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いやいやいやいや、落ち着こう。
ティーガーⅡがアイギスだと疑われる要素はない筈なんだ。焦ってはいけない。落ち着けば、怪しまれない。
「どう言う了見だ? 初対面の人間に、それは流石に失礼だと思うが?」
「確かに、そいつの擬態は完璧だ。普通の人間なら、それを見破るのはまず無理だろうな。だが俺は違う。俺のような怪しい人間と遭遇したら、まず誰でも警戒して、必ず呼吸が乱れる。お前もそうだ。だが、そいつにそんなもんは見られねえ。それが根拠だ」
「あんたの目が節穴なだけじゃないのか? 俺にはちゃんと、こいつが焦っているのが分かったぞ」
実際、そうだ。ティーガーⅡは意外と、思っていることが素直に顔に出る。
「そう言う話じゃねえよ。もっと無意識の動きだ。俺を見る前と後では、そいつの呼吸の早さは、ちっとも変わっちゃいない。人間だったらそんなことはあり得ない」
上手く言い返せる気が全然しない。どうしたものか。いっそ一発殴りでもして逃げ出すか……
「逃げようったって、無駄だぜ」
「へ?」
「包帯で顔が見えないのに、分かり易い奴だな。お前、よくここで生きていけるな」
「そりゃどうも」
全然誉められてはいないが。
しかしこの男、とんでもない観察眼の持ち主だ。正直言って、ティーガーⅡにも馬鹿にされる程度の俺の話術ではどうにもならない気しかしない。
「もういい。ライ」
ティーガーⅡは言った。
「何がだ?」
「私はお前の言う通り機械だ。満足か?」
「おい?」
おいおい、せっかく人が何とか切り抜けようと思っていたのに……
ため息を吐いた。
一方の男は、より鋭く冷たい視線をティーガーⅡに突き刺した。俺の包帯には目もくれずである。
「ならば、人類の敵だ。死んでもらおうか」
男は拳銃をいよいよティーガーⅡの眉間に向け構えた。
「お前、それは許さんぞ」
俺もRP-52(五二年式無反動拳銃)を男の頭に向けた。
「ライ、止めろ。そのようなこと、するまでもない」
「強気じゃねえか。アイギスのくせして」
「合理的な判断だ。弾丸を無駄にしない為にな。ライ、分かったか?」
「あ、ああ……」
拳銃を下ろした。確かに、ティーガーⅡが拳銃程度で死にはしないし、万一ここにいる方がやられても、本体は残っている。
ティーガーⅡがそれを望むのなら、大人しく従おう。
「で? 私を撃つのか? 撃ちたければ撃つがいい。私はお前達の敵なのだから」
「今ここにいるお前は、お前ではない。言わば生霊。だから余裕ぶってるんだろ?」
そこまで知っているのか? こいつは一体……
しかし、正に機械のように感情を消したティーガーⅡは、その言葉にも動じていないようである。
「ほう。それがどうした?」
「お前の本体は、既に俺の部隊が包囲した。俺の号令一つで、お前など粉々になるだろう」
「馬鹿を言え。私が人間の兵器ごときで死ぬだと?」
「試してみるか?」
男はその時、初めて笑みをこぼした。
アイギスにも不可能だったものを、こいつの部下がティーガーⅡを一撃で破壊するなど到底不可能だとしか思えないが、この自信はどこから湧いてくる?
「平戸と對馬を壊滅させたアイギス、やっと殺せる」
「は? 何を言っているのだ?」
まさか、これは、人違い、もといアイギス違いで殺されかけているのか?
「しらばっくれる気か? お前のせいで、俺達の神州は……」
「おい待て。それは誤解だ。私は人間とアイギスの戦争など興味はない」
「白々しい。やはりお前は悪魔の眷属。平和的な解決など、あり得ねえ」
「チッ。これだから頭の固い奴は……」
双方とも、もう殺意を全く隠していない。ほんの少しの刺激を与えれば切れてしまう糸の上に立っているようなものだ。
人間相手の殺し合いも已む無しか、と思ったが、その時、天祐が舞い降りて来た。
「んあ? 何だ?」
気の抜けた声をあげて、男は耳についている通信機越しに会話を始めた。
「はあ…… はあ…… は? それを言ったのは誰だ!?」
電話越しにぶちギレている。一体何の話をしているんだか。
「給料減らすぞ、お前ら。まあいい。話は後だ。通信終わり」
男は通信を切って、改めて俺達と向かい合った。
「さっきの話は誤解だった。謝ろう」
男は素直に頭を下げた。まあ、それなりに道理を弁えている奴ではあるらしい。
「はあ……」
「まったく。ドイツ人がそんな野蛮なことをすると思ったか?」
ティーガーⅡの怒りは冷めていないようだが。
「俺は日本人だからな。知らん。で、取り敢えず、こんなところで会ったんだ。自己紹介くらいはしておこうじゃねえか。俺は氷室英機中佐。帝國Einsatzgruppenの指揮官をしている」
アインザッツグルッペン、主に方面軍規模の司令部に直隷する精鋭部隊である。こいつらならば、何らかの任務を仰せ付かってここにいるのもおかしな話ではない。
もっとも、いきなり自己紹介なんかされたら、反応に困るんだが。




