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夕日に水面が染まる頃になって、とりあえず頭と胴体はくっついたままリュカは神殿には到着できた様だった。良かった、良かった!
到着しただけで神殿長がお出迎えという時点でお忍びでも何でもないと思うが、貴族とはそんな生き物なんだろうなぁとは、トーマだってちゃんと理解している。なんせ帝都での一年間でトーマは無理矢理貴族にされてしまったんだから仕方ない。人間諦めは必要だ。うん。
普通の貴族の神殿参りに見せかける為とか、なんやかんや言って最低限の人数と伝えられていた護衛さんや侍従さんや侍女さん達。確かに数は少ない。けど、少数精鋭感が半端なくて、噂に聞きしクソ皇帝の二の姫への溺愛が伺い知れる。知りたくないけど。
まぁ、その溺愛も元を正せば道を誤ってでも寵姫にでもしそうな勢いで執着していたのに十数年前に攫われてしまった妹姫の面影があるからというだけの理由らしいからクソ皇帝は本当に変態。人間のクズ。犯罪者。
宿泊地に無事到着した二の姫はこのあと、湯浴みして飯食ったら奉納舞をこの神殿で舞う。三日間、夜に舞うらしい。実際に見るのは今回がはじめてだけど。
その為に、神殿の大まかな道は閉鎖だ。数十年に一度と言われる大規模作業は面倒くさいが明日の夜にはサナとリュカに会う約束をしているから頑張れる。俺偉い。
そもそも皇帝に利益をもたらす神殿は勿論のこと、定期的な世界の修繕は皇帝一族の責務であり必要不可欠だ。えーと、支配階級に課せられた使命?というか、そもそも彼らがこの世界を支配する為に必要不可欠なファクターの一つなんだから、本当はこっちを巻き込まないでやって欲しい。
でも今回はサナとリュカに会えるから許せる。三人揃うの半年振りだもんな。楽しみ。
モニター越しにトーマが二の姫の到着を確認しつつ、神殿のあちらこちらを見てみればニの姫様の付きの騎士達が早速見回りを始めている。そのうちこのモニタールームに気が付いて、儀式中は副責任者位の奴が配置されるだろうな。
面倒くさいなー。とか思っていると人目に付かなそうな場所でグランおじさんがいかにも二の姫にくっついてきたっぽい偉そうな騎士に話かけられていた。
あの騎士の制服って一見トーマ達が着る騎士団風の制服と同じだけど、騎士団の濃紺や濃緋色とは違って……ひょっとして黒?思わず刮目してしまう。
夕方だから細工釦とか見えにくいけど、黒なら聖騎士だよねぇ。そしたら大型魔法機械騎士も来てんの?え?戦争でもする気なの?
冷や汗が背中に流れるのを感じながらトーマは資料に視線を落とすフリをして二人の様子を見続けた。
このファンタジーゲームみたいな世界の特異点の一つ。というかファンタジー要素を著しく揺るがしかねない搭乗式ロボットがこの世界には居る。ある。マジで。エネルギー源は純魔力。そこはファンタジー路線。形はアニメとかでみた二足歩行型に近くて、サイズは乗用車サイズからビルサイズまで様々だ。各領地中央都市には大抵小型〜中型サイズ位なら普通にいるが、大型になると流石に数が少ないし、謀反を疑われないように保有していることを隠している領主も多い。帝都中心部や大都市なんて大型はそもそも飛行許可がおりない。
しかも、小型〜中型サイズなら普通の騎士でも純魔力が使えれば動かせるし、整備だって普通の騎士団付きの技士である程度は対応できるが、大型になると別だ。動かせるのは聖騎士と呼ばれる人間だけで、管理、整備も出来るのは純魔力を持った特別な知識を持っている人間だけ。運用自体が難しい。
なのに黒服の聖騎士がこの神殿にきた。トーマが知る限りこの辺りには中型以下のサイズしか運用中じゃない筈。大型を動かせる聖騎士は要らないよね?いや聖騎士ってだけで普通の騎士さん達よりも滅茶苦茶強いらしいけどさ。
まさか、持ってきてたりするの?え?でも飛んでたりしなかったよね?
今日の警備モニターにもセンサー、レーダー類にも機影でてなかったよね?
手元の資料をトーマは今度は本気で見直した。
(大型魔法機械騎士は来てなさそうなんだけどなぁ)
「なぁ、もし修繕しなかったらこの神殿、どうなると思う?」
内心オロオロ動揺していたトーマの隣でモニターを見ていた先輩がポツリと言った。
あ、この人のこと忘れてた。ごめん先輩。
「確実な方向だと、老朽化して壊れるでしょうね」
「俺は、さ、今の神殿の形を過去の資料というかたちで見ていた世代だったんだ」
「俺の最初より後輩だったんですね」
見落としがないかもう一度資料を見つつ、トーマは至極当たり前の事を答えてしまった。
先輩が振ってくる前世話は前にも聞いた事がある。細かいオプションは増えていたらしいが現行モデルと大差ない神殿だった
「なぁ、お前、前は何で死んだの?」
モニター越し、グランおじさんと話していた茶色の髪に赤い瞳の聖騎士がこちらをちらりと見つめてきた。あ、見つかっちゃった。奴ら他の騎士よりも感が良いからなぁ。
グランおじさんと一言二言交わした後、聖騎士もおじさんも立ち去った。
ここまで遅くてもあと十分で到着かな。
「普通に定年退職した後、普通に孫の面倒みさせられて、普通によくある病気にかかって病院で亡くなりましたよ?」
「へぇ。流石、嘘くさい位に平凡トーマ。まぁいいか。……俺はね……多分、前世の世界の崩壊直前に居たんだ」
「はぁ」
先輩の時代の頃じゃないんですけどね。世界崩壊。
何を思い込んでいるのかな?ちょっと笑いそうになるのを我慢する。
「ここね、みんな異世界転生っていてるけど、異世界じゃないよ。ここは俺達が暮らしていた時代の未来だ」
両肘を机につき昔見たアニメの司令官みたいなポーズをとっている先輩は滑稽だ。
(そんなん、今更気が付いたんですか、先輩?)
「中二病発症ですか、先輩?異世界転生だけでお腹一杯なんでふざけないでくださいよ」
「あぁ、そうだったな……」
ちょっと優しくてかなり残念な先輩は寂しそうに笑うけど、ちがうから。ここ爆笑ポイントだから。
帝都でトーマも含めそれなりに悟ったやつらからしたらこの世界はもっと残忍で病んでるからオレスゲーな中二病を患ってる暇はなかった。
そんな話をしていると扉の外から開けろという声に合わせドンドンと叩く音がする。時計を見ると五分二十秒経過。やっぱ聖騎士様は優秀だ。
鍵を開けにトーマが立ち上がると、ガラス越しに神殿の大きな水面に二つの月が大きく映るのが見えた。虚ろな月の……いや本当の月が満月になるのは明日だ。
◇◇◇
一時間近い舞を唄いながら踊った後、儀式用のひらひらした衣装を着た二の姫がふらふらっと神殿の天端の端にやってきた。
技士所長の後ろに立っている様に言われたトーマは、正直、こんなに至近距離でニの姫に接触するとは思っていなかった。
(手入れされているから髪の艶は負けるがそれ以外はサナの勝ちだな)
ニの姫は夕方、神殿に到着していた時には被っていた布を剥いで珍しく素顔を晒していた。その声にみんな勘違いしているがニの姫はサナより十歳年上だ。
対してサナは華もほころぶ十七歳。家族の欲目を差し引いてもサナはかわいい。性格も最高だ。多分リュカなんてサナ以外は女の子として認識出来ていない。最上級を知ってるからそれ以下は認識出来ないとか可哀相で残念な子だけど、俺じゃないから関係ない。俺もサナが一番だし問題ない。
そんな事を思いつつ面倒くさい事は早く終わって欲しいとお偉い方々のご挨拶に耳を傾ける。大人になって、ちゃんと聞いてるフリは上手くなった。
今日の舞は前夜祭。明日が本祭で明後日が後祭。修繕の効果は既に出始めているだろうが、明日最大限の変化が生じ明後日定着する。
このサイズの建造物の記憶となると歩きながらは修繕出来ないから仕方ない。この世界は仕方ない事ばかりだ。
「あら?あなた……」
「!……はい。……殿下何かございましたでしょうか?」
儀式を手伝う為に呼び出されていた沢山の巫女見習いの中にサナがいた。当然所長に連れ出された時から気が付いていたけど、サナは忙しそうだったから声はかけていない。ちなみにリュカはグランおじさんと一緒に山の方へ見張りに駆り出されていった。お疲れさん。
関係者に労いの飲み物を配っていたはずのサナは、けれど、何故か偉い人達との挨拶が終わり立ち去ろうとしていた二の姫に声をかけられた。若干青ざめたサナの顔に顔に何かやらかしたっけ?と書いてある。
大丈夫。今日の儀式の間はまだ何もしてないと思う。多分。
「あなた、どこかでお会いしたことがございまして?」
コトリとクビを傾げたニの姫の複雑に結われた黒髪がしゃらりと上質な衣装の上を流れる。
「……この町を出た事もない田舎娘でございます」
「それにしては所作が美しいな、娘」
直球でイチャモン付けんな。ゴラーと言い返したサナにトーマは吹き出しそうになる。素っ気ないサナの言葉に護衛騎士が警戒するなと苦笑いしている。まるで野生の生き物を手懐けてるみたいだな。いや、そのままだ。
相手が貴族となればみんなこんな感じ。塩対応。庶民だから言葉はもっと乱れてくるが。出来れは関わりたくない。死にたくない。
しかも黒髪に黒い瞳の貴族なんて、大声で皇帝一族です!って宣言して追っかけてきてるようなもんだから関わりたくない。マジ死にたくない。命大事。
「かつて父がこちらの神殿の神殿技師の所長をしておりましたので、所作だけは厳しく躾けられました」
「ほほう。技師長の娘か。そなたもその瞳ならば前世持ちか?」
「いえ、わたくしに前世の記憶はございません。しかしこの目の色ですので、生まれた町の長と神殿長様からのご配慮により神殿にて巫女見習いの命を申しつかっております」
満面作り笑顔だけど、笑顔だけど口角が引きつってる。やーん、しつこい男は嫌いーー!!というサナの心の声が聞こえてきそうだ。
確かにサナもリュカもトーマの様な前世持ちじゃない。前世の記憶はないけど多分二人はトーマより重いモノを抱えている。
「ふふふっ。不思議ね。あなたを見ているとお父様とお話していた時のトワ叔母様を思い出すわ」
サナのイヤイヤながらもしぶしぶとバレないように笑顔を貼り付けつつもしぶしぶがバレバレな表情を見たニの姫が笑った。
それ、絶対にニの姫の叔母さんっていう人も、マジもんで皇帝との交流を嫌がってたんだと思う。
「本当に、トワ叔母様にそっくり……。お懐かしいわ。とても知的で美しく可憐な方でね。いつもバラ園の手入れを大叔父様としていらっしゃったわ……」
「ええ、絵画の中に住まうかのようなお二人でございました」
しみじみと話すニの姫にのんびりゆったりな侍女が相槌をうつ。そろそろサナの限界近いかな。イライラ感が溢れ出しそうなサナの頬の筋肉にリュカより先にサナの首と体が離れそうな勢いだ。せっかくリュカが頑張って首と体をくっつけたまま来たんだ。サナも頑張れ!
「その大叔父様も叔母様が連れ去られ行方不明になってすぐ、捜索の為、大型魔法機械騎士に乗って出られたまま帰っていらっしゃらなくなったでしょう?わたくし、お二人に育てて頂いていたようなものでしたからしばらく乳母に泣きついていたらしくて。お父様はとても辛かったと仰っていらしたわ。ああ!あなたを見たらお父様、大喜びしそうね!」
長い付き合いの侍女なのか、そんな知りたくもない皇帝一族の、他人は絶対に口にしちゃイケナイ系の思い出話を始めたニの姫に、サナのことをクソ皇帝にだけは話すな!!とトーマは念じる。念じる。念じる。大切な事だから三回念じとく。
ニの姫はそのまま侍女に冷えてきたのでと急かされ部屋へと戻っていった。
立ち去るニの姫に頭を下げたまま石像のように固まってしまったサナが、ニの姫が見えなくなった途端、その場にしゃがみこんだが、その気苦労を思えばだれも咎めるものは居なかった。
◇◇◇
「……しかし、あの娘、本当にトワ様に似ている。あの道案内の少年といい、ここの神殿が引き寄せているのか。それとも……」
「故意に集めている奴が居るとでも?」
お祭り騒ぎが落ち着いて、所長を神殿内の所長室へと送り届ける。三日間は所長もお泊りだ。
そのまま先日事前に打ち合わせていたグランおじさんからサナへの荷物を預かる為に、トーマが待ち合わせ場所に行くと、そこには先客がいた。
先ほど、到着直後にグランおじさんと話していた聖騎士と同一人物だろう。夜に溶け込むような黒い背中が見えた。祭りの最中、モニタールームで警備指揮もとっていた。帝都の聖騎士様々なんて魔法機械騎士が来てなくても、余りお近づきにはなりたくないので思わず衝動的に身を隠してしまった。
どうやら話の内容はニの姫のせいで否応なく目立ってしまったサナの話も出ているようでグランおじさんの声が夜の冷え込みに輪をかけて凍える程に冷たく感じる。
グランおじさんは優しいフリをしているが基本的に割り切った思考の人だ。幼いトーマやリュカを可愛がってくれたのはサナの為だ。クリスが騎士のように育てられたのもサナの為。
トーマは早いうちに仲間と認定されたからもっとエグいところまで知ってる。知りたくなかったけど。子どもに教えるなよって思った。中身の記憶は子どもじゃないけど、感性は一回戻っちゃうんだよ。でもサナの為だと思えばラッキーかなって思えたからいいかな。
「だって、そうだろう?音信不通だった策士のグランが突然田舎町から連絡を寄越し現れた。それだけでも意味を見出そうとするのは当然だ」
「それを言うなら、ただの修復になぜ魔法機械騎士なしのジルが同行してる。しかも直前での殿下の交代劇とは、そちらにこそ警戒もしたくなる」
どうやらおじさんの人相が悪いからと絡まれていたのではなく、グランおじさんの素性を知る者らしい。どっちにしろ厄介だ。二人の死角でトーマは息を殺し続ける。こういう時、平凡な人間は闇に紛れやすいから便利だよね。
「お前に聞いた所で話す気などないのだろう?……しかし、あの少年は、何処まで渡したんだ?何を渡せばあそこまで……」
「何処まで渡したか、か?現世に執着して大切なモノを見ようとしない者にはわからんだろうな」
呆れたような親しげな言葉に続く少しの恐れを含んだジルと呼ばれる聖騎士の疑問にグランおじさんはこの世の全ての理をあざけ笑うような笑みを見せた後、立ち去った。その後、追究を諦めた聖騎士も去っていく。
普段は見せないグランおじさんの生々しく毒々しい笑顔にトーマは形ない不安が過ってしまうが、とりあえずモニタールームへ急いでもどった。グランおじさんも立ち去ってしまったから荷物は明日の昼間に偶然を装い受け取るしかない。
しかしグランおじさんの様子が気になる。トーマの中で何か釦を掛け間違えたかのような違和感が残る。
それを飲み込めないまま、トーマが一晩中監視をしていたその夜、歩き旅より夜の警備の人間関係に疲れたというリュカはまた夢をみたらしい。
サナを背負い、ひたすらに走り続けたリュカは懐かしささえ覚える赤い吊橋にたどり着き、絶望の中、願った。
俺がその夢の話をリュカから聞いたのはあの騒ぎの最中だった。