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警察署連行編 1

どこかで私のイラスト、小説を読んでいただいた方はお久しぶりです。

そうで無い方は初めまして、冬草と申します。


この度は拙作、Cigarreteシリーズ一作目を見にきていただきまして誠にありがとうございます。


それではお楽しみください。




 骨の砕ける音と、肉を潰す音が合わさった拒否反応を起こしたくなるような音が橋桁の下に響く。

月明かりと靄がかかる真夜中に、それは行われていた。


否、終わっていた。


まるでキューブのようになったその肉塊は地面に接触し、鮮血と脂が飛び散った。


それに触れ指先が赤く染まった白い手袋。

黒い服と黒いベール。

小さく響く鼻歌。

そして月光で映える、白いホッケーマスク。


「フフッ」


小さく響く笑い声。

その声と同時に、ひとりでに肉塊が橋台に叩きつけられ今度は広がる。

その塊に縄が括られ、橋桁に吊るされた。


吊られたことにより、潰れ切らなかった臓物がまろび出て、ぼたぼたとこぼれ落ちる。


それは「人」だった。

潰れた缶のように見えた物も、橋台に叩きつけられた物も、吊るされた物も。


修道女の格好をした何かがもう一度笑う。

「まだ、事件扱いにならないのは一体何故なんですかね、お陰で私はズッと恨みを晴らし続けられることになりそうですが。」

声は間違いなく女性だった。

プラプラと揺れる肉塊からホッケーマスクが顔を背け後ろを向いた。


「ま、こんな時間に出歩いてる貴方が悪いんですよ。」

そう言いながら橋桁から離れようとする修道女の足が止まる。


「おっと、コレを忘れちゃいけませんね。」

そう言いながら取り出されたのは、吸い殻になった独特なマークのつく紙巻き煙草。

それを血溜まりから少し離れた所に起き、鼻歌を歌いながら改めて修道女は靄の中に消え去った。







ギッ、ギィィィィイ。

ジジジジジジジ。


ーー嗚呼、こんな所に来るのではなかったと心から思う。


ジジジジジジジ。

立ち込める煙の匂いと紙と種類までは解らないが葉の粉が焼ける音。


ジジジジジジジ。

毛嫌いしている魔女の小屋なんぞに立ち入る意味も理由も無かったはずなのに。


ジジジジジジジ。

なんて俺は不幸なんだ。


ジッ、ジジジジジジジジジジジジジジ。



「そんな所で突っ立っておらんで用を話さんか。」


一筋の光すら入らない、窓すらないこの小屋の中で、煙草の魔女と呼ばれる何者かの吹かせる煙草の火と、その奥に青白い炎だけが灯っている。

ーーーゴクリ、と生唾を飲み込む音が自分の喉元からした。

「ああ、すまんな。

 もしかして暗くてわしがどんな姿か分からんから声も出せんか。

 噂の魔女様はもしかしたら化け物で、お前さんを頭からバリバリ食ってしまうかも知れんからなぁ」


パチンッと指のスナップ音がなり、俺の足元が急に光りだす。

うわっ!? と思わず声が出た。


透明な膜に覆われた光の塊が、クスクスと笑いながら俺の体を透過しながら空中に浮かび、鈴の様な音と共に弾け飛んだ。

身構える、が特に何も起こらない。

光の粒子がばら撒かれ、火以外見えなかった暗闇が薄暗がりになる。


「満足したかのう。」


 そう言いながら薄暗がりの中に見えたのは女だった。

揺り椅子に座り、肌は白く、髪も白く、ボロ切れを纏い、煙草を燻らせ、骨と皮だけの指、荒れた肌、目の下にクマ、そして印象深いトンガリ帽子の先に青白い炎を灯した、まさに魔女然とした魔女の姿がそこにはあった。


敢えて児童向けの本との違いを上げるのであれば、そこに居たのは老婆ではなくまだ若く見える女であることくらいだろうか。

だが、目の周りに付いている隈の所為で恐らく普通より歳をとって見える。


「クカカ、本と違ってビックリしたか?

 ……驚きっぱなしじゃのう。」

一瞬、体が強張る。

俺の頭の中を読んだのかとすら思える内容の台詞。

フーッと煙を吐き出しながら魔女が笑う。

獣の牙のような歯を笑みの隙間から覗かせて。


 煙が籠もる。

よく見ると周囲は白煙で溢れている。

恐らく魔女の口から溢れ、煙草の先から溢れているだろう煙草の煙だ。

いい加減、覚悟を決めねばなるまい。

今日俺がここに来た理由、その意味。


息を吸い込む。

「シガレット・スィガリェータ! 貴様には現在殺人の容疑がかかっている! 此方には捜査令状も逮捕状もある、署まで同行願おうか!」

大きく声を張り上げ、威嚇するかの様に魔女に呼びかける。

もちろん虚勢だ、恐怖で頭がイカれそうになる。

「クカカカカ...…そう、怯えずとも良い、ーーー()()()()


頭がぐらりと揺れる、今、なぜ名乗っても居ない俺の名前を言い当てたのだ。

「お前さんがくることは分かっておった、今起きている事件の事、そしてお前さんの懐から臭うその匂い。」

()()ーー、そう言ったのかこの魔女は。

「その煙草の調合を行なったのは間違いなくわしじゃて。」


自分の喉から生唾を飲み込む音が聞こえる。

あり得ない、懐にジプロックに入れた状態でしまっているこの煙草の臭いを、この自前とは言え吐き出し続けていた煙と、さっきまで車内でタバコを吸っていた俺のタバコの臭いが混じったこの状況で嗅ぎ分けたのか?

「わしの印も入っておるじゃろう、言い訳もお前さんは聞き届けないじゃろう。

 いくらわしが殺してないと言っても、な。」


 いくら頭の中で考えても表には出さない。

そうしないと相手に舐められる、無言で貫き通せ。

全てやり手の上司から聞いた言葉だ。

腰のホルスターに手を伸ばす。

ポタリと雫が頬を伝い落ちる。

相手は魔女、人を気軽に殺せる力を持っている。

蛙にされるか、肉片にされるか、食い殺されるか。

...いざとなればーー


「安心せい、抵抗はせんよ。」


「ーーーは?」

待て、この女今なんと言った?

「捜査も逮捕も好きにするが良い、署に連れて行っても構わん、そこで、今回の件の内容について知っている限り説明してやろう。

 ん?手錠をかけんのか?楽しみにしておったのだがのう」

髪を搔きあげ、咥え煙草のままあっさりと、魔女は手を出した。


ーーーこれがこの後死ぬ程面倒くさい事件に巻き込まれる俺と奇妙な魔女の邂逅だった。

 






「シガレット・スィガリエータ、年齢29歳、外部森林の掘っ建て小屋で自作の紙巻きタバコを作って生計を立てている。

 間違いないな?」


ロークタウン中央警察署、その一室。

「名前と場所と職業は合っとるが年齢が違うのう、桁が1つ違う。 誤認逮捕かの?」

そこでは不思議、不可思議としか言えないような状況が作り上げられていた。

ボロボロの魔女の格好をした女が、軽くカールのした茶髪で無精髭の警部に詰め寄られているにも関わらず揶揄っている、風邪の時に見る夢のような状況が。


「重要なのはそこじゃ無い! 近頃起こっている連続変死事件の傍らに必ず落ちている証拠物品にお前の作るタバコの吸い殻が必ず落ちているって事だ!」

シガレットを捕まえたシス警部の怒声が飛ぶ。

「年齢が間違っとるからなーんにも話さん。 訂正せんと喋らんぞ?」

相変わらず、ニヤニヤと出されていたコーヒーについてきたスプーンを煙草の様に咥えながら挑発する様に帽子を外したシガレットが語りかけた。

「分かっているのか、俺にはお前を射殺する許可がおりている。 特例措置でな、例えこの警察署の中でもトリガーを引いて良いとな。」

こめかみをヒクつかせながらシス警部がシガレットに机越しに詰め寄る。

その様子を見て一瞬鼻で笑い、シガレットが言葉を紡ぐ。

「...それが本当だとして、その程度でわし等を殺せると本気で思っておるのなら滑稽じゃな。」

シガレットの目が細まり、シス警部の生唾を飲み込む音が取調室に響いた。


「まぁ、おちょくるのはこの程度にして今回の件に関して幾つか説明をしてやるとしよう。」

目を瞑り、椅子に深く腰をかけ直しながらスプーンを口だけで弄びつつシガレットが話し始める。

「まず、最初に犯人の話じゃが......わしではない。」


「「犯人は必ずそういうんだ!」」


2人の声が合わさる。

場の空気が凍り、警部が目を見開く。

「警察官は必ずそう言うんじゃよ。 まぁいいから黙って聞いておけ、一旦わしが犯人という固定概念を抜かんとわしの言葉もちゃんと聞けんじゃろ。」

器用に歯だけでスプーンを上下させながらシガレットが警部を見据える。

「お前さん達は巧妙に隠蔽しておるつもりのようじゃが、今回の事件、犯人の死体がまるでプレス機かなにかで縦から潰されたようになっているそうじゃのう。」

警部の頰から汗が一雫落ちる。


「どこでーー」

「その情報を、か。 まぁ、わしも魔女じゃしそうでなくても人の口に戸は立てられんからのう」

嬉しそうにシガレットの瞳が歪む。

正しく物語の中の悪い魔女の様に歪に。

「わしが犯人でない理由は明白じゃ、お前さんが知ってるかは知らんが、わしらが魔女と呼ばれる理由、それは何も比喩や職業からついているのではない。」

まさかーー、と警部が口にする。

魔女は瞳を歪めたままに頷く。

「自身が使える異能の力によって付く二つ名、例えばわしならタバコの魔女、タバコに関する異能しか使えんわけーー」

「その場に落ちていたタバコの説明はどうなる!?」

机を叩きながら興奮するようにシス警部が魔女に詰め寄る。


やれやれ分かりきっているだろうにと言った風にシガレットが首を振った。

「わしはタバコ屋じゃぞ? 必要な人間に必要なものを売るのが商売人じゃよ。

 わしも魔女じゃしこっちに疑いの目を向けその間にこっそり犯行を続けるつもりか、それとも潜伏するつもりかは判らんが...」


クックックッと男の含み笑いが室内にこだまする。

そしてそのままその含み笑いは笑い声へと転じた。

「残念だっーーー」

ガタンっという椅子から立ち上がる音と共に、魔女の皮と骨しかないのではないかと思えるような、細すぎる人指し指が警部の口にあてがわれる。


驚いた顔をする警部に対し更に顔を近づけ悪戯をする子供の様に魔女が嗤う。

「どうせ、切り札宜しくDNA鑑定でわしのDNAが出たとか言うつもりじゃろうが、その吸い殻はワシが自分用に作って吸ったタバコの吸い殻を回収して捨てると言う計画的とも言えぬ稚拙な犯行じゃろうな。」

息継ぎもせずにそのまま魔女は捲し立てる様に言葉を紡ぐ。

「言い訳にしかならんだろうから言わんかったが、二ヶ月程前に捨てた袋にまとめておったタバコがゴミ回収の人間が来る前に無くなっておるんじゃよ。」


矢継ぎ早の言葉に処理が追いつかなくなったのか警部が口を軽く開いて茫然としたままシガレットを見る。

反抗が始まったと推測されるのは、この二ヶ月以内、確かに符号は合致している。

だが、それすらも計算に入れていれば?

そもそも魔女の言う通りの言い訳を信じるとすれば?

そんな問答が、警部の脳内で回った。


 数秒経ち、ハッとした顔でシガレットの方を見据え

「それでもなお、お前が犯人でないと言う理由にはならない!」

警部がそう叫んだ。

しかしそれは猜疑心に苛まれた声、先程までの自信満々な言葉がけと違い怒声ではあるがどこか自信がなさそうな声が取調室に響く。


「まぁ、シス警部。

 お前さんにわしがどれだけ弁明しようとわしが犯人であると認めるまでは逃がさないつもりじゃろうがーーー取引じゃ、たまには探偵の真似事も面白い。

 真犯人をひっ捕まえてやろう、ここ数日中にな。」

ククッと含み笑いながら魔女が細目で警部を見据える。

「はっ、話にならねぇな!

 今この世で、科学捜査もある状況にも関わらずなんでお前の力など借りる必要がある!

 そもそも数日中だと!?魔法でも使うーーー」


魔女の口が醜悪に開く。

歪むという単語が似合い過ぎるほど似合うその開き方。

まるでクレバスの様に底の見えぬ暗闇かと錯覚する様な。

赤い瞳すらも心底嬉しそうに歪む。

背筋に冷えるものが落ちる様にシス警部が一瞬身動ぎ、そしてハッとする。

「ここにいるわしは魔女じゃよ?魔法くらい使えなくてどうするね。」

また、生唾を飲み込む音が響き、暫くの静寂が取調室を包む。



 その静寂を散らすのは矢張り、魔女であった。

「で、どうするシス警部。

 わしの申し出を受けた方が得だとは思うがのう。」

沈黙。

「なんなら新しい潰れた犠牲者が出るまでわしをここに閉じ込めておくと良いぞ?」

額を抑え沈黙。

「今までの周期から見てここ一週間以内に何かしらの犠牲者が出るじゃろうし。」

机の上に汗が落ちる音。

「なんなら射殺を試してみるか?そろそろわしも生きるのにーーー」


ガタンッと勢いよくシス警部が椅子を立ち上がる。

そのまま、後ろを向き扉に近づき、踵を返し相変わらずニヤついている魔女を指差す。

「いいか、俺はお前の話を信じたわけじゃない。上司に確認をしてくるから暫く待ってろ化け物!」

捨て台詞を残し、扉を勢いよく閉めたシス警部は足をふみ鳴らしながらその場を後にする。

魔女は目を瞑り指の隙間から何処からともなくタバコを取り出し口に咥え、指先から火を出し火を点ける。

そのまま、片肘をつきながら頰を手のひらに当てタバコを燻らせる。

「残念じゃのうーーー撃ってもらうのを楽しみにしておったのに。」

頰を緩め、タバコの煙を長く吐き出しながら、そう魔女は独り言ちた。


そして、幾許かの時間が流れた。

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