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ティーガーⅡは、地獄から生還してきた兵士みたいに両腕をもたげる格好となった。
しかし当人がそれを苦と思っている様子はない。
それどころか、既に腕の穴はふさがりつつあった。まあ、ティーガーⅡそのものについては、特に心配することはないだろう。
それより、小早川一等兵が撃った弾、それが色々な意味で何なのか、気になる。
「AÄ(對アイギス)彈か」
「はい。そうっすよ」
「持っていたのか」
これまでアインザッツグルッペンは、たとえ部隊が全滅の危機に瀕しようとも、通常弾しか使ってこなかった。
だが、AÄ彈を保有しているには保有しているらしい。
「はい。もっとも、数は全然ありませんが」
「節約だとでも?」
「そう言うことです」
「色々と、節約してる場合じゃなかった気がするが」
出会ってすぐの戦闘では、どう考えてもティーガーⅡが助けなければ殲滅されていた。
そこで節約なんて考えるものだろうか。
「まあ、僕は理由は知りませんが、氷室中佐は少なくとも、まだその時じゃないって思ったんすよ」
「はあ……」
確かに、こいつに問いただしたところで無意味だ。それを決めたのは氷室中佐なのだから。
「まあ、これはそんな重要じゃなくて、問題はこの弾の効き目っすよ」
「効き目?」
何のことかと聞こうとしたが、それを待たずに小早川一等兵はのさのさと歩き始めた。
そしてティーガーⅡの目の前まで来て、怪訝そうな彼女は横目に、その撃ち抜かれた肘をまじまじと観察する。
「なるほど…… やはり……」
こう言う時はやけに頭がよさそうに見える。
「ただ銃弾が貫いただけだ。何が面白いのだ?」
ティーガーⅡは尋ねる。確かに、これはそれ以上の何物でもない。
「面白いっすよ。いやあ、まさか、アイギス製のAÄ彈を持ってる人に会えるとは」
「っ、お前は……」
当たりだ。正解だ。
それは今のところ誰にも話していないこと。だが、バレた。
そして、それを隠すにはもう遅い。
「へえ。本当なんすか」
「どうして分かった?」
「傷口の形っすね。東條さんの銃の傷は綺麗に穴が空いてますが、僕のは荒く汚い穴だ。見れば分かりますよ」
「なるほど……」
完敗だ。
加えてこの事実は知られたら非常に不味い。
普通に考えたらアイギスの内通者か何かだと疑われても仕方がないし、と言うか、考えようによっては俺は実際に内通者だ。
「ライ、不都合ならばこいつを殺しておこうか?」
「は? いやいやいや、それは止めておけ」
その提案は、一瞬だけ甘い果実に見えたが、やはり受け入れられない。
少し考えれば分かることだ。小早川一等兵が変死となれば、疑われるのはまず間違いなく俺達である。
つまるところ、何とかして小早川一等兵にこのことを黙ってもらうしかないのだ。
「小早川一等兵、お前は何がしたいんだ?」
「僕っすか? まあ、そっすね…… その銃の弾倉を一個、勿論弾は満杯で、下さい」
「分かった……」
そのくらいなら安いもの。残り十個程の弾倉の一つを手渡した。
「他にはないのか?」
「まあ、特には。別にあなた達を脅そうとかはしませんよ」
「信用ならんが」
そもそも最初にこいつと初めて会った時、思いっきり貶めようとしてきたではないか。
「面白いんすよ。研究対象として。こんな面白いものを、僕が手放す訳がありません」
「まあ、ならいいが」
これだけでいいと言うのなら、こちらから言うことは何もない。
「ん? 通信か」
3人の通信機が(一人はそれ自身がそもそも通信機だが)同時に反応した。
何かと気になり即座に通信を受ける。
「お前ら! 俺を何だと思ってるんだ!?」
いきなり飛んできたのは氷室中佐の怒声だった。
「どうして誰も迎えに来ねえんだ? 普通は救援に部隊くらいだすよな? 吉川大尉辺りは何にもしなかったのか?」
「やっぱり助けに行くのが正解だったじゃないか……」
思わず心の声が漏れた。
吉川大尉もティーガーⅡも格好つけたことを言っていたが、結局のところ本人としては普通に助けに来て欲しかったのだと。
しかし、あんな状況から普通に生還してくる生存能力には感服だ。
「誰か! さっさと迎えに来い! 場所は送る!」
とは言いつつ、大分近くにいた。
「ここまで来ればそのまま歩けばいいと思うんだが」
ティーガーⅡは言った。
確かにその通りである。そのくらいの距離に氷室中佐はいる。
「ああ、それは、この場所がそもそも吉川大尉が勝手に決めた集合場所だからっすね」
「何だって?」
「まあ、中佐が大体の場所は決めたんですが、細かいところは吉川大尉が全部。それで、どこか分からないから、助けを求めてきたんでしょうね」
小早川一等兵は薄ら笑いを浮かべた。本当に、自分の上官のことを何だと思っているのだろうか。
その後、ぶつぶつと文句を言いながら、氷室中佐は無事に戻ってきた。




