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 神殿は広い。

とぉーっても広い。

どれだけ広いかというと、その敷地内に私が育った小さな町が幾つも入る位には広い。敷地を神殿騎士が見回る時、歩きじゃなくて馬や車、そして、ここに来て初めての見たけど小型機械騎士を使う位には広い。神殿参りのお貴族様がお付きの方々も引き連れて沢山の船を浮かべ船遊びを楽しんでも全然余裕がある位には広い。


 サナが今暮らすのはカドの神殿と呼ばれる水の神殿で、サナは親の七光りで巫女見習いとして半年前に召し上げてもらった。

巫女見習いとは対外的な綺麗な表現で実際は神殿内の家事雑用に毎日走り回っている。

住まう人の数は敷地の広さから見ると多分少ない。神殿長以外はサナにはわからない役職が付いた偉い人達数人と神殿技師さん達、帝都の騎士団から単身赴任で派遣された神殿騎士さん達、あとは神官、巫女、神官見習い、巫女見習い。

周辺に寮や賃貸物件、戸建て物件もあるから通いも住み込みもいる。ちなみに巫女見習いのサナは選択の余地なく住み込みだ。


ちなみにサナには神殿の下の町に半年前まで暮らしていた家があるが、通える距離ではないので家賃なしの住み込みにさせてもらえて良かった。残してきた家族は心配だけど。




 今日は天気も良く風も穏やかで、サナは沢山の来賓室のカーテンとシーツを洗って干した。

シーツのシワ伸ばしは終わったので後はカーテンを取り付けなければならない。

そろそろ夕食の準備が始まる。

今夜のメインは煮込み料理で下拵えは昼食の片付けの後にしてあるから少し余裕はあるけれど手間の掛かる作業だから急ぎたい。


人気のない来客用の部屋。作業しやすいようにもう一度髪を結い直すと一房さらりとサナの手から逃げ出した。ふと射し込む夕日に黒い瞳を細め、照らされた傷んだ毛先を見ると紅茶色の髪が黒く変色してみえる。



トーマには前世の記憶があった。

リュカには記憶が全くなかった。


「そろそろグランおじさんに染め粉を送って貰わないとだなー」

サナにも生まれながらの秘密があった。



大した事はない。

みんな何かあるもんだ。

気にしなければ普通に暮らせる。

願わくば神殿で頑張って働いてお金を貯めたら、下の町の家に帰りたい。

トーマも定年退職というのをしたら下の町の家に帰るという。

そしたらまた三人で暮らせる。

サナは結婚できないが、トーマとリュカがそれぞれ家族を増やしていれば更にいい。それはそれは賑やかだろう。

三人幸せに暮らしました。めでたしめでたしだ。


 朱色に染まる部屋に田舎町では滅多に見かけない高級なカーテンをかけていると廊下を歩く足音が聞こえる。今夜、貴族様のお泊りは無いはずだから他の巫女見習いか神官見習いがサナを呼びにきたのだろうか?




「あ、ここにいた……サナ!」


振り返った扉の向こう、ヒョコリと顔を出したのはサナと同じ黒い瞳に短い濃紺の髪が艶やかなサナの幼馴染兼家族、トーマだ。顔はかなりイケメンの部類らしく、性格は穏やか、女性に優しいと同僚の女の子達の憧れらしい。らしが、サナからしたら……えー?!どこがいいの?腹黒って顔に出ないんだねー。っていう典型だ。




「あっ!トーマ、久しぶり〜!元気だった?」

「うん、元気だったよ。今、心の中で久しぶりに会ったにも関わらず俺に悪態ついてたサナは元気だった?」

「私も元気!悪態ついてない。元気。今日はお天気も良かったから貴賓室のカーテンをお洗濯しちゃった」

「そっか、顔に全部丸見えだけど許してあげる。しかしさすが、サナ。野生の感?良いタイミングの洗濯だね」


ニコニコとサナの話を聞いているトーマがうんうんと頷いている。これって……。


「……?お客様が来る予定がある、とか?」

「今度リュカが神殿に来るらしいよ」




思いもしなかった名前に一瞬頭から色んな事が消えた。



「げっ?!アイツ遂に追放された?!!」



反射反応でそれしかないと心配して聞けばトーマはケラケラと笑いだした。


「神殿参りの貴族様の道案内人だって。俺も最初同じ事、おもったけどさー」

「なら、体のいい厄介払い?!」

「酷っ!!……あ、でもリュカ……ごめん、俺も同じ酷い事言ってた……」

「トーマも同じ事、考えてたんじゃない」



 トーマが笑っているからリュカの身は大丈夫なんだろう。

神殿技師は下っ端の神官達より身分が上だ。貴族社会の流れをくむ神殿は神の御前とはいえ、身分の上下関係は勿論ある。前世持ちの神殿技師達は気にしないでいるみたいだけど、本来巫女見習いのサナはトーマとこんな風に話すことは許されない。多分サナの知らない所で身分が高く権力を持つトーマはトーマなりにリュカを守る為に動いてくれている。




「でも貴族様の来客なら私、下働きが忙しいから会えないかなぁ」


久しぶりのもう一人の幼馴染兼家族の来訪に心躍るが仕事を考えれば面会は厳しいだろう。もう半年も怯えた仔猫のようなリュカの悪態を聞いていない。ちゃんと食べているのか。ちゃんと眠っているのか。



「数日泊まりらしいから夜にはゆっくり会えると思うよ?」

「うっそ!リュカってば大役じゃない!!」


神殿参りの連泊は普通の一泊の宿泊と違って神殿への寄付金の桁が変わると聞いた事がある。そんな多額の寄付ができる大貴族の道案内は給金も弾まれる筈だ。

瞳鍵が使えない為に、町を出ることもできず、かといって農作業も手伝いしか出来ないリュカにとっては非常に大きな収入になるだろう。



「俺、その日、夜勤で次の日が夜勤明けからの翌日休みだから夜にみんなで会おうよ」

「けっ!休日があるとは神殿技師様め!!」


基本休みなんて月に二日しかない巫女見習いの僻みだ。が、気にするな。……と言えば良かった……。


「今の文化と上手く折り合いがつかなくて壊れるヤツ多いけど、使えない事もない前世の記憶いる?サナなら喜んであげるよ?俺なんて他業種からの転生で基礎教養詰め込みだけでも死にそうなんだけど?」


さらりと言われた怖いお言葉に身が凍る。

トーマは綺麗な笑顔で怖い事を言って実行する。子どもの頃、リュカをイジメた町の子どもが目に見えぬその報復にどんな目にあっていたかを思い出すだけで震えが出そうだ。


「いりません。遠慮します。精神衛生、一番大事!!」

「そんなに怯えなくてもサナは家族だから俺は優しいよ?」

「家族だから一番怖いんじゃない!!」


内容はともかく、キャーキャー騒ぐのも懐かしくて楽しい。もう戻ってこない四人で暮らしていた日々を彷彿とさせる。

あの頃はリュカもよく笑っていたっけ。







それじゃ、仕事があるからと笑ってトーマと別れ調理場に向かう。

神殿はどこまでも広く、貴族向けの宿泊棟の長い廊下をすれ違う人はいない。

もう少しでここにリュカがやってくる。



 サナは多分本当にトーマの記憶を貰う事が出来ると思う。……多分。

亡くなった母様がサナが小さい頃に教えてくれた。

記憶のやり取りが上手くできれば、サナはリュカに瞳鍵を与えることも出来るかもしれないと思っている。それを密かに願ってサナは神殿にやってきた。





 サナの母様は帝都のさる高貴な身分の貴族だったらしい。サナの父様は既に身重だった母様を引きとり、母様が亡くなった後は幼いサナと更にサナが拾ってきた子どもを二人を育てた。トーマやリュカだけでなくサナにとっても父様は本当は養父だったらしい。

 そんなサナの母様と父様の話を教えられたのは神殿に召し上げられ町を旅立った日の朝。父親の親友だと思っていた人に告げられた。『私は今でも、サナンジェ様の母君、エトワール様の護衛騎士です』と。

多分グランおじさんはサナの本当の父様が誰なのかなんとなく分かっているんだろと思う。けれど、面会に来てくれる度にたずねても決してその人の名前は口にしない。

でも、神殿に入って貴族を知って、サナはなんとなくわかってしまった。おじさんがあのタイミングで話た理由も。


だって濃く継いでしまった皇帝一族の血がサナに黒髪と黒い瞳を与えていたから。

決して誰にも見られてはいけないサナの秘密だ。



中央棟に近づくと賑やかかな声が響き聞こえる。

人が生きる気配は煩雑だけど、輝いている。

とりあえずみんなの為にご飯をつくろう。

ここは色んな人が集まって暮らしている。

ここならリュカももう少し自由にいきられるのに瞳鍵を持たないリュカは一人で町を出ることも出来ないでいる。


そして、サナもリュカを治せるかもしれない力、幼い頃に亡くなった母様が使えれば未来が変わると残した形見の記憶玉をまだ上手く使えない。





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