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「助けに行きたいのか?」
ティーガーⅡは言った。
「ああ」
無論だと応える。ついでに、この中で最も有力な戦力であるティーガーⅡとパンターにもついてきて欲しいと。
「その必要はないだろう」
「何故だ?」
「奴はこの程度で死ぬ奴ではあるまい。それに、さっさと逃げろと命じられたのだから、それに従うべきだ」
「しかしな、流石に状況が状況だろ」
軍人は状況の変化に応じて適切な行動を取るべきだ。一度出された命令に拘泥するのは愚者の行いである。
などと説得するも、ティーガーⅡが意見を変えようとすることはなかった。
そんなに氷室中佐が嫌いなのか。
「だったら他の隊員に聞いてみるか?」
「ああ。そうだな」
思わず苛ついた口調になってしまった。
しかしティーガーⅡの提案は理に適っている。
その通りに先行の装甲車に連絡してみることとした。
「ティーガーⅡさんの言う通りにすべきかと、思いますがね」
吉川大尉は俺の予想とは正反対のことを言ってきた。
「あんたは中佐の部下じゃないのか?」
「ええ、部下です。ですから、中佐殿を信頼している訳ですよ」
「信頼?」
「ええ。中佐殿は砲弾の一発くらいで死ぬお人ではありませんし、中佐殿が命じられたことならば、それに従うのが最善であると、私どもは信じておりますからな」
「はあ……」
ティーガーⅡと殆ど同じことを言うのは驚きだ。
どうしてそこまで人を信じ運命を委ねられるのか。俺にはどうも理解出来ない。
しかし、ここまで四面楚歌の状況となると、流石の俺も折れざるを得ない。
「分かった。このまま進む」
「それが宜しいでしょうな」
吉川大尉は軽快な笑い声を上げた。
車輪を回せば、やがて集合場所に着いた。
場所は丘か山か微妙な高台の陰であった。
確かにここなら、高台の天辺から遠くまで見渡せるし、相当に近寄らないと砲撃を食らわすことは出来ない。
まあ反対側から敵が来たらどうしようもないが、仮の隠れ場所としてなら悪くはない。
「ここで暫く待つとしましょうか」
吉川大尉は言った。
「そうしよう」
一体どういう感じで氷室中佐が来るのかは知らんが、皆がそうすると言うので、素直に待つこととした。
「ところで、東條さん、その銃を見せてもらえます?」
小早川一等兵が幽霊のように話しかけてきた。何がところで何なのか分からんが。
しかし、「その銃」とは十中八九、九九式狙擊銃のことだ。RP-52や双発小銃ではないだろう。
だが九九式は人に見せたくない。
「それは……」
「何か問題でも?」
「いや、そんなことはないが……」
「じゃあ何で躊躇うんすか?」
「それはな……」
手詰まりだ。うまい言い訳が全く思い付かん。
傍目にはこの銃はただの古銃で、見せるのを躊躇うべき理由などないのだ。
「まさか、アイギスから貰ったものとか?」
小早川一等兵の目が鋭くなった。
俺の方が気圧されるくらいの気迫を持っている。いや、俺が動揺しているだけかもしれん。
「ま、まさかそんな……」
「図星っすね」
「……」
「黙っててあげますから、見せてもらえます?」
「面倒な……」
この男、俺がこの人生で出会った人間の中でも一等危険だ。こんなろくでもない奴に無駄な知性を授けた奴は一体誰だ。
しかし、俺に拒否権はなく、九九式狙擊銃を渡さざるを得なかった。
氷室中佐は物珍しそうに隅から隅まで観察する。その様子は新しいおもちゃを貰ったばかりの子供のようであった。
「撃ってみてもいいっすか?」
「どうせ拒否権はないんだ」
「じゃあ遠慮なく。ティーガーⅡさーん、ちょっと来てもらえますか?」
「何がしたいんだ?」
「まあまあ。それはお楽しみっすよ」
ティーガーⅡはすぐに来た。そんなに大きい声でもなかったのだが、地獄耳の機能でもあるのだろうか。
「何の用だ?」
「ちょっと的になってくれません?」
「は? お前は……」
反射的に殴りかかろうとしたが、しかし、ティーガーⅡに制止された。
「構わん。この体は附属品に過ぎないからな」
「ありがとうございます。じゃ、まずは左腕を伸ばしてくれます?」
「こ、こうか?」
ティーガーⅡは腕を真横に伸ばした。
すると小早川一等兵は躊躇なく九九式狙擊銃を構え、その肘を撃ち抜いた。
すると当然、左の肘から先は力なくぶら下がる格好となった。
しかしティーガーⅡにそれを嫌がる様子は微塵も見られなかった。
「じゃあ、次は右も同じように」
「うむ。分かった」
左腕は気にも留めず、ティーガーⅡは右腕を伸ばした。
そして小早川一等兵は、今度は違う銃を構えた。アインザッツグルッペンがいつも使っている銃である。
発砲すると、今度の弾丸は全く効かず、砕けた破片が砂粒のように地に落ちた。
「そりゃ、そうなるだろう」
アイギスに通常の鉛弾は効かない。そんなことは誰でも知っている常識だ。
「まあまあ。ただの対照実験すよ。本命はこっち」
そう言うと、小早川一等兵は弾倉を別のものに切り替えた。
「もう一発撃ちますね」
「ああ。撃つがいい」
同じ銃から同じ条件での銃撃。
しかし今度の弾丸は、ティーガーⅡの肘を貫いた。




