1-6-10
「今日生き残れたことに、乾杯」
「「乾杯!」」
決して大層なものではないが、アインザッツグルッペンは宴会のような晩餐を開いていた。無論、常に一部の兵士が周囲の見張りをしながら。
特に呼ばれてもいないが、特に拒絶もされなかったので、特に俺たちのことは気にしていないような輜重兵から、米と少量のおかずと酒とを頂いた。
「米はさっき食べたばかりだが」
とは言え量は少なかった。ありがたく頂くとする。やはり、日本の米は旨い。
「ふむ、この酒は……」
グラスに注がれたのを渡されただけで、それでは銘柄などを確認は出来ない。まあ、それを知ったところで、恐らくは俺の知らないものだろうから、意味もないが。
「酒か。ちょっと、私にくれ」
「お前にか?」
こいつに酒を呑ませるとどうなるか、よく知っている。そして未来永劫酒は呑ませぬと決意した。
「ああ。呑ませてくれ」
「いや、しかしな」
「いいから、寄越せ」
「ちょっとだけだぞ」
やけに強くせがんでくるので、仕方なく譲り渡した。まあ、流石に全く同じ馬鹿を二度と繰り返さないとは思うが、果たして。
「ふむ」
ティーガーⅡは確かに、本当に少しだけを呑んだ。それでは味など分からなかろうという程度の量を。
しかし、それを飲み込むことはせず、口の中で転がしているようだ。味わっているという風でもないが。
「これは毒だ」
「毒? な、何を……」
「言った通りだ。毒だ。それも殺しにかかってきている量だな」
「本当、か?」
にわかには信じがたい。しかし、ティーガーⅡが冗談を言っているとは思えなかった。
その目は、見たこともない色で怒っている。
「やはり、信用ならぬ者共だ。皆殺しにしてくれる」
「いやいやいや、ちょっと待て」
「何故だ。奴らはお前を、殺そうとしたのだぞ?」
「冷静に考えてもみろ。俺を殺したところで、奴らには何の利益もない。それに、お前が毒で死なないことが分からない筈がない」
「つまり?」
「組織的ではなく、大して頭の良くない奴の個人的な犯行と言うことだ」
殺せる機会ならいくらでもあった。故にこれが氷室中佐が指示したことであるとは考えにくい。
となれば、恐らくはアイギスを心底嫌っていて、かつ感情に任せて動くような人間がやったと考えられる。実際、ここにそう言う人間は多いだろう。
「となると、犯人捜しでもするのか?」
「まあそうなるが」
とは言うが、検討はつく。
もしも酒を用意したような人間が仕組んだとしたら、こいつら全員死んでいる。が、そんなことは起こっていない。
となると、こんな細工を出来るのは、酒をここまで直接運んできた奴だろう。
「さっき俺に酒を持ってきた奴、顔を覚えているか?」
推理はしたものの、肝心の犯人候補の顔は覚えていなかった。実に不甲斐ない。
「ああ。覚えているぞ」
「そいつを探そう」
「了解した」
ティーガーⅡが証拠の酒を持っていくと言うので、好きにさせた。
ちょっと歩くと、ティーガーⅡはすぐにそいつを発見した。
彼女の記憶力と観察力は(当然と言えば当然ではあるが)凄まじい。
さて、話しかけてみるとしよう。まあ、俺の勘違いの可能性もあるから、まずは普通に。
「なあ、お前、ちょっといいか?」
「何だ?」
と振り返ると、氷室中佐よりも若く、しかし全く生気を感じられないような兵士であった。
そいつは俺を見るなり目を見開いて後ずさった。
「生きて、いるのか?」
わざわざ自白してくれるとは。
「ああ。この通りぴんぴんしてる」
「毒が足りなかったか」
「いや、違う。私が毒を検知して、ライに飲ませなかっただけのこと。美味しい毒だったぞ?」
ティーガーⅡは突撃銃を彼に向けながら、殺気のこもった声で言った。そのゴミを見るような冷ややかな片目は、俺ですら少しばかり恐怖を感じたくらいである。
銃を持ち出したとなれば、酔っているとは言え戦争の専門家の彼らには勘づかれる。
「何をしている!」
「味方に銃を向けるか!」
心ある兵士が、しかし自らも小銃を構えながら、俺達を包囲していく。その動きには感服させられる。まあ、その銃口がどちらかと言うとティーガーⅡに向けられているのは不愉快だが。
その時、俺に毒を盛った兵士は叫んだ。
「こいつらが僕を殺そうとしたんだ! 助けてくれ!」
「なっ……!」
これは、敵ながら天晴れだ。俺達が本当のことを言ったところで、恐らくは信じてもらえまい。
当然、俺達は外敵と見なされる。
「やはりな!」
「武器を捨てろ!」
奴は野放しに、俺とティーガーⅡだけが殺意に囲まれる。奴が笑ったのは、俺達にしか見えてはいなかったのだろう。
最悪だ。これ以上ないくらい最悪だ。
「ティーガーⅡ、まずは素直に武器を置け」
「何故だ? 私は何も悪いことはしていない」
「いや、その、だな……」
「武器を捨てろと言っている!」
駄目だ。このままだと殺し合いに発展する。
どんどんと包囲網は狭まっていく。
しかしティーガーⅡがその手の銃と酒を置く気配はない。




