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未分類の短編小説

こんじきされこうべ

作者: 魚の涙

 何故その男の誘いに乗ったのかと言うと、単純に男の顔が好みだったからだ。

 女慣れしているなと言う第一印象は当たっていて、行為の内容もまた満足の行く物だった。

 経験人数は人並み程度の私でもとても充実した夜を過ごせた。


 だがそんな事が些細な記憶になる程、奇妙な夜だった。


 私は御世辞にも美人とは言えないし、胸も小さく腹は弛んでいる。

 あまりおしゃれにも気を使う方では無いし、自分でも根暗な性格をしていると思う。

 仕事柄会話慣れもしておらず、その男に話し掛けられた時もしどろもどろな受け答えをしていた。

 それに出会った場所も場所だ。

 男と出会ったのは駅前にある骨董屋だった。

 普通列車しか止まらない最寄駅の前は全体的に寂れていて、一時間に五本程度しか来ないバスを待つ人の一部が冷やかしに覗きに来る程度である。


 暇潰しに覗く人の大半は数分で飽きてしまい結局隣の古本屋に流れて行く。

 あちらもあちらで暇を潰せるとは思えないのだが、骨董屋よりは暇を潰せると感じるのだろう。

 私はその骨董屋の古臭く安っぽい雰囲気が好きで、バスを待つ間は大抵そこに居るのだ。


 看板こそ骨董屋を掲げているが、価値の有りそうな物はほぼ置いていない。

 棚に適当に積まれている皿や壺はどこか安っぽくのっぺりとした品ばかりで、縛って置いてある古書も古い雑誌や文庫本ばかりだ。

 そして何故か試験管やビーカーが並んでいる。

 何年か前に近くの小学校がボヤ騒ぎを事を切っ掛けに校舎の一部を建て替えたのだが、その時の廃棄品を譲り受けたのだと思っている。

 だって、使い古された黒板用コンパスとか黒板消しクリーナーまで置いてあるのだ。

 と言うかそれらは骨董品なのだろうか?

 以前置いてあったアルコールランプや巨大な三角定規は売れた様だ。気持ちは少し分かる。

 私も数十枚セットで置いてあるプレパラートに僅かに惹かれる。買わないけど。


 そして、この意味不明な骨董屋の目玉商品の一つとして飾られていたのが骨格模型である。

 結構古そうなので骨董品と言えなくも無いと思うのだが、普通に考えて骨董屋に置く品では無いだろう。

 少し前まで煤けた人体模型と並べて置いてあったのだが、ひょっとしてあれは売れたのだろうか?


 LEDライトが普及し始めた昨今に裸電球を採用しているこの骨董屋は酷く薄暗い。

 その薄暗さの中でショーケースに納められ適当なライティングを施された骨格模型は、控えめに言ってホラーである。

 稀に冷やかしで訪れる客は漏れなくびくりと震えるか二度見する。


 その男はその骨董屋に来る客達とは色々な意味で違った。

 そもそもその男は車でやって来たのだ。バス待ちの客しか来ないこの骨董屋においてはそれだけで異質な客である。

 男は店に入ると真っ直ぐに骨格模型の前に来た。

 そしてショーケースに収められたその骨格模型を数秒間凝視して、落胆の溜息を吐いた。

 落胆すると言う事は期待して来たと言う事だが、果たして骨格模型に何を期待したと言うのだろうかと、そんな事を考えながら男を見ていた。

 見るべきもの等何も無いこの骨董屋で、その男は鑑賞に値する存在であったからだ。


 そして男は私を見て、何故か二度見してから、笑った。

 その反応は冷やかしに訪れる客が骨格模型を見た時の反応に似ていてちょっと複雑な気持ちだったが、最終的にはその爽やかな笑顔で相殺された。


 今思えばその微笑みは計算された、そして手馴れた笑みだったと思う。

 その時点で私はその男に捕まっていたのだ。

 そこから先は終始男のペースだった。

 男は人当たりも良く、強引かつ絶妙に距離を詰めて来て、気が付けば私は男の車に乗っていた。

 不用心にも家まで送って貰い尚且つ部屋に上がり込まれ、特筆すべき事も無い形ばかりの抵抗を経て男にその身を委ねることになった。


 私は男性経験が豊富では無いが、それでも男が巧みである事は理解した。

 男との行為は快楽の頂点を極めると言うよりも、丁度良い快適な時間を過ごしたと言う感じの行為であった。

 事務職でインドアな私は致命的な程体力が乏しく、男の丁寧かつ適切なリードにもかかわらず行為自体は三十分にも満たなかった。

 男と過ごした一晩はその大半を会話によって浪費し、男はその卓越した話術によって私を飽きさせなかった。


 色々と取り留めの無い会話を続けた後に、私は男に一つの質問をした。

 何故あんな骨董屋に来たのかと。

 男は苦笑してその理由を一言で述べた。


「金色の、されこうべを探していたんだ」


 正直な所、行為よりもこの後の会話の方が強く印象に残っている。






 男が初めて女と寝たのは大学生の時だと言う。

 意外と遅いなと言うのが私の印象だ。まあ、人の事は言えないのだが。

 男の初めての相手は大学で有名な女だったと言う。


「誰とでも寝る。でも、二度目は無いって事で有名だったんだ」

「二度目は無い?」

「そう。もう一度寝ようとすると決まり文句で断られる」

「決まり文句って?」


「一緒に楽しめないなら無理」


 自分本位な男に対する皮肉なのかと思ったが、そうでは無いのだそうだ。

 女に尽くしたとしても同じ回答が返って来るのだそうだ。

 要するに女にとっての行為とは、男女が同じ様に楽しめなければ意味が無いと言う事だ。


 簡単なのではとも思ったが、よくよく考えてみればそれは難しい話なのかも知れない。

 現にその夜の行為を考えてみても、恐らく男は私程楽しめてはいないだろう。

 私の視線からその考えを読み取った男は、だから自分の考え方を変えてやろうと思ったと言った。


「相手の望む行為を目指す事が、僕の楽しみになれば解決しない?」


 ナンパ男とは思えない程真面目な回答だ。

 因みに男はまだその境地には達していないのだと言う。

 そしてその境地に達するために数え切れない程の女と寝たのだと言う。

 真面目なのか不真面目なのかよく分からない男だ。


 骨董屋で私を二度見した理由は、私がその女と似ていたからだと言う。

 その時の私はとても形容し難い表情をしていた事だろう。


「似ていると言ってもそっくりと言う訳でも無くてね、ふっと視界の隅に捕えた時にあれ? って思う程度なんだけど」


 これまた複雑な感情を覚える話だった。

 男に関しても、その女に関しても、少なくとも行為だけを見れば淫蕩な輩なのだが、その芯にある価値観は誠実とも言えなくはない。

 だからと言って尊敬の類を向ける相手では無いが。


「で、金色のされこうべの話なんだけど」


 男がそう言った事で、私は忘れかけていた自身の質問を思い出した。

 そうだった、この話は金色の髑髏に関する話だったのだと。


「彼女の部屋にされこうべが置いてあったんだ」

「金色の?」

「いや、黒っぽいと言うか薄汚れたと言うか、妙にリアルなされこうべ置いてあったんだ」


 実に前衛的な部屋である。

 しかもその髑髏、行為中常に視界に入る位置にあったのだと言う。

 落ち着かない事この上ない。

 その様な環境で男は頑張ったそうだ。

 何をどう頑張ったのかは語ってはくれなかったが。


「で、僕はお決まりの台詞を頂いた後に、彼女は僕の腕の中で眠ってしまったんだ」


 一緒に楽しめなかったと言う事だ。

 どちらが楽しめなかったのかはついぞ語ってくれなかったが。


 それにしても振った男の腕に抱かれて眠るとか、豪胆な女だなと思う。

 或いは当時の男はそうしてしまう程無害な印象を撒き散らしていたのだろうか?


「まあ、致す事を致したとは言え、ついさっきまで童貞だった男が裸の女の横で寝られるかと言えば……ねえ?」


 悶々とした夜を過ごす事を覚悟したと、その時の事を振り返って男はそう言った。

 それにしたって裸の女と髑髏とは、シュールな光景である。


「で、僕は夜通し髑髏と会話したんだ」


 急に話がオカルトじみて来た。

 喋る髑髏。日本昔話とかなら頻出しそうな絵だが。

 男の話を信じるのであれば、男は髑髏と取り留めの無い話をしたのだと言う。

 髑髏は妙に説教臭くて説法めいた話を好み、男は悶々とした思いを忘れて話に聞き入ったのだと言う。

 そして髑髏は男に一つの考え方を与えたのだそうだ。


「男女が褥を共にして開かれるのが真の悟りである、と」


 なんじゃそりゃ。

 そんな思いが顔に出ていたのだろう、男は苦笑しながら話を続けた。


「悟りってのは仏教の考え方だけど、仏教ってのは女性に寛容じゃないんだ。まあ、寛容じゃないと言うよりは男女を完全に別の要素として考えている訳だけど」


 首を傾げる私に男が物凄く噛み砕いて語ってくれた話によると、仏教の考えの元では女は排除されるのが基本なのだそうだ。

 それは女が陰の気を帯びていて、男が陽の気を帯びているからだそうだが、その先の話は半分も頭に入らなかった。

 男は私の表情からそれを察した様で、話を途中で打ち切って強引にまとめた。


「物凄い噛み砕いて言えば、男尊女卑なんだよ。まあ、そんな事を言うとお坊さんに怒られるからこれは物凄く噛み砕いた解釈だと言う事は覚えておいてね」


 茶目っ気たっぷりにウインクされてそんな事を言われた事はとても印象深い。

 後から思えば、この言葉を印象付ける為にそんな演出をしたのかも知れない。

 この辺りを忘れて適当に仏教は男尊女卑だ等と言った日にはお坊さんに殺されかねない。


「まあ、その考え方を基にして解釈しようとするとね、男女が褥を共にして開かれるのが真の悟りであるってのは先進的と言うか矛盾していると言うか、普通に考えたら仏教的な思想とは思えないよね?」


 言われて諸々の言葉を統合すると、確かにその言葉は矛盾する様にも思う。


「結局行為そのものよりも、その後の会話の方が印象的で、でも冷静に考えればそれは夢か幻じゃないかと言う話でね。僕自身その後しばらくはされこうべとの会話は夢だと思っていたんだ」


 何と無く今の私の状況にも似ている。

 ピロートークで髑髏と会話した話をされたなんて、どう話したらいいのか分からない。

 まあ他人に語れる話題ではないのだが。


「でも少し後に近い考え方を持つ仏教の宗派があった事を知ってね。まあ正確な事は分からなくて、色々な泡沫宗派の話が混同されていると言う考え方が主流の様だけど」


 仏教って宗派が矢鱈沢山ある印象がある。

 その中には少し位淫靡な宗派があっても驚かない、と言うのは男の話を聞く前の話。

 それも男が言うには分かり易い様に誇張された考え方らしいが。


「それでね、それらの不確かな記録に基づくと、その宗派の本尊は金箔が貼られたされこうべだったんだ」


 じゃあその女はその宗教の信者だったのかと聞くと、男は分からないと答えた。


「いつの間にかいなくなっていたんだ。色々な噂があったけど、確実な事は何一つなくてね、それ以来彼女にもされこうべにも会っていない」


 その後の会話は覚えていない。

 私にとってはやや難解なそれらの話は、いつしか私の意識を眠りの底へと誘っていたのだ。


 翌朝目を覚ました時には、もう男は居なかった。






 後日、男の話が気になった私は金色の髑髏に関して調べてみた。

 その結果真言立川流と言う名の宗派がヒットしたのだが、色々読み込むと男の話は細部では結構適当だった。

 恐らくそれは私が理解出来る様に噛み砕いてくれた結果で、そこに男の持つ話術の片鱗が垣間見えた気がした。

 本質とも言える所はある程度伝わっていたのだから。


 だから、ここから先は話術も理解力も貧弱な私の想像だ。


 男は、宗教になろうとしていたのかも知れない。

 きっと男と髑髏が交わした会話は私が聞いた内容よりも遥かに膨大な量だったのだろう。

 なにせ夜通し語っていたと言うのだから。


 悟りは悟りを開いたと言う結果よりもその過程が大事なのだそうだ。

 男は髑髏の教えに従って、男女が同時に悟りの境地に至れるその瞬間を求めて女を引っ掻けているのだろう。

 見方によってはあの男は修行僧の様な存在なのかもしれない。


 そして男が骨董屋に辿り着いた理由だが、あの骨董屋の髑髏は裸電球に照らされていて、見る人によってはそれが金色に輝く様にも見えるかも知れない。

 男はあの骨董屋に金色のされこうべを求めてやって来たのだろう。


 あの男は髑髏に会いに来たのか、はたまた女の行方を探していたのか。

 きっと髑髏の方を探していたのだろう。


 あれ以来骨董屋の髑髏を見る度にあの夜の記憶が思い起こされていた。

 あの夜の記憶とは男との行為に関連する記憶では無く、金色のされこうべに関する話だ。


 行為の記憶はただ満足できたと言う抽象的な記憶だけが薄らと思い起こされ、その反面男が語ってくれた髑髏の話は一言一句とまでは行かなくとも、要所要所が妙に鮮明に蘇るのだ。


 きっとあの男も同じように、女より髑髏の事を思い起こすのだろう。


 今でもあの男は女を満足させる為だけに女を引っ掻けているのだろうか?

 今でもあの男は金色のされこうべを探して骨董屋等を巡っているのだろうか?


 そして、私がここまで鮮明にこの事を思い起こすのは今日が最後かもしれない。


 なんと、あの骨格標本が売れたのだ。

 売約済みと張り紙がして有るのだから、売れないから引っ込めたとかでは無い。


 今や私の思考は男との夜に関連する事柄よりも、誰が何のためにあの骨格標本を買ったのかと言う事に埋め尽くされている。

 まあ、それもきっとバスが来るまでの間だろうけれど。


何でこんな話を書いたかと言えば思い付いたからとしか言いようが無い。

因みに割烹を遡って確認した所、この話の基礎を思い付いたのはかれこれ五年程前の事でした。


楽しんで頂けたのなら幸いです。

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