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まあ取り敢えず、こちらも自己紹介を返そう。
「俺は東條賴と言う。流浪の民さ」
「東條? んな名門の人間なのか?」
ああ確か、この帝國には東條家と言う名の公爵家が存在する。建国の元勲の子孫として遇されているのだが、別にそれ以外でも東條と言う名字を持った人間はいるだろう。
「いやいや、東條さんなんて沢山いるだろ」
「確かに、そうかもな」
「私は、ティーガーⅡだ。NS-ドイツ最強の、即ち世界最強の重戦車だ」
何余計なことを言ってやがる……
「えんえす? 何だそれは?」
氷室中佐は、本当に分からなくて質問をしているようだ。にわかに空気が緩んだ。
「ドイツ語も分からぬか?」
「Mein name(ナーメ ist(私の名前は)何ちゃら、くらいしか知らねえな」
そりゃ多分、3才児くらいの語学力だ。それではNSを知らないのも納得である。
「その歳になって、お前は一体何を学んできたのだ?」
ティーガーⅡは呆れ果てている様子。
「確かに、ドイツ語の授業はサボってた」
「はあ…… まあいい。NSドイツとは、日本語で一般的な表現で言えば、ナチスドイツのことだ。分かったか?」
「最初からそう言えばいいじゃねえか」
「教養のない人間に合わせる気はない」
「ふっ。まあ、馴れ合いもこの辺にしておこう」
氷室中佐の目が、再び冷気を帯びた。そう簡単に気を許してくれることはないらしい。
拳銃をティーガーⅡに向け直して言う。
「確かにさっきのは誤解だった。が、お前を殺す理由は、まだなくなった訳じゃねえ」
「今度は何の言いがかりだ?」
ティーガーⅡはわざとらしく尋ねた。
「言いがかり? んなもんじゃねえよ。お前が何であれ、アイギスである以上、人類の敵であることに変わりはない。違うか?」
「違わないな、確かに」
「おいおい、もうちょっと考えて……」
言葉を選んでくれ、と言おうとしたが、その瞬間、ティーガーⅡは手を出して俺を制止した。その機敏な動きに、思わず素直に黙り込んでしまう。
「しかし、なれば何故、お前は私をすぐに殺さなかったのだ?お前達、ふむ、最低29人にとって、最も安全な方法はそれである筈だ」
「クソッ。機械のバケモンが、やけに知恵が回るじゃねえか」
まあそんなに深いことでもない気がするが。
「で? 何なのだ?」
そして氷室中佐は観念したように答える。
「確かに、交渉の可能性を前提にして来た。既に帝國では、数体の、お前と同類のような喋るアイギスが軍務に就いている」
「そ、そうなのか?」
おもわず口を挟んでしまった。アイギスと仲良くやろうなどと考えるのは俺くらいなものだと思っていたから。
「ああ。お前、知らねえのか? 帝國ではそれをミュトスと呼んでいるんだが、ミュトスは、今のところ大日本帝國には、ええと…… 3体だ。3体いる」
「そんなにか。それに、ミュトスと言う名を付けた奴はなかなかいい趣味をしているな」
「俺はミュトスってのがどういう意味かは知らねえが」
「知らずに使ってたのかよ」
半ば本能的に突っ込んでしまった。ミュトスとは恐らく、ギリシャ語の、神話とか物語などと言う意味の単語だろう。
命名者からすれば、ティーガーⅡのような存在は夢物語そのものらしい。
「ミュトス? そんなよく分からない呼び方をしているのか?」
一方、ティーガーⅡは不満そうである。彼女の驚異的な語学力を勘案すれば、恐らくは、ちゃんと意味を分かった上で不平を垂れているのだろう。
「別に俺が決めた訳じゃない。文句はどっかのお偉いさんに言ってくれ」
「うむ。それもそうだな」
「って、クソッ、話が逸れに逸れているじゃねえか」
氷室中佐は1回深呼吸をすると、再び鋭くティーガーⅡを見据えた。
しかしこいつは、不良みたいな者を装ってはいるが、結構いい奴なのかもしれん。
「さっきの続きだ。勿論、ミュトスが味方をしてくれるのならば、それ以上のことはない。が、お前が俺達の敵じゃねえってことを証明出来ない限りは、お前は俺達が殺す対象だ」
「おいおい、推定無罪の原則はどうしたんだ?」
犯罪を犯した証拠が見つかるまでは被疑者は常に無罪とみなされると言うものだ。
「戦場では推定有罪だ。味方以外は全て敵と思わなければ、死ぬ」
「ライ、それは真実だ。疑わしきは殺せが戦場の常だからな」
「そういうもんか?」
しかし冷静に考えてみると、自分が敵味方の判別を要する戦場では戦ったことのなかったと言うことに思い至った。アイギスと人間を見間違える筈がないからである。
独ソ戦を戦ったらしいティーガーⅡは当然だとしても、では氷室中佐はどうしてそこまで明瞭に語り得るのだろうか。
まあ、今それに触れるべきではない。証拠とやらを出してやろう。
「俺はこうして生きている。それは十分な証拠じゃないのか?」
「ほう?」
「もしもティーガーⅡが敵なら、単なる人間の俺など、とうに死んでいるだろう。だが俺は、現にこうして生きている。それで十分だろう」
結構いい感じに論を並べたと思うのだが、しかし、氷室中佐は全然納得していないようである。




