1-8-2
僅かにずれて、砲撃の音が2つ。その威力は絶大で、戦車の装甲などいとも簡単に突き破れる、筈であった。
「何だと……」
「ぴんぴんしてやがる、な」
マウスは平然と佇んでいた。少々塗装が剥げているのが見えるが、それ以上の損害は確認出来ない。
「もう一発だ! パンター!」
「う、うん!」
別の場所から射線を確保し、またもう一撃を食らわした。
しかしマウスには何の意味もないようであった。どんな敵も粉砕してきたこの主砲が、全くの無意味であったのだ。
それどころか、砲塔がゆっくり回り、ティーガーⅡへ狙いを定めようとしている。
「クソッ! パンター! 撤退だ!」
ティーガーⅡは叫んだ。
作戦は失敗だ。正攻法では、奴に勝てない。
「う、うん! 分かった!」
マウスを中心とした円を描くように全速力で走る。
至近距離を砲弾がかすめるだけで、重厚な装甲に覆われた車内にまで衝撃が走った。
幸いにして速度は出ないらしく、逃げること自体は容易であった。
「私の主砲が効かないだと……」
「ティーガーⅡ……」
ティーガーⅡには相当なショックだったようだ。
いつもみたいに詭弁でも言い返してやるような気概は、最早失われている。
「お前ら、生きてるか?」
氷室中佐からの着信。
「ああ。生きてる」
「その様子だと、上手くいってはいねえようだな」
「ああ。その通りだ」
氷室中佐にさっきの出来事の一部始終を説明した。
その間にティーガーⅡがますます落ち込んでしまったが、事実を伏せる訳にはいかなかった。
「なるほど…… お前らミュトスでもダメとなると、どうしようもねえな」
「すまない…… 私の力が及ばぬばかりに……」
ティーガーⅡは消え入りそうな声で、懸命に謝った。
しかし氷室中佐は、寧ろそれに気分を害されたようである。
「チッ。お前が謝っても何にもならねえよ。その時間をもっとマトモなことに使え」
「し、しかし、主砲が効かねば、何も、出来ない……」
「バカが。破壊するだけが勝つ方法じゃねえだろ。ちっとは頭を使え」
「わ、分かった」
ティーガーⅡが氷室中佐に説教されている。こんな光景を目にすることになろうとは夢にも思わなかった。
しかし、少しは彼女も元気を取り戻したようだ。中佐には後で感謝を伝えておこう。
「それで、だが、取り敢えず現状で勝ち目がないのは明らかだ。よって俺達はこれから撤退する」
ここからが本題か。
「それで、どう撤退するんだ?」
「もう走り出す準備は整っている。お前らが合流したらそのまま逃げる。集合場所と経路は今から送る」
「了解だ」
すぐに経路のデータが送られてきて、ティーガーⅡはそれに沿って走り出した。
「用件は以上か?」
「ああ。また生きて会ってから話そう」
「分かっ…… 何だ?」
その時、氷室中佐の声の後ろから、酷く大きく割れた音が聞こえてきた。
爆音のように聞こえたが……
「おい、中佐?」
生存確認に名を呼んだが、応答はなかった。
「氷室中佐! 何とか言え!」
「応えないか」
「あ、ああ……」
通信機からは時折物音が聞こえるだけで、氷室中佐が出る気配は全くない。
機械の不調と言う訳でもない以上、向こうで何かがあったと考えるのが妥当だろう。
非常に嫌な予感がする。
「ティーガーⅡ、氷室中佐の居場所は分かるよな?」
「無論だ」
「急いでくれ。出来るだけ早く……」
「最初からそうしている」
そうして辿り着いた先では、アインザッツグルッペンの隊員がせわしなく走り回っていた。
次に目についたのは、ひっくり返った装甲車と、その横にあるクレーターだ。
「あれは……」
「マウスの砲撃だろうな」
マウスは相当後ろにいた筈だが、それ程までに奴の射程は長いと言うのか。
「お前ら! 戻ってきたか」
「ああ。この通り、無事だ」
氷室中佐は元気そうであった。
恐らくは、俺達と会話などしている場合ではなくなったから、通信を投げ出したのだろう。
「分かるだろうが、ここは安全じゃねえ。お前らはとっとと撤退してくれ」
「い、いいのか?」
この状況を放置して逃げると言うのは。
「ああ。他の奴らはもう離れている。俺達も生きてる兵士を回収したら、すぐ逃げる。だから行け」
「分かった。死ぬなよ」
確かに、他の装甲車は既に見えない。砲撃で一網打尽にされる危険を回避する為にも、これが正解だろう。
氷室中佐に指定された通りに進むと、アインザッツグルッペンの車列があった。
パンターは既にその中に入っていた。先を越されていたようだ。
「っ! またか!」
空気を切る音と、地面を砕く爆音。砲撃の音が再び響いた。
聞こえた方角は、ちょうど氷室中佐のいた方向だ。
「ティーガーⅡ、今のは!?」
「ああ。氷室がさっきいたところを直撃だ」
「不味いよな……」
氷室中佐が死んでは色々と困る。
それに、喪うには惜しい人間だ。俺達だけが逃げてはいられない。




