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「ああ。我々はそもそも争いを好まない。故に、兵器の開発なども、今の今までやってこなかった」
「じゃあ地表の7割を持ってったのはどう説明するんだ?」
「それは、一部の個体の意思だ。我々の大半は争いを好まないが、それは決して全員に当てはまる訳ではない。当然、我々の中にも争いを好み人類を敵視する個体は存在する」
「アイギスの中にも内紛があるのか?」
「当然だ。我々は完全に独立した個体の討議によって運用されている」
「そいつは意外だな……」
俺はてっきり一個の巨大なコンピュータか何かでアイギスの全部が操られていると思ってたんだが、ティーガーⅡが言うにはそうでもないらしい。
「だとすると、いっつも人類と対話してくる奴は何者だ?」
1世紀以上の長きに渡り闘争を続けてきた人類とアイギスではあるが、対話の試みは何度もあったし、講和会議という形では実際に対話らしい対話はしている。
まあ講和とは言ってもひたすら土地を搾り取られただけなんだが。
「それは恐らく、アイギスの宰相だろう。それが我々の最高指導者だ」
「じゃあお前もそいつの部下なのか?」
「それは違う。私は今、誰にも従属していない。簡単に言うと自由の身だ」
「そう、そこが気になってたんだが、お前はどうして普通の知的生命体のように俺と会話しているんだ?」
アイギスは基本的に自我のない殺人機械だ。断じてこいつのように対話を試みてきたりはしない。
たまに人間を収容区画に連行してる奴も見るが、それとて自らの意思で動いているようには見えない。
「それは、わからないんだ」
「わからない?」
「ああ。私も気付いたら、意識を持っていた。そして取り敢えずアイギスから抜け出してきた」
「どうしてだ?」
ティーガーⅡの話ではアイギスの中にも自我を持った個体がそれなりにいるようだから、自我に目覚めた個体は処分、みたいなことはなさそうである。
となると、こいつは自らの意思でアイギスの軍隊を飛び出してきたということになる。
その理由は知っておきたい。それは彼女が敵か味方かを判断する材料にもなるだろう。
「ある人に、自分の生きたいように自由に生きろと言われた。私はそれに従っているだけだ」
「その人には従属しているように見えるが、それはいいのか?」
からかい半分に言ってみる。
「お前、それは詭弁だ。仮にその論理を認めた場合、我々は永遠に自由になれない」
「はは。そうだな。やっぱりお前話が合うな」
が、俺がそう言った瞬間、彼女は不機嫌そうな顔をした。少しくらい気を許してもらってもいいじゃないか。
「私がわざわざ合わせてやっているのだ。私の処理能力は人類の脳の20倍に達する」
「だが、知性というのは機械的な処理能力だけで計れるものでは……」
「しっ。黙れ」
ティーガーⅡは突然そう言って俺を制止すると、険しい顔をして黙りこんでしまった。それは彼女の意識がそこから飛んでいったようだった。
目は開いていてちゃんと立っているのだが、生気というものを感じられない。まるで人形のようだ。いや、まあ人形なのは間違いでもないが。
暫しの沈黙。
そして彼女は再び口を開く。
「周囲のアイギスに気付かれた。現在三体の戦車型が接近中だ」
「おいおい。そいつは不味くないか?」
ここは砂浜。ろくな掩体も陣地もなし。逃げ場もなし。死んだな。て言うか、これ絶対さっき銃をぶっ放したせいだ。ああ、これこそやっちまったなあ。
「大丈夫だ。安心しろ」
「安心って、何をどうしろと」
「私が全て破壊する。お前は見ているだけでいい」
「本当か?」
イマイチ信用出来ん。俺の銃程度で倒れてたし。
いや、しかし、それはあくまで彼女の言うところのインターフェースであって、本体は強かったりするのか?
まあどっち道こいつしか頼りはないか。
「ああ。見ていろよ」
「お、おう」
するとまたティーガーⅡ(本体)の砲塔が回り出した。今度は履帯も動いている。戦車を遠隔操作出来るとは便利なもんだ。
いや違うか。目の前のこいつの方が遠隔操作されてるのか。
「そこそこうるさいぞ。耳を塞げ」
「わかっ……」
が、俺が耳を塞ごうとした瞬間、ティーガーⅡの主砲が火を噴いた。本当に爆音だ。警告はもうちょっと早くしてくれ。
「まずは一体。引き続き耳を塞いでおけよ」
「た、ああ……」
確かに、あのアイギスが、人類が全く敵わないアイギスが、たった一撃で撃破されていた。新鮮な光景だ。
こいつはやっぱり本物なのだ。
それに加えて射程が長い。アイギスは割と接近戦を仕掛けてくるんだが、今やった奴は2キロは離れていた。射程外から一方的な攻撃を加えられるという訳だ。
なるほど、こいつが戦闘に特化しているというのも納得だ。
「あと一体。これで終わりだ」
三発撃って三発命中。そして俺たちへの脅威は排除されたらしい。
「どうだ。すごいだろ」
「ああ。それは認めよう」
こいつ、子供っぽい。話し方がやけに大人びてるが、精神年齢が完全に子供だ。
「それで……」
「ん?どうした?」
するとティーガーⅡはまたさっきみたいに黙りこんでしまった。非常に嫌な予感がする。