」

そうか、この声は観客席から聞こえているんじゃない。

俺の奥底から響いてくる声だ。


気付くと何かを見下ろしている。

あれはーー俺だ。

小さい頃の俺だ。

大切に持っているのはなんだーーー。




「ーーーース君!シス君!!」

女の声が聞こえる。

「ほらもう起きなきゃ」

小さな頃の俺が、いや、俺じゃない。

俺が持っている何かが喋っている。

サッカーボール大のそれはーーーー。


 「シス君!!」

目の前には魔女の顔があった。

真剣な目をして此方を見ている。

何故か頬が痛い。

「あ?…なんだ?」

俺は何故ここにいーーーー。

ーーー全部思い出した。

そして手元を見て愕然とする。


「警察が捕まってるのは中々シャレが効いてるなおい。」

俺の手元にはガス管らしき物を通して手錠がかかっていた。

「…心配したぞ、意識を奪ったのはワシじゃがーー急に泡を吹いたかと思うと笑い出してブツブツ言い出したんじゃから焦ったわい。」

本当なのか嘘なのかはわからないが、魔女の顔を見る限り本当なんだろう。

「俺を捕らえてどうするつもりーーーっ」

目の前が真っ白になり、喉が焼ける感覚。

気付くと俺は目の前に胃袋の内容物をぶちまけていた。

「シス君!?」

今更ながら、夢の中に出てきた物のせいで体が拒否反応でも起こしたのだろうか。

ともかく俺は無様に吐いた。


「ーーーっはぁ、で、どうするつもりだ?」

「そんな事を言ってる場合じゃないじゃろう、取り敢えず綺麗にするぞ?」

そう言うと魔女が近くに置いてあったバケツにキッチンの水道から水を入れ始めた。

とりあえず今すぐ殺す気はないらしい。

なんだ、やっぱり俺を食料にでもするつもりなのだろうか。

買い込んでいた食料は俺に食わせて太らせるためか?

そんな俺の思いを読み取ったのか、シャツとスラックスにぶち撒けられた俺の吐瀉物を拭き取り、床の掃除をしながら

「心配するな、暴れられても困るから拘束しただけじゃ、話が終わったら解放するし当然約束通り手伝いもするわい。」

などと言い出した。

「そもそも、興奮して先に銃を持ち出したのはお主じゃろうに。」


今から思えば確かに軽率だった、それにこいつの魔法は間違いなく一息に俺を殺せる物だった。

俺が生きているのは恐らくこいつの気紛れだろう。

だが、俺は知っている。

あの晩、その頭を蟷螂や山羊に変えている魔女がいたことを。

正確には思い出した、だが。

こいつとの話のやり取りで、あの夜の記憶が本物であることの裏付けは取れた。

だが、当然こいつが犯人でないという答えにはならない。

恐れていたことは事実だった、あの車の中でこいつが寝ている間に思案していた。

修道院でこいつを待つ間に思い出していたことと踏まえた想像。

こいつが、覚えているのは事件の当事者の可能性もあるからだ。

「手は拘束しておるから、ワシが飲ませてやろう。」

そうこう思案している間に魔女がコップに水を入れて持ってくる。

コップを頭で弾き落とす事くらいはできるだろうが、やる意味は薄いだろう。

俺は大人しく水を飲んだ。


 「さて」

俺が飲み終えるのを待ってそう魔女が始める。

「わざわざお主を拘束したのはワシから質問があるからじゃ。」

質問?

「それならあの場で俺に聞けばよかっただろう。」

「お主の目を見てたらそう言うわけにもいかんわい。

 お主あの時点で、ワシを犯人じゃと決めつけておったじゃろう。」

それはーーと口にして、俺は納得せざるを得なかった。

間違いない、俺はあの時点で間違いなく、こいつが孤児院での事を知っているのは事件の実行者一味の一人かそうでなくてもかなり近しい存在だからだとしか思っていなかった。

こいつの喉から出てきた知っているとの単語を境に我を失っていたのは間違いない。

翌日呼ばれて現場検証をしたなどとほざいていた気もするが。

だが、署内でも、街中でも何故か記憶が違うのは俺と署長の二人だけだった。

他の連中は、自称叔父叔母にしても医者にしても、同僚にしても、よく行く店のバーテンも、古くから俺の友達だと言っていた奴らも全員覚えていなかった。

全員が全員口を揃えて「あれは、ひどい事故だった。」としか言わない。

工場が崩落した話を誰も彼もがするだけで、俺のいたはずの孤児院の話なんて誰も知らない。

魔女がしゃがみ俺に目線を合わせてくる。

思考を止め、合わされた目線を気づいたら俺はずっと覗き込んでいた。


 「改めて聞くとしよう、ワシの想像が正しければじゃがーーシス君、お主記憶に相違というか、何か違和感があるな?」

聞かれた内容は、的を得ている。

その通りだーーと答えるしかなかった。

答えると、魔女が立ち上がり先ほどまで俺が座っていた椅子に腰をかけ、マグカップを持っていた。

目が覚めた時は気づかなかったが、既にコートを脱ぎ、エプロンをしている。

メガネは外していないようだが、老眼なのだろうか。

いや、そんなことはないか、取調室では眼鏡を外していたはずだし。

香りからして珈琲だろうか、をマグカップから啜り、魔女は話し出す。


「わかった、ワシが覚えている限りで当時の話をするとしよう。その後でいい、お主の話を聞かせてくれんか?」

俺は、頷くことしかできない。

拒否をしても意味はない。

「さて、まずワシは約40年ほど前にこの街にやってきた。正確には街中ではなくこの場所、お主らの言う外部森林の打ち捨てられた掘建て小屋を見つけて修繕し住み始めた。」

珈琲を啜りながら魔女が懐かしむように話す。


「それから数年後、35年ほど前じゃったかな?それくらいの頃にイースタンの小僧にあったわけじゃ。」

署長とはその頃からの知り合いってわけか。

署長は確か40代後半のはずだから、少年の頃に会っていた?


「あの頃の小僧は、事ある毎に虐められたり、弄ばれたりしておってな、何かがある度に親に隠れてこっそりとワシのところに来ては愚痴を泣きながら話しておったり、助けを求めたりしておったんじゃよ。

あの頃は数年後に戦争で英雄と呼ばれるとは思っておらんかったがーー。

 ーーーっと話が脱線したのう。」

確かに脱線している、そもそもこの街に来るところから話をする意味はないだろうに。

いや、何かそこから話さなければいけない理由でもあるのだろうか。


「それから、細々と生活するために煙草屋を営み始め、さらに数年経った頃。十数年ぶりにイースタンの小僧から突然連絡が来た。」

ーーー突然?

気付くと口に出していた言葉に魔女が首を縦に振る。


「その頃既に軍を退役し、警察になっておったイースタンの小僧がワシに協力を求めてきたんじゃが、その協力を求められたのが19年前、旧ウェストサイドにて起きた事件じゃ。」

ーーー来た。

魔女の口から語られる、当時の事件の話だ。

結果的に俺の行動は俺自身の復讐のために必要なことだったのかもしれない。

ーーいや、それで俺が復讐を遂げる前に命を落としていたら何の意味もない。

もっと、冷静に、狡猾に、立ち回らなければーーー。


「と、言っても、ウェストサイドにある孤児院が内側から溶接されている、中から奇妙な音や叫び声が聞こえる。との内容だった訳で要領を得なかった訳なんじゃが。」

溶接ーー、窓の外や、ドアの外が鈍色だったのはそう言う訳だったのか。


「実際現場に来てくれと行って連れ出されて、到着した時にワシが見たのは、孤児院の形をした鉄の塊じゃった。溶接としか形容ができないのも無理はないわい、あり得ない物を言語化しようとするのは非常に難しいからのう。」

そこでふと、懐かしむように目を魔女が細めると思い出したかのように笑い始めた。

含み笑いから始まり、高らかに可笑しそうに笑う。

なんだ、何がおかしい。

慌てふためく人の痴態でも思い出して笑っているのだろうか。


「あー、すまんすまん。いや、今更思い返すとあれは小僧の独断じゃったんじゃろうなぁと思ってな。」

「…署長の?」

頷く魔女がそのまま続ける。

「上官らしき男に呼びつけられて、怒鳴り声がしたかと思いきや、最終しょげた顔で上官が、苦虫を噛み潰した顔で小僧が出てきおったからな。

 想像に過ぎんが、『部外者を連れ込んでどうする!』、『彼女は捜査協力者です、と同時に我がイースタン家の古い友人でもあります。意味が分かりますね?』とでも伝えたんじゃろう。

 あの小僧は自分の家の権力を傘に着るのが嫌じゃったみたいじゃしのう。」

マグカップを持ったまま、上半身だけの身振り手振りでその時の状況を歌劇風に表現している。

よく珈琲をカップからこぼさないものだ。

「じゃから、今回のお主とよく似ておるなぁと。」

「俺と?」

「頼まれた内容を無視しての独断専行、自分の目的を果たすためには手段を選ばないところ。」

…グゥの音も出ない。

代わりに階段の方から腹が鳴る音がした。


 「シガレットー、ご飯まだぁー?」

ネルと呼ばれていた少女があくびをしながら階段の上の方から降りてくる。

薄い茶色の目にまでかかるボサボサな長髪に緑の瞳の少し汚れたワンピースを着ている小柄な少女ーー未だに魔女だと言われても信じられない。

降りてきた瞬間に、この状況を見て隠れて見え辛かった大きな目をもう一つ大きく見開く。

「…しばりぷれいだ!!」

そう言いながら、笑いながら走ってシガレットの服にしがみつく。

「ネル、上の戸棚にパウンドケーキが入っておるからそれを食べてワシとこの人の話が終わるまで待っていてくれるな?

 それとその言葉を教えてくれた親切な方について後で教えるんじゃよ?」

「わかった!」

はしゃぐ姿はただの子供となんら変わらない。

あれでも魔女なのか。

「どこの何奴が余計な知識をうちの子につけて回ってるんじゃか…。」

やばいやつがここら辺にも出没するらしいのはわかった、警邏隊に伝えておいてやろう。

ーーー俺が生きて帰れればだが。


 「で、現場保護の観点とか抜かす上官のようなやつの頭を小突いて許可をもらったワシは魔女の仕業と断定し、鉄の扉を溶接斑に溶かして貰った訳じゃな。」

さらっととんでもないことを抜かしたな。

公務執行妨害に現場を荒らすのはなんの罪だっただろうか名前を忘れてしまった。

そもそも指揮系統がこの魔女トップに変わってねぇか?


「結果、中に飛び込みお主を助けたのが、イースタンの小僧だった訳じゃが、既に内部は血と臓物と死骸の山、犯人は既にいなくなっており、現場検証の前に警察も周囲の封鎖を試みたが結局間に合わんかった。

 検証開始は数時間後、明け方になっておった訳じゃがーーそこで意見を貰いたいと言われ同席したのでワシは内部の状況を知っておる。」

そう言いながら魔女は相変わらずどうやっているのかは分からないが一枚の羊皮紙を指の間から沸かせる。

そしてそれを広げて俺の目の前に見せた。


「結果、先ほども言った惨状を目の当たりにした訳じゃが、1番目を引いたのは酷い様子で亡くなっておった子供達では無く、壁に血で書かれたこの印と殴り書きだった訳じゃな。

 …一応読むぞ。

 『我らは過去より来たり、人間の罪を暴く者、世界の代弁をする者。

  汝ら人は己の罪を知り、世界から排他されるべき滅亡する存在。

  我らが名は シナゴーグ このサバトが初まりだ。』」

ーーー激しい頭痛が俺の頭を襲う。

脳髄の奥に鉄の棘が急に生えてきたらこんな痛みなのだろうか。

俺は覚えている、忘れられるものか。

あれは首を捩じ切られたスティーブが何かに操られながら頭の無くなった首で描いた模様だ。

首から上は血の泡を吐きながら笑っていた。


「ーーー見せない方が良かったかのう」

「…いや、良い続けてくれ。」

なんとか、返事を返す。

聞かなければならない、こいつが当事者だとしても、違っても、貴重な魔女の証言者だ。

当事者だとしたら、冥土の土産にしかならないだろうが。

「お主のことじゃから全部疑って聞いておるじゃろうが先に言っておく、ワシはかなり昔からいる魔女じゃがシナゴーグという名前はこの時初めて聞いた。

 なので正直憶測に過ぎないんじゃがそれでも構わんかのう。」

「憶測でも構わない、聞かせてくれ」

少しでも情報は欲しい。

魔女が一口珈琲を啜る。


「言葉から見るに、当然の如く人間を恨んでいる魔女。

 それもオルガナの災厄で生き残った魔女と新しく発生した魔女が徒党を組んだ過激派組織と思われるんじゃがーーー」

が、ということは。


「この事件以降ワシが伝手を辿って集めていた情報では、最後に確認されたのは極東の島で12年前。

 それ以降は同じ印もシナゴーグの名前も見当たらない状況になった訳じゃな。

 一応未だに方々の知り合いに声をかけ情報は集めておるんじゃがのう。

 正直、規模も、人員も、どのような異能を使うのかもあの場を見た限りで想像できるもの以外はわかっておらんのじゃな。」

憶測の言葉通り結局ほとんど何も分かっていないということか。

もしかしたら当時は俺が確認した人数だけで全員だったのかもしれない。


「お前の魔法でわからないのか?」

ダメ元で聞いてみたが魔女が首を横に振る。

「会ったことのある魔女のことは昼間に見せた異能の力で分かるが、今現状何をしているかまでは解らん。

 わかるのは生死の判別のみだったんじゃが、今日の一件でそれの精度も怪しくなってきたがのう。」

ふむ、と行った風に魔女が顎に手をやる。


「まぁ、少し余計な話も混じったが、これがワシの知っている事件の全てじゃ。

 要点をまとめるなら、孤児院を襲ったのはーーまぁ間違いないじゃろうが恐らくは魔女の集団、ワシは小僧に頼まれて手助けをしに行った、それだけじゃな。」

そして、そのまま笑わずに床に座り込んでいるこちらの瞳を椅子に座りながら覗き込むと首を捻りながら椅子に体重を預け直した。

…なんだ?


「体と心を守る為に記憶を喪失して、突然思い出して記憶の混濁を招いているのかと思っておったんじゃがーーどうやら違うようじゃのう。」

こいつはそんなことを考えていたのか。

さて、と言いながら椅子から立ちながら魔女がマグカップをキッチンシンクの中に置き水を出す。


「ワシの話は全て話した。次はお主の話を聞かせて貰っても構わんかのう。」

確かに話は聞いた、だがこれが本当に事実かどうかは分からない。

少なくとも俺の記憶と合致はしている。

それでもこいつの話を本当にどこまで信じていいかは分からない。

憶測はいくらでもできる。

例えば、あの夜みた頭を他の生物にできる魔女が他の人間の顔に自分の顔を変えられるのなら、実はコイツがコイツ自身の言うシナゴーグとやらの一員だったのだとしたらーーー。

表面上は構わないが心の底から信用するわけにはいかない、こいつも魔女なのだから。

だが、だからこそチャンスなのかもしれない。

俺の話す内容に少し嘘をまぜ、その反応を見ればーー。

マグカップを洗っている魔女を見上げる。

いや、嘘を混ぜる必要もないのか?

事実を事実のまま伝えて、違和感を覚えるのであればそれはそれで怪しいし、嘘をついてもそれに過剰反応するとも限らない。

悩めば悩むほど、思考の迷路に囚われていく気がする。

もし本当にコイツが良い魔女なのだとしたら?

いや、そもそも魔女に良い悪いがあるのか?

良い魔女がどうとかいうのもコイツの話で聞かされただけだった気がする。

だが、双聖女と呼ばれた二人は魔女だったという話もあった、それすらもコイツの作り話なのかもしれないし、そもそも警察に近づく為に今回の事件を起こした可能性もーー。


ーーーダメだ、これ以上考えるな。

考えたところで俺は死ぬなら今日ここで死ぬ。

コイツの気に入らない話をしたら死ぬかもしれない。

なら事実を語って、生き延びられる可能性がある方を選んだ方が賢明か。

俺は復讐を果たしたい、その前に死んでしまっては意味がない。

軍隊に入らず警察に入ったのも、こういう状況にありつけるかと思ったからだ。

そして魔女に抗う術を手に入れる為に、射撃術の練習も、護身術の練習も欠かさなかった。

泥水を啜ってでも、俺はーーー。


「シス君。」

魔女の声で我に返る。

「…考え込むと戻ってこない癖のようなものがあるのう、気をつけた方がいいぞ?」

心配そうに覗き込む魔女に、俺は「余計なお世話だ。」と答える。

息を大きく吸い、吐き出す。

思考をまとめるのにはこれが1番良い。

結局、俺はまだ死ぬわけにはいかないのだから結論はーーー。

「分かった、俺の事について話す。」

ーーーこの言葉に収束した。

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