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「何だって? 大体お前は誰だ?」
誰かと話をしているのか? 俺から見ると虚空に向かって話しかけている気狂いにしか見えずシュールなもんだが、多分無線通信をしているようだ。
「…… わかった。ひとまず信じよう」
終わったらしい。しかし、こいつが驚くとは一体何を言われたんだ?
「何だって?」
「ここに爆撃機が迫っているそうだ。積んでいるのは恐らく焼夷弾だと」
「焼夷弾? 何故だ?」
こんな死体しかない海岸を爆撃する理由も謎だが、焼夷弾を使うのはもっと謎だ。地中貫通爆弾だか何だかを直撃させなければ抜けないアイギスの装甲に、焼夷弾が通じる訳がない。
「それはわからない。しかし、お前は不味いことになるだろう?」
「ああ、確かに」
アイギスには全くもって効かないが、人間への効果は抜群だ。焼夷弾は周囲を焼くと同時に酸素を奪う。中途半端なとこに隠れても窒息死が待ったなしだ。隠れなければ焼死といったところ。
まったく、一難去ってまた一難とはこのことだ。
「じゃあ、俺の命もあと少しのようだし、別れの挨拶でもしておこうか」
「おい待て。お前が生き残る手段はあるぞ」
「どこに隠れろって?」
焼夷弾から生き残るには完全に密閉され耐熱性のあるシェルターを用意しなければならない。だが残念なことにここにそんなものはない。
「私に乗れ。そうすれば助かるだろう」
「へ?」
「何を戸惑っているんだ?」
「あ、ああ、そっちの本体の方に乗れってことか」
そういう誤解を招く言い方は是非とも止めて頂きたいものだ。一応見た目的には少女な訳だし。
「私に入れと言うべきだったか」
「おいおい?そういうことは言うもんじゃない」
「は? 何の話だ?」
いや、それはもう狙っているとしか。しかし、俺みたいな変人だったからよかったものの、こいつを普通の人間と会わせたらどうなるものか。非常に心配になる。
「ほら。さっさと来い」
「おう」
ティーガーⅡの少女の方は戦車の方のハッチを開け、すらりと中に入っていった。そこはアナログらしい。
そして俺もハッチから入ろうとする。色んな荷物が引っ掛かって入りにくかったが、何とか全てねじ込んだ。
「ハッチを閉めろ」
「了解」
ハッチは閉まると勝手にロックされた。便利な機構である。
そして俺は周囲を見回した。中は恐らくオリジナルのティーガーⅡと同じだと思われる。戦争映画なんかで見た戦車の内部はこんな感じだった筈だ。
ティーガーⅡは操縦席に座り、俺は何の席かはわからんが後ろの席に座った。案外座り心地がいい。戦車にしてはだが。
するとティーガーⅡは動き出した。振動は割と大きい。俺は問題ないが、車酔いの激しい奴にはきついだろう。
「お前、どうやって操縦してるんだ?」
俺には外の景色を見ることは出来ない。彼女も同様だろう。外を見ているようには見えない。
「言っただろう。ここに座っているのは私の本体ではない。今お前が乗っている戦車が私だ。よって、私は今周囲360度を同時に見渡せている」
「そいつは便利だな」
なるほど、戦車そのものに意識があれば戦車長も運転手も砲手も必要ない訳だ。と言うことは、そこのレバーの数々も飾りにすぎないのか。
「だが、問題がひとつある」
「と言うと?」
「このままだと、私は無事だが、お前は熱にやられて死ぬかもしれない」
「へ、断熱性ないの?」
そりゃびっくりだ。アイギスでしかも戦闘に特化した方とあらば焼夷弾の熱くらい遮断してくれると思っていたんだが。
と言うか、まずこいつ自身も危険なんじゃないのか?
「私は、内部機関が多少高熱を帯びたところで問題はない」
「それで熱を遮断する必要もないのか」
弱ったな。この中にいながら俺だけ焼け死ぬという醜態をさらしかねないのか。しかも酸素が奪われないだけに窒息も許されないという結構な地獄。
「なら、どっち道、俺は死ぬのか」
俺は深くため息を吐いた。
「いや、手段はある」
「何だ?」
「水の中に入る。幸いなことに水はそこに大量にある」
確かにここは海岸だ。だが、戦車、と言うか車全般は普通水中での行動を前提には造られていない。
いや心配するだけ無駄か。こいつがまさかガソリンエンジンで動いている筈はあるまい。だが一応聞いておく。
「お前は大丈夫なんだろうな?」
「いや、全く大丈夫ではない」
「はい?」
「私も水中では活動出来ない。正確には戦車としての機能を失う。誰かに助けてもらわない限り、ずっと水の中だ。人類の技術を模倣するにあたっての欠点だな」
ティーガーⅡは何でもないことのように言う訳だが、俺にとっては何でもある。
俺の為にこいつが身を張るのは理解出来ない。
そんなことをする必要はどこにもない。
「だったらお前だけ生き残れ。俺は死んでもいい」
自分でも驚く程低い声が出た。
「いや、ダメだ。私がやりたいと思ったからやるだけだ。お前に拒否権はない」
「バカが。だったら俺は出ていくぞ」
俺は立ち上がりハッチを開けようとした。しかし開かない。押しても引いてもびくともしなかった。こいつがロックしているのか。
「ハッチを開けろ。おい、聞いてるよな?」
だがティーガーⅡは完全に俺の言葉を無視した。そして同時に、俺の足元がガタガタと振動し始めた。