1-4-10
「旨かったぞ、これ」
「ありがとうございます! また食べて下さいね!」
「あ、ああ。勿論だ」
ティーガーⅡは落ち着いた雰囲気を装いながら、魚の骨の一本すら残っていない綺麗な食器を差し出した。
しかし、どうやったらあんなに綺麗に食べられるんだか。それに俺の倍くらいの早さで食べ終わっている。
「あ、東條さんは食べ終わったらお椀持ってきて下さいね」
「ティーガーⅡだけが特別待遇なのは承服しかねるが…… 了解だ」
「では、さらばです」
遠藤二等兵は陽気そうに去っていった。
まずは自分の分を食べよう。食べる早さで女の子に負けたと言うのはかなりの屈辱であるが。
「ライ、お前、食べるの遅いな」
気分が良いからと調子に乗っていやがる。
しかし実際にティーガーⅡが圧倒的な早さを見せつけた以上、上手い返答がないと言うのもまた事実。
「お前が早過ぎるんだ。少女の見た目してるんだったらもっと少女らしく振る舞え」
「そ、そういうものなのか?」
予想外に狼狽している。だがそう本気で受け止められても困る。
「ああ、いや、まあ、そんなことはない」
淑女は淑女らしくとか、そう言うものは遥か昔の観念だ。少なくとも帝國の教科書はそう言っている。
まあ実際のところその傾向が完全に排されたとは言い難いのだが、そんな下らない人間の文化ごときでティーガーⅡを縛ると言うのは気持ちが悪い。
「では何なのだ?」
「お前の好きなように生きてればいいさ。ここにはそれを邪魔する奴はいない」
「そうか。ならばそうしよう」
だが俺はふと思ったのである。
このアイギスの占領地で自由に生きていられるのは俺達だけだと。他の人間は皆、アイギスの脅威に怯えながら暮らしているのだと。
そう考えるとここで呑気にしていることが申し訳なく思えてきた。
「美味しかったですか!?」
俺は遠藤二等兵が食器を回収しているところに食器を持っていった訳だが、そこで運悪く捕まってしまった。
「ああ。美味しかったよ」
実際、悪くなかった。たまにはこういう食事も悪くはない。
「ありがとうございます!」
「どういたしまして」
そして自分のテントに戻ろうとしたところ、俺は面倒な奴がすぐそこにいたのに気付いた。
ティーガーⅡに手榴弾を投げつけた張本人の磯埜二等兵である。
粗暴な奴だが、ちゃんと食器を持ってくるくらいはするらしい。
「あんたら、元気にやってるのか?」
このまま帰ろうと思ったのだが、向こうから話し掛けてきた。驚きである
「俺は快適に生きてる」
「そっちは?」
磯埜二等兵はティーガーⅡを指差した。
「私か?」
「そうだ」
「私は、もとより元気であるし、今も何も変わっていない」
「ここはいい場所だ。居たいならずっと居ればいい」
「お、おう」
てっきりさっさと出てけとでも言われるのかと思ったが、全く逆のことを言われてしまい、寧ろ困惑させられた。
それにティーガーⅡへの敵愾心もすっかり解けているようである。
一体何があったんだ?
「なあ、お前、何かあったのか?」
「俺はアイギスが大嫌いだ」
語ってくれるらしい。
「俺の友達や後輩先輩が大勢奴等に殺されたからな。だからアイギスを憎んで、殺し尽くしてやろうと思っていた。だが俺は無力だった。奴等には歯が立たない。だが、そこでお前が出てきた」
そう言って磯埜二等兵は再びティーガーⅡを指差した。
「お前が俺には出来ないことを易々とやってのけたのを見て、よくわからなくなったんだ。ま、そういうことだ」
「なるほど……」
それってつまり俺達がここに来る前の時点からじゃないかと思ったが、あえて口には出すまい。
「そうだ。高貴なるドイツ人が無為に殺戮を為すなどあり得ん」
こいつまた鼻を高くして……
「確かに。それはアメリカ人のやることだ」
磯埜二等兵も最初とは別人のように乗り気である。まったく、単純な奴らだ。
「分かってるじゃないか」
「あんたは心強い。敵には回したくないね」
「ではこれからは私に手榴弾を投げつけないことだな」
「ああ。そうだな」
そして磯埜二等兵は立ち去ろうとした訳だが、一つ、こいつに聞いてみたいことがある。
「なあ、ここでの暮らしは幸せか?」
「は? 急に何を言い出すんだ?」
「いいから、答えてくれ」
そして磯埜二等兵は少し考えた後言った。
「幸せではないな。大体、あんたの目にはアイギスに怯えながら暮らしているのが幸せに見えるのか?」
「いや、そんなことはない。ただの確認だ」
「変なことを言う奴だ」
俺は包帯の下で見えない苦笑いを返した。
ああそれと、もう一つ思い出した。
「クラッススと言う名を知っているか?」
俺が知っている極僅かの知性を持ったアイギスの一人、クラッスス。仮にこの方面の担当とかをしているのであれば、彼らが知っているかもしれない。
「噂くらいには、つまり、神州を今まさに蹂躙している奴等の司令官がそう言う名をしているということぐらいだ」
「なるほど。ありがとう」
クラッスス、奴の存在はそれなりに知れ渡っているらしい。この末端の兵士まで知っているのだから。
なかなかの露出狂ではないか。




