1-7-10
「さて、飯の時間だ」
ここは市街地で、かつ人間は全くいない空っぽな街だ。つまるところ、建物が使い放題である。
と言う訳で、今日の夕食は屋内と言う比較的マシな環境で取ることが出来る。
「ねえねえ、これって食べる必要あるの?」
パンターが茶碗を片手に尋ねてくる。
「必要は、ないだろうが……」
確かに、アイギスにとって食事などは必要ない。
しかし、アイギスとてちゃんと味覚があって、食事を楽しめることは知っている。
「まあ、せっかくあるんだし、食べたらどうだ?」
「うん。そうだね」
と言うとパンターは茶碗に手を突っ込もうとした。
あわてて制止する。
「箸を使え」
「箸?」
「これのことだ」
どうもパンターの頭の中にある知識はティーガーⅡに劣っているらしい。
取り敢えず箸の扱い方を説明してやった訳だが、するとティーガーⅡがここぞとばかりに首を突っ込んできた。
「お前、箸の使い方も知らんのか?」
「うう、し、知らないんだから知らないんだよ!」
「姉のくせに?」
「うう……」
ティーガーⅡはこれみよがしに嘲るような笑みを浮かべ、対してパンターは、さっき自分がやったことのくせに、泣きそうになる。
と言うか、若干目が潤んできている。
ミュトスは涙すら流すのか。
「まあまあ、今はちゃんと使えている訳だし。な?」
「う、うん……」
パンターはもう器用に箸を動かしている。
しかし、これでは逆にパンターを馬鹿にしてはいないだろうか。まあ本人に気付かれていないのならいいか。
「で、これを使って食べるんだ」
「ほー、なるほど……」
パンターは早速米を掴む。一見何でもないことと思えるが、彼女には新鮮なことのようであった。
彼女は他のことに興味が向くとその他のことを忘れ去ってしまう性質のようだ。
もう目に浮かんだ涙はすっかり引いている。
そして米を口に入れた。
するとパンターの顔がすぐに紅潮していく。
「美味しい…… 美味しいよ、これ」
「だろ?」
「うん!」
まったく、体がデカい割には中身は正真正銘の子供だ。ティーガーⅡよりも遥かに子供っぽい。
まあ喜んでくれたようで何より。これで少しは人間に好感を持ってくれただろうか。
「ティーガーⅡさん、こちら、ずんだ餅です」
「おお、ありがとう」
アインザッツグルッペンの兵士が、まるで給仕のようにティーガーⅡにそれを差し出した。
ずんだ餅なら知っている。餅の上に枝豆とか砂糖とかを混ぜた奴をのせた奴である。
ティーガーⅡはそれを頬張ってじっくり味わう。
「ええと、何で妹だけがあんなのもらえてるの? 私の分は?」
「ああ、あれはな、ティーガーⅡがこいつらに味方する条件として要求したものだ」
「え? 私、条件とかつけれた覚えないんだけど」
確かに、ティーガーⅡには見返りがあってパンターには見返りがないと言うのはおかしな話に思える。
しかし、パンターが味方についた経緯を思い出せばすぐに疑問も晴れる。
「そりゃ、お前が勝負に勝ったら味方するって言ったからじゃないか」
「それって、条件なの?」
「条件だろう」
勝ったら、と言うのはどう考えても条件だ。そして氷室中佐はこの条件を満たしてパンターを引き入れた。これもまた契約の一形態と言えるだろう。
「えー、私も何か言っとけばよかったー」
「残念だったな」
これはどうしようもないだろう。
既に契約は結ばれている。今更内容の変更をするのは公平ではない。
「まあ、これも十分美味しいんだけどさ……」
ぶつぶつと文句をいいながらも、パンターは出された食事を完食した。
そうして、夜になる。
今夜は戦勝祝いとのことで(その本人の前でそれをやるかとは思うが)、ちゃんと屋内で休もうと言うことになった。
そこら辺の民家を適当に徴発して使うこととしたのだが、そこで問題が一つ。
「別に、私はいつも通り自分の戦車の中で寝るけど」
パンターはどこで寝るべきかと言う問題である。因みにティーガーⅡは俺と一緒だ。
「戦車の中など寝る場所ではない。ゆったりと休むのはよいものだぞ」
「えー、そう?」
ティーガーⅡは戦車の中で寝るのには断固として反対のようである。
「じゃあ、せっかくだし氷室中佐と一緒に寝たらどうだ?」
面白半分に言ってみる。
「いやー、それはちょっと……」
「ああ…… いや、拒否する。大体、馬鹿共の中にそいつを放り込んだらロクなことにならねえか、部屋を分けてるんじゃねえか」
二人ともまんざらでもなさそうだが、そもそも俺とティーガーⅡが隔離されてるのにはれっきとした理由があった。
面白いと思ったんだが、まあ、ミュトスの面倒見は俺の役目なんだろう。
「分かった…… じゃあ俺とティーガーⅡと一緒に寝るか」
「りょーかい」
この反目してる奴らを纏めていいものか。何事もないことを祈りつつ目を閉じた。




