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「ん? 何だそれは?」
暫く後のこと、ティーガーⅡが、何やら味噌のついた米が巻き付いている棒のようなもの、恐らく料理だろうが、を持って歩いてきた。
「きりたんぽと言うらしい。旨いぞ」
「ほう。確かに旨そうだ」
特別な加工がしてあるようではないが、しかし、その単純さ故、ハズレはないように思える。米の味にも慣れてきたし、是非とも食べてみたい。
「ライも食べるか?」
「いいのか? しかし……」
「ほら。残りをやる」
「た、食べかけか?」
木の棒が露出しており、残り半分くらいになったそれを、ティーガーⅡは笑顔で手渡してくる。
何と言うか、流石の俺でも、ここまで分かりやすい食べかけは気が引けるのだが。
「ああ。どうした? 食べぬのか?」
「ああ、そうだな、食べよう」
ティーガーⅡのせっかくの善意を突っぱねるのは忍びないし、純粋に味が気になりもした。
しかし直前でやはりと思いとどまっていると、ティーガーⅡは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「安心しろ。私の唾液は全くの無菌だ。それどころか、何なら抗菌作用まであるぞ」
「そう言う問題じゃない、と言うか……」
「ふむ。何が問題なのだ?」
そんなことを言わなければすんなりと食べられていたものを、ティーガーⅡが余計なことを言うから、どんどん躊躇してしまうのだ。
しかし、そうと正直に言うのも気恥ずかしく、論点をずらすこととした。
まったく、こんな若者みたいなことを考えてしまうとは。
「抗菌作用とは、人間が口にして大丈夫なものなのか?」
抗菌とか殺菌とか、そう言うのはつまるところ、毒をぶちまけているのである。
日用に供されるものは、少量ならば人間に害は為さず、ちょうど微生物のみを殺せるように作られている。が、果たしてティーガーⅡのそれが人間のことなどを考えているのかは微妙だ。
「安心しろ。人間が死にはしない。もっとも、そのような毒物を精製することも可能ではあるが」
「なるほど。本物の死の接吻も出来る訳か」
「せ、せっぷ、ま、まあ、そう言うことだな。暗殺も、この私に任せろ」
動揺している。人に裸を見せても全然気にしないこいつが。接吻ごときで。やっと常識的な貞操観念を理解してきたのだろうか。
まあ、兎も角、俺の身の安全は保障された。
「じゃあ、そう言うことで、頂こう」
これ以上焦らしても仕方がないと言うことで、ここは勢いに任せて食ってしまうこととした。
なるほど。旨い。味噌と米と言うのはよくある組み合わせと聞くが、よくあると言うことはつまるところ、誰でも好むと言うことである。
味噌単体では味が濃すぎるし、米単体も大量に食べようと言う気にはならないが、これらが組み合わさると、何十本でもこれを食らえるような気すらする。
とここで疑問が一つ。
「どうしたんだ? これ」
「ああ、氷室中佐から頂戴した」
「あいつが?」
そんな友好関係を築けたのか? いや、そんなことはあるまい。では、何だろう。
「契約だ。今後とも私がこやつらに力を貸す代わりに、大日本帝國中の旨いものを取り寄せさせることとした」
「はあ……」
前回から契約が更新されているが、とは言え内容は大して変わらん。とても命の対価とは思えないんだが。
「あああと、月8,500マルクを振り込むことと、直接税全般を払わせることとした」
「それは、いや、それでも足りない気がするんだが……」
8,500マルクと言ったら、まあ帝國の平均月収より上ではあるが、大体同じくらいの額である。直接税と言うのも、私有財産制の否定された帝國では、別に大したものではないし。
「私がそれでよいと判断したのだ。異論はないな?」
「お前がそれでいいと言うのなら、それでいい」
異論を今まさに述べたと思うのだが……
しかし、まあ、確かに、仮に帝國に入る機会があったとして、そこで無条件に金を貰えるのは悪い話ではない。
「しかし、何故、そう積極的に協力する気になったんだ?」
「積極的にではない。あくまで契約だ。互恵関係と言う奴だ」
「本当にそれだけか?」
互恵関係と言うだけならば、もっと高額な対価を要求すべきだろう。ティーガーⅡも現在の物価は把握しているようだし。
ティーガーⅡは、俺の指摘に答えるのに窮しているようだ。
そして少しすると、恥ずかしそうに口を開く。
「ま、まあ、好奇心だな」
「好奇心?」
「ああ。この島のミュトスとやら、私も気になるからな」
「なるほど」
俺もそうだ。ティーガーⅡの親類がいるのなら、この目で見てみたい。しかし、ティーガーⅡがそこまで興味津々であるとまでは思わなかった。
「まあ、そう言う訳だ。お前も、私の為に働け」
「おう」
今回はティーガーⅡが諸々を主導しているように感じる。まあ、それに逆らう理由もないし、彼女の思うがままに流されるのも悪くない。




