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 橋を渡り町の端を抜ければここからは川沿いの登り坂が続く。水の上を渡った心地よい風が歩き続けた疲れを癒やす。



 登り坂が続く前に作られた休憩地は天幕が張られ町では祭りの時にだって食べないご馳走が並んでいた。

姫様が寛ぐ天幕の外でクリスとアルがネズミの様に走り回っているのを視界の隅にとらえつつ、水だけを口にしたリュカは、これから向かう神殿の方向を見つめた。


 緑の木々が重なる山並みの向こうに神殿はそびえ立つがこの町から見えない。


 化け物の様な小鳥の姫様を連れて無事神殿にたどり着いたとしても、砂粒のような希望であった純魔法ではリュカの瞳は治せないという絶望しか残らない。

何としてでもサナを救い出すのは当然として、その後まだ自分が生きていたとしたなら、またこのまま希望もなくトーマとサナに迷惑をかけるならこの旅が終わったあとリュカは消えて無くなってもいい。いや消えて無くなりたい。

記憶も経験も自分自身さえも消えてしまえばいいのに。そう自分自身で願うのに、この町で得た家族の思い出は何よりも大切で手放してしまうのはなんだか悲しい自分自身もいる。しかも二人の記憶から自分が消えてしまうのはもっと嫌だと思ってしまった。



「頑張ってるみたいだね。殿下がリュカの事を褒めてたよ〜」


 もう一度水を口にした時、ふらりと現れたアルは普段の町人から浮く小綺麗な服装から更にランクアップした簡易的な貴族の服を着ていた。簡易的にしたのは姫様が旅装束だからだろう。


「馬子にも衣装か?」

「こっちが、本当の姿だよ。似合ってるでしょ?」


 黄緑の髪をなびかせ、くるりと回って細かい刺繍が見事な濃茶の服を見せてくる。

 アルは領地中央から派遣される位の役人だ。多分本当にこちらが本当の姿なんだろう。いつでも誰にでも気さくな態度をとってくれるが、笑顔なのに赤みがかったベージュ色の瞳の奥に感じる瞳鍵の紋章の冷静沈着かつ割り切っている気配で多分貴族なんだろうなと気が付いていた。本人が何も言わないからリュカもスルーしているが。



「アルは力も体力もないが、野良仕事の格好の方が似合ってる」

「手厳しい〜。それってやっぱりご令嬢より野菜の苗の方が魅力的に見えるせいかなぁ」

「苗のどこが魅力的なんだよ?」

「え、ちゃんと茄子には茄子が実るところ?」

「何故に疑問形?俺には良くわかんねーけど、アルが変態なのはわかる」

「やっぱり?」




「おい、ルカ!今は遊んでいる暇はないぞ!!」


笑う二人を遠目に見つけたこれまた簡易的な貴族服を着たクリスが声をかけてくる。多分天幕の中には着飾った町長が必死に対応していることだろう。

アルとクリスは二人とも揃って顔立ちも、所作も美しいのに、更に普段とちがった装いだ。確か、クリスは領主の息子とも親しいというからアルも次期領主のご学友という奴なんだろう。いわゆる見目麗しい二人が並んで先ほどから何かを打ち合わせたり天幕の中に出入りしたり、ひらりと身を翻し的確な指示を周りに出して行くんだから、手伝いに集まっている町の娘達の声にならない心の叫び声が聞こえてきそうだ。



「見つかっちゃった。行ってくるね」



 こちらは休憩中であってズル休みしていた訳ではないが、ひらひらと手を振りながらアルはクリスの元に歩き出した。

が、ニ歩程進んだ所でピタリと足を止め、くるりと周りリュカの所にスタスタと戻ってきて耳打ちした。


「何で帝都の姫様と思われる方が隠密でいらっしゃったのか理由を聞いた?」

「そんなの、ただの道案内人が教えてもらえる訳ないだろ?」

「そうなの?」



 小首を傾げるアルの瞳が嬉しそうにけれど冷たくキラリと光る。

試されているのか、情報を得たいのか。

前々からだが時々、アルは日常会話に試金石を投げ込むから迂闊に距離を縮められないし、逆に広げる事も出来ないでここまできた。



「ま、今は時間もないし、いいや。帰ってきたら話を聞かせてね〜」

「それは難しい相談だ」



話すのも帰って来るのも無理な相談だ。

言いたいことだけ言って再びクリスの元へ戻っていくアルの背を見ながらリュカもう一度水を口にする。冷たい流れが喉を通り体に染みていく。



(ああ、自分自身が消えてしまえばこの水が冷たくて美味しかったことも、アルとの会話で俺が思った事も、クリスに吹っ飛ばされて感じた傷みも消えてしまうのか)



ふと気が付いてしまえば、この町で作られたリュカの記憶も経験も思っていた以上に沢山あった。

散々嫌われてきたが、少なくともサナとトーマが居なくなってからはこの町の好意がリュカを生かしてくれた。


とりあえず瞳鍵の事は後で悩む事にして、サナを助ける前に、町の最後の仕事位、しっかりつとめようとリュカはこれからの道筋を思い描いた。






◇◇◇





 ゆくっりながらもしっかりとした姫様の歩みはなぜかリュカと同じ歩き慣れたものだ。休憩地を発ち、カドの神殿の離宮、小さな水門の宮を渡ると徐々に勾配がきつくなる長い坂道が始まる。いくら歩き慣れていたとしても恐らく唄を囀りながらはかなり辛い道程になってしまうのは想像にかたくない。これからの道の状況をリュカは騎士達に伝えてみたものの、やはり歩きと唄というのはセットの様で、小休憩を増やすしかないという判断が下された。時間はかかってしまうが、到着は急がないという。ならば、勾配のキツさと次に休憩出来る場所を考えつつ歩む速さを調整するしかリュカにはできな無かった。





神殿の直前はかなり急な坂道が続く。

馬や車でもかなりの負荷がかかるのだから小鳥の囀りも時折途切れる。

この先に目的地はある筈なのにくねる山道と濃い緑の木々がずっとその姿を隠すが、それも後少し。

この先にご褒美が待っている。

 


「大きい……」

「これは、絶景だな……」

「なんと……美しい……」

騎士達の息を飲む気配に感嘆のため息が混じり合う。


視野が開けた途端、射し込む日差しと共に右前方に突如として現れる白き雄大な姿は切り開かれた空と視界を二分する圧倒する大きさだ。山々と連なり美しさを誇る大きなカドの神殿が訪問者を静かに見据えてくる。

それを見た者は何度見てもその存在感に打ち震える。

谷を挟んだこちらからこんなに大きく見えるのだ。神殿の上で警備する神殿騎士の姿は蟻の様に小さい。


 オールドテクノロジーで作られたらしい水の神殿がどうやって作られたかのかは今はわからないらしい。大きな山と山の間を隙間なく繋ぎその内に大量の水をたたえる巨大な白灰色の壁は魔法で作られたものでなく、過去の遺物、遺宝だという。

この地にリュカの幼馴染兼家族達が暮らしている。


 地や火などこの世界に息づく他の神々の神殿と同じく人々に水の恵みを与え、人知を越えた水の脅威から人々を守る水の神殿は、強い副魔力を生み出すことの出来る場所でもある。更にもともと水の神殿は神殿のつくり自体も巨大なこともあり、人が潜ることができる深さを越えた水が貯められたその奥底に皇帝の秘宝が隠されているからとも噂される。






「やっとつきましたね!!」



 嬉しそうに囀る化け物の小鳥の声にリュカは少し頭が痛くなる気がした。

みんな陥る事なので仕方ない。

仕方ないが神殿は見えただけで、この距離を縮める為にはまだかなり歩かなければならないと伝えなければならないことをどう伝えるかリュカは言葉を探した。





次はトーマ視点。やっとこ神殿到着。

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