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夜勤明けは体内時間がちょっと狂う。外は滅茶苦茶土砂降り。見えないけどさ。
窓がある部屋なら室内の会話をかき消されるくらいにはすごく酷い雨。朝から降り続ける雨は、夜の足音が聞こえる今になっても憎たらしいくらいに止んでくれない。
見えないけどさ。
そんな中で先ほどから、けたたましく色々な計器の警報音が鳴り響く。うるさい。耳に痛い。滅茶苦茶痛い。穏やかな視覚が奪われている分、心臓にも悪いと思う。
のどかな田舎暮らしが長いトーマには刺激が強すぎる。というか、巻き込まれたくないし、心底巻き込まないで欲しい。
普段はおっとり湖畔を散歩……じゃなくて巡回警備していた護衛騎士達が戦闘配備の為走っていく中、神殿中の隔壁が降りていく。当然ながら外が見える窓も隔壁はとっくに降りてて、土砂降りは見えないし、雨音も聞こえない。
「1時の方位より敵機、中型2機、小型5機、接近!エネルギー反応あり。攻撃してきます!」
「魔力防護壁を全方位展開、対空砲で反撃しろ」
「魔力防護壁全方位展開中!」
「対空砲発射!……駄目です!0時の方位、2発残しました。衝撃波きます。3、2、1」
警報音と機械音と人の声がそれぞれの伝えるべきことを主張し響き渡る中、カウントに合わせて空気が揺れた。
ぎりぎりファンタジー路線の会話を聞きつつ、前面のモニターに表示される外の様子や被害状況なんかをトーマは司令スペースの床に座りつつ見る。
こういのは得意じゃないトーマでも今の所は五分五分でも、この先、攻められているこちらが優勢になる要素が見つからない。っていうかこのままだと負ける。こっちの内部に裏切り者は沢山いるみたいだし相手の勝利条件もはっきりしてるし。
なのに隣に立つ司令官は悪い笑みを浮かべてるし、若い副官風の男は眼鏡を拭く余裕さえみせている。
秘策があるのか、この戦闘の落としどころが決まっているのか。
やっぱ嫌な予感しかしないよね。うん。
この戦闘用のモニタールームが神殿管理用とは別に神殿内にあるのはトーマも知っている。帝国内のどこの神殿にも多分標準装備だし。でもここが昔から神殿で一番トーマが大嫌いな場所。
元々、神殿っていう施設の叩き潰し合いから身を守る為につくられた施設だけど、人々を平和へと導く筈の神殿が同じ人間である他国や空の人と戦争をする為の場所だも知ってからはさすがのトーマでも笑えない。
そんな大嫌いな場所なのにトーマは昨夜グランおじさんと話をしていた黒服の騎士にサナとリュカと待ち合わせていた夕食時の食堂から無理矢理引きずられて連れて来られてしまった。
せっかく二人に会える予定だったのに、何してくれてんだ、このおっさん。と思えたのも最初の攻撃までだった。
床に座り込んだままのトーマは隣に立つ黒騎士服の男、聖騎士のジルと名乗る男が指揮を取るのを見た後、この空間に居る面々をぐるりと見遣った。
神殿の護衛騎士達もやっぱり帝都から派遣された騎士団の一員だけあって有事の際の対応は初動こそは遅れをとったけど今はダレた田舎暮らしなんて嘘みたいに的確に動き始めた。
平凡な俺がなんでこんな場所に連れ出されてしまったのか。訳がわからないよ。帰りたい。
……いや、本当はなんとなくわかってるけど。
多分だけど、昨夜、所長がトーマを従えていたのもそのせいで。そして、恐らく今のこの状況は予想されていたんだと思う。
やられた。
この一言につきる。
胸糞悪いが、多分かなり前から予想されてたんだろう。
皇帝一族によって。
「魔力防護壁はいつまでもつ?」
「あと二十発は平気だと思われます。ですが、その後も直接攻撃を受け続ければ、神殿に被害がでますし、神殿が破壊されれば下の町に影響が出ます」
(さらりと言ってるけど、それって最悪大規模災害発生だからね?)
副官のトルネと呼ばれる男が眼鏡の下の顔色を変えることなく現況を淡々と語る。
「こちらの稼働可能な魔法機械騎士の残数は中型2機、小型3機。敵指揮機と思われる大型1機と中型1機は上空待機しているようです。帝都に援軍の派遣依頼をかけますか?」
「いや、いらない。時間もかかるし、もっと凄いの持ってるから」
サナとリュカが巻き込まれなければ関わりたくない会話が聞こえるから無視する。
「そろそろ、手伝え」
「嫌です。俺は平凡で健気な神殿技士です。無理です。それに今言ってましたよね?どっかにちゃんと持ってきてるんでしょ?」
せっかく空気になっていたのに、ジルが声をかけてきた。しかし、トーマはブイと横を向く。ジルの隣でやつのトルネが肩を震わせ笑ってる。絶賛戦闘中だけどな。
「そもそも、どうせ陛下の勅令とか持ってるんでしょ?命令すればいいじゃないですか」
命令しろよと心底思う。協力したくないけど。「正直、今回こっちが本命だったから聖騎士のジルさんとトルネさんがいらっしゃったんですよね?って言いたい……。言わない俺、健気」
「おい、心の声が丸聞こえだぞ?健気な奴が、んなこというか?」
「え?わざと心の声を話しましたけど?」
「ふふっ」
ジルの呆れた物言いにさらりと返せばトルネが腹を抱えて笑ってるじゃないか。腹黒冷徹風眼鏡インテリアが笑ったよ?!やったね俺!
「命令で動かせる人材じゃないだろう?」
「買いかぶりですよ。こんな下っ端貴族、上の一声で何でもしますよ?多分?」
「お前がそう言っても周りはそう思わない。……それに、今朝方、殿下は長旅で体調を崩されため、とある優秀な巫女見習いの娘を代役にたて儀式を継続すると決められ、療養施設がある神殿に向け先に魔法騎士の護衛の元、出立された。なのでこの戦闘、お前に頭を下げたり命令を出さなくても既に殿下の安全は確保されている」
「はぁ?二の姫が不在?ってことは今儀式を執り行ってるのは誰?」
モニターには土砂降りでの戦闘の中、天端で儀式を続けるニの姫の姿が確かにある。
あれ?え?
巫女見習いっていったけど、この神殿内の神官や巫女は皆様年を重ねた熟練の方々が多く代役できるような若い子はサナ以外に居なかったと思うけど……
「って、やられたか!」
ふと気がついたトーマに向けてジルがニヤリと笑った。こいつ、見た目だけでなく中身も黒くて悪い奴だ。一見優男に見えて、しかもちゃらけた口調に誤魔化されてしまいそうだが、絶対副官より悪い奴だ!
「だからお前に命令する必要性はないし、たかだか地方の神殿とその関係者の為に俺は陛下のお力を借りてまで命令したくない。……しかし、だ。お前自らが、俺に手伝いを自ら願い出るなら先ほどまでのことは無かったら事にして、話を聞いてやってもいいぞ?俺は先達の過ちには寛容だからな。……ああ、そういうば、お前がこれから食堂に戻ったとしても、待ち合わせの相手は食堂の避難所にはいないぞ?そもそも二人は今宵食堂には来れなかったらしいしな。なぁトルネ?」
「今朝方、殿下に重要な極秘任務を賜ったため、今宵は食堂に行けないとグラン殿に伝言を頼んでおりましたね」
「何が話を聞いてやってもいいいいだ?!!」
ジルとトルネの茶番劇にトーマの怒りが沸点を超えていく。
聞いてやってもいいじゃねぇだろ?!聞かなきゃ二人を見捨てるって言ってんじゃねぇーか!!神殿も町も全部見捨てる気満々だろうが?!
気がつけばわかる。ずっと一緒にいた二人だ。
モニターに写る二の姫の代役はサナで画面端の側にいる騎士はリュカだ。
くだらない思い込みをなくせば今ならわかる。
「くっそ!!!ふざけんな!!……なんでサナとリュカを巻き込んだ!!」
思わず立ち上がりジルの胸元に手を伸ばしたが、逆に二人の間に入ってきたトルネにトーマは胸元を握られ床から数センチ浮かされる。
「お前を引き摺り出す為にじゃない。それこそ自分自身を買いかぶり過ぎだな小僧。聞く話によると彼女は記憶玉を使えるらしいな。使いこなす為に多少殿下から指導を賜ったらしいが。しかもお前だって今まで彼女の舞に気が付かなかった。それ程に力を持った舞だ。ただの小娘ではない。しかも付き添いは俺が語らずともお前がよーく知る特別な瞳を持った少年だ。アレは見紛うことなく元聖騎士だ。二人に才があったから選ばれた。それだけだ。そして陛下はお前ごときに命令を出さなくても問題ないと判断されている」
ジルに言われた言葉、一つ一つがトーマの悔しさをぐちゃぐちゃにまぜていく。
所詮、前世持ちの技士だって目の前の偉そうに笑う聖騎士だって皇帝にとってはただの駒だ。そんなの帝都に行く前から知っていた。
トーマは早く大人になりたくて、でも大人になりたくなかった。二人を守る力が欲しかった。でも三人で迎える未来が決して明るいとは思えなかった。
とは言えこんな無茶苦茶許せない。
「俺はあくまで平凡な神殿技士です。でもサナとリュカの為に協力します。……協力させてください。お願いします。……でも、サナとリュカに何かあったら平凡な俺はあっち側につきます。空の人に付いてこっちを叩き潰します」
無理矢理地面に額を押し付けられたと言っても良いと思う。だから二人を見捨てることだけは許さないし許せない。だから宣言した。
命令なしで協力させるならこれくらいかわいいワガママのうちだ。
「いいねぇ。その啖呵。俺の部隊に入れたいところだねぇ。ところで俺達の言葉を疑わないのか?」
「仕方ないでしょう?勅令もってるんでしょ?……なら嘘は言えないでしょ?」
こんな時に冗談めいたスカウトはやめて欲しい。心が揺らぐどころか殺意しか生まないからな?
そもそも、勅令は皇帝の言葉だし、疑うとか疑わないとかそんな話じゃない。
実行者は皇帝の言葉、契約に縛られる。
ジルはまさに今、皇帝の強制力の中に囚われている状態だから、本当に皇帝は言ったのだ。トーマの力はいらないと
でも目の前のジルは自己判断でトーマをまぜてくれた。作戦の成功率をトーマの力で底上げさせてくれるらしい。
ちなみに作戦の勅令はまだ可愛いもんだ。仕事だと割り切れる要素がある。慣れれば心を鈍感にさせることもできる。
だけど、皇帝の命令の多種多様な悪趣味な使い道の多くは胸糞悪い思い出しかない。
例えば、謀反を働いた者に与えられる罰としての命令は、裏切り者を正気のまま縛り付ける。たとえ泣き叫ぼうが強制的にその手で大切な者をあえて惨殺させるなんてよくあることだ。
「良くわかっているなぁ。やっぱりうちに引き抜きたいねぇ」
「目上の方ですからジルでは無理ですね」
「だよなぁ。あぁ、本当にもったいない。だって学生時代のこっち関係の実戦成績もかなり良かったんだろ?」
ついつい前の記憶を辿っただけだ。トーマはリアルで実戦なんかしたこともない。ずっとずっと昔から平和主義者なのだ。
「で、俺が調整するのは?どうせ何百年も眠ってるのを叩き起こしてそのままリュカを乗せて相討ちできればラッキーぐらいのノリなんでしょ?」
「酷い言われ様だな。殺すつもりは無い。勝率を上げてやろうという大人の優しい配慮だ。ちなみにあの小僧に与えるのは『双璧の騎士』だ」
「は?」
「お前には多分この神殿の水の底に眠る『双璧の騎士』を叩き起こして欲しい」
「ここに居るんですか?」
「神殿だからな」
「十数年前から行方不明じゃないんですか?」
学園にいた時に見た資料では数十年前に王族を載せたまま行方不明になったと言われている機体だ。確かにこの年数ならば整備が無くとも行けるだろうが王族に調整が合わせられている機体に初心者が乗れば、多分、人間の方が大型魔法機械騎士に操られる。
これは空の人からの攻撃にかこつけた双璧の騎士の再起動の為の茶番だ。
とんだ鬼畜野郎の言葉にトーマはジルを睨みつけた。
「ジルさんがお乗りになる大型魔法機械騎士は別途用意してありますよね?今どちらに?」
「戦闘が予定より少しばかり早かった為、今、隣の神殿から向かっている所です。あと一時間程で到着かと」
失敗した時、というよりは目覚めた双璧の騎士の荒ぶりをおさめる為に用意されているであろう魔法機械騎士なんかの手出しはさせない。
「お、博士やる気になったか?」
「それ、サナとリュカの前で絶対に呼ばないで下さいね。あなたの大型魔法機械騎士の設定と今までのデータ、飛ばしますよ?」
立ち上がったトーマにジルが楽しそうに気に食わない呼びかけをするので無視しようと思ったが、振り返り、注意する。立ち止まる時間ももどかしい。呼んだらマジでヤってやる。
雨の中で舞うサナもこれから否が応でも大型魔法機械騎士に乗せられるリュカも、トーマが救ってみせる。
神殿の管理をしていた平和な頃と、もう一つ。殺戮兵器を復活させてしまった前世の記憶。前世の記憶を2つ持つ、平凡でモブのトーマが2人を助ける。