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 町から数刻ほど峠道を登った領地の境界線上。町長代理として挨拶するグランはリュカの知らない人だった。



「三の姫様、お迎えに馳せ参じました。カドの神殿の下流の町シオンの町長代理グラン・リードと申します。これは道案内のリュカ。この辺りの歩きの道には一番通じております。これより殿下の道中、我らが町の道案内させていただきます」



ピシリと立ってから騎士の挨拶を見せたグランはこんな田舎町に居るべき人ではない、まだ現役で帝都に居るべき気配を纏った人間だ。

それは隣で平民の最上級の挨拶をとっていたリュカだけでなく、その場にいた帝都からの旅人達も感じたのだろう。急にこちらへの見下した視線が改善される。




「グラン、リュカ、よろしく頼みますよ。そしてここまで案内してくれたゼノ、カインありがとうございました」



 迎えた集団の中央に護られていた人物が一歩前に歩み出るのに合わせて前の護衛とお付きの人間が警戒は保ったまま左右に避けた。胸元まで覆う長いベールを被った、華奢なレースに飾られた旅装束を身に纏った二の姫が自分達に直接語りかけてきた事にリュカは驚いた。

 高貴な人間は普通、下々の者に直接話しかけたりはしないものだと教わってきたし、リュカが今まで見たことのある貴族はどんなに下の階級でもみんなそうだった。

 姫様の言葉に合わせて一団からスルリと離れた、恐らくゼノとカインと呼ばれた二人の青年がふんわりと腕を上げ膝を折り、品の良い文官の挨拶で姫様のお声掛けに詩的な表現で答え、去っていく。

隣の領地の道案内人だったのだろう。去っていく時、色素の薄い色彩しか持たないリュカを珍しく思ったのかちらりと二度見していった。


「姫様、直接お話になるなんて!!」


二人が去った後、少し歳を重ねた感のある侍女と思われる女性の咎める響きのこもる声にクスクスと小鳥の囀りは笑う。

二の姫様はかなりフレンドリーな人らしいとわかり、リュカは心の中で第一関門クリアを喜んだ。


「おい、お前、グランといったか?殿下はニの姫様だ。間違えるでない!」


そう思って一団を見れば今度は先ほどの侍女とは反対側に立つ紺色の騎士服を纏った若い騎士が声を荒げてきた。


「おお!!ニの姫様でいらっしゃいましたか!?誠に申し訳ございません。伝達の誤りがあったようで三の姫様とお伺いしておりました。殿下、どうそお許しください」


さも、町長の話は違ったよな?と確認を取るかのよう、ちらりとリュカに視線を流した後、グランは膝をついて長い詫びの言葉を連ねる。リュカの話の確認をしただけの目配せなのに意味深にさせるなんて食えぬジジイだ。



「急な変更でしたものね。私は気にしません。私は現皇帝陛下のニの姫、ローゼです。三の姫である妹ユーノは今回参りません。不吉な夢見をしたとのことで、私が代理で参りました」


 小鳥の囀りが軋みを生みかけていた場を優しく和ませる。いや、これは騒ぐなと命じている。流石、皇帝一族だ。支配者たる貫禄が柔らかさの中に滲みでる。


「驚かせましたね」


続く姫様の言葉に「そんな殿下がおっしゃることでは……」と侍従や侍女達がざわめくが「とんでもない。勿体ないお言葉でございます」とグランが頭を下げ「この旅の間だけは……」と言い置いて美しい騎士の誓いの礼を取ればそのざわめきもあっという間に落ち着いた。


なるほど、確かにこれは事前にリュカに自分の素性を話しておきたくなる訳だ。しかし、この食えなさが、息子のクリスに引き継がれていないのは残念だ。あれは真面目で馬鹿正直過ぎる。




「ふふふっ。少しだけなんて勿体ないくらいに素敵な騎士様ね。さぁ、ここからまだまだ道は続くのですよね?歩きだしましょう」


 ふんわりと風にのる花びらのように歩き出した姫様に、道案内人のリュカは慌てて姫様から少し離れた案内をするには適切な場所を陣取った。



「ああ、その前に……」



嬉しそうに歩き出した筈の姫様が突然立ち止まった。何事かと振り返ったリュカに手招きをする。慌てて近づいたリュカに姫様はベールに隠れて見えぬ頭をコトリと傾げてリュカに向かって話しだした。


「リュカと言いましたか?そこのグランは知って居そうでなので問題ないのですが、あなたには大切な事なので話しておきます」


ニッコリという形容詞が聞こえてきそうな話し方だ。


「先ほどの領地の道案内人にもお話させて頂きましたが、見ての通り私の旅は車や馬は使いません。普通の貴族の旅とは目的が異なります。このお仕事の後も大地に両足をついて空を見上げたければこの旅の最中に見たことは決して人には話さぬように」


「はい。仰せのままに」


 笑顔で明らかに脅してきた姫様の図太さに、これなら平民であっても直接話しかけてくる筈だとリュカは納得した。

この姫様は自分の周りの状況が全て分かっている上で一番効果的な行動を取っている。高貴な姫様の直接のお言葉に逆らえる人間はそうそういない。お礼を言われれば感激して更に姫様に傾倒する。



 恐ろしい人だと心に書き留めて、仕切り直して歩き出すと、野鳥が囀るように美しい歌声で聞き取れぬけれど聞き覚えがあるような気もする不思議な歌を歌いながら紺色の騎士服を纏った男に片手を預けた姫様は一歩一歩、歩みを進めた。



 変な歩き方だと思いつつも、リュカはしばらくは道案内人として周囲に気を配りつつ、歩いた。しかしグランが「ほう」と感嘆の息を吐き出した時になって、リュカはやっと周りの変化に気がついた。

 姫が一歩前に進むたびに先ほど登って来たときには少し傷みが目立っていた舗装が新品のようになっていくのだ。

崩れかけていた斜面の擁壁が数年前の大雨の前の姿をあらわしていく。


「すげぇ……。全てが元通りに直っていく」

「よく見ておけ。これが純魔法だ」


無意識に口に出た言葉にリュカの隣で全体のペースを確認していたグランが耳打ちをした。これが殿下の旅の目的だ、と。


「これが純魔法……」


 魔法使いしか使えないという純魔法を目の当たりにしたのは田舎育ちのリュカにとって初めての事だった。

(やっぱり純魔法なら治せる!!)


思わず期待に満ちた視線を姫様に向けてしまった自分に気が付き視線を逸らすが、姫様にはバレバレの様でベールがふわりとリュカの方を向いた。



「直っているのではありません。この場所に残る土地や物、植物の記憶を使って時間を巻き戻しているのです」



優しく教える口調だったのに、姫様の最後の一言にリュカは一気に目の前が真っ暗になった気がした。




「残酷な事です。対象物の全ての記憶と経験を糧に用いて、それらをなかった事にしているのですから。呪いにも等しいわ……。だから呪文も逆さ唄なのです」


 遠くで姫様の悲しそうな声と唄が木霊する。


(残酷だ。頼みの綱だった純魔法でも俺の瞳は治せない。記憶も経験も失っていた俺には差し出す糧も巻き戻せる過去もない……。これを呪いと言わず何と言おう)


「私達一族は呪われた一族なのです」


(やはり俺は呪われた子どもだったんだ……) 





 心に黒い染みがひろがっていく中、リュカは無理矢理でも意識を周囲に飛ばし前に歩みを進めた。


(大丈夫。まだ大丈夫)


町外れの東屋の休憩地までの下り道をリュカは黙々と道案内人としての使命のみを全うした。




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