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「…………」
ええと、こういう時はどうすればいいんだっけか。取り敢えず死体を隠して、薬莢を回収、その他の証拠は波が浚ってくれるか。では早速実行……
「おい。お前はバカか。何をやってる」
「ん、んん?」
さっきの少女の怒声が聞こえる。だがその発信源は少女の死体ではない。それより少し遠くからだ。一体どこからだ?
「どこにいるんだ?」
「お前の目の前だ。ほら」
と声が言った途端、少女の奥の戦車の砲塔が独りでに回りだした。それにさっきの声も大体そこら辺から聞こえるような気がする。
まさか、これが少女の言っていた「本体」という奴なのか。
「いいか、お前今、AÄ(対アイギス)弾を使っただろ?」
「え、ああ、そうだな」
「それを使ったら、対象がアイギスか人間か判別出来ないだろうが」
「ああ…… 確かにそうでございました」
なるほど。対アイギス弾は人間の兵器も含めて全てに効果的だ。それを使ったのは完全に俺の失策である。ここで通常弾を使っていれば人かアイギスかは判断出来たんだろう。
まあとは言え、ようわからん喋る戦車が目の前にいる時点で、こいつが人ではない証明は十分だが。
「ああ、そうだな……取り敢えずその体、私の側に持ってこい」
「その戦車の方にか?」
「ああ。早くしろ」
俺は少女の体を抱き上げると、指示通りそれを運んだ。
しかしこの戦車、デカい。高さは三メートルはあるだろうか。砲塔と車体との繋ぎ目と俺の視線が大体一致する。こんなのと戦っては勝てる気がしない。
「では、それを私にくっ付けて置け」
「お、おう」
俺は少女の体を戦車に寄っ掛からせるようにして置いた。すると、なんということか、少女の額に開いていた穴が急速に小さくなり、すぐに塞がったのだ。驚きである。
すると少女の目は開き、俺の方を馬鹿を見る目で見つめてきた。まあ、死んでなかったようで何よりだ。
「はあ…… まったく」
「なんか、すまんな」
そして少女は立ち上がる。不思議なことにその服は全くもって汚れていなかった。
「いや、まあ構わない。さっきも言ったが、私の本体はこっちだ」
少女は戦車を指差した。しかしこんなにかわいらしい少女の本体がこんな武骨な戦車だとは。一周回って面白い。
「それで、だが、先程私には名などないと言った」
「ああ。だな」
「確かに私という個体を識別する名はないが、しかし、この戦車につけられた名前は存在する」
「ほう」
確かに戦車は大量生産品で、その一つ一つには番号しか振られていない。一隻一隻に名前がついている軍艦とは根本的に違うのだ。それ自体は納得の話ではある。
「私の名はTiger Ⅱだ。またの名をPanzerkampfwagen Ⅵ(Ⅵ號戰車)Bともいう」
「ティーガーⅡ?」
その名前、どこかで聞いたことがある。となると、それは人間が作った兵器なのか?だとするとなおさら謎が深まるが。
「ああ。ティーガーⅡというのは第二次大戦中のNSドイツで活躍した戦車だ」
NSドイツというのは、ドイツ語以外の言語でいうところのナチスドイツである。
そもそもNaziというのはNSDAP(国家社会主義ドイツ労働者党)の最初の4文字だけを取ったもので、その単語には何の意味もない。よってドイツ人が「Nazi-Deutschland(ナチ-ドイツ)」という単語を使うことは滅多にない。
また、そもそもナチというのは蔑称であるから、ドイツ人以外が書いた本なんかでヒトラー総統やゲッベルスが「我がナチスは……」とか言っているのは、ありゃ間違いだ。
まあそんなことは置いといて、第二次大戦だと。余りにも古すぎやしないか。いやそれ以上に、何でアイギスがそんな骨董品を使っているんだ?
「第二次大戦っていうのは、中世に起きた世界大戦のことで合ってるよな?」
「ああ。私に記憶されている人類の歴史区分が間違っていなければ」
「その中世は、15世紀から22世紀で合ってるか?」
「ああ。合っている」
何と。一体どうして何百年前の骨董品を引っ張り出してきてるんだ。
「で、なんでまたそんなものを?」
「まず、この車体は、人類の博物館にあったものを我々が回収し、その構造はそのままに、機関部や装甲、砲弾などを我々の素材で置き換えたものだ」
それはほぼ全てじゃないかと思うんだが、まあいい。
まあつまり化石のようなものか。化石っていうのは大昔の骨がそのまま残っているのではなく、それが他の成分に置き換えられ、形だけ保存されたものだ。彼女はそういうもんらしい。
だが、自前の四足歩行戦車や歩兵、砲兵を大量製造しているアイギスがどうしてそんなものを発掘したのだろうか。
「そして、私が造られた理由は、この地球で効率的に戦闘が可能な兵器の実地検証だ」
「他の兵器は効率的じゃないって?」
いやいやいや、既存のアイギスの無人兵器の時点で人類には到底太刀打ち出来ないくらい強いと思うんだが。それでも足りないとでも言うのか。
「ああ。そもそもあれらは戦争の為に造られたものではない。あくまで警備用程度のものだ」
「じゃあアイギスはまだまだ全然本気ではないのか?」
「そうとも言えるし、逆もまた然りだ」
「と言うと?」
「確かに我々は戦争の為の兵器を未だに殆ど製造していないが、それは本気を出していないからではなく造る技術がなかったからだ、ということだ」
「造る技術がなかった?」
アイギスは戦争をしない平和な種族だとでも言うのか?俺はアイギスに特別恨みがある訳ではないが、少なくともそれは明確に否定する。奴等は全然好戦的な種族だろう。