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その時、彼の石膏で固められた腕が目に入った。
「そう言えば、その腕はどうしたんだ?」
まあ大方何があったか予想はつくが。
「ああ、これですか。これはアイギスに撃たれたからです。ちょうど骨を貫通していて、もう手は動きません」
「そ、そうか……」
「それに、腕は腐り始めています。私の命も長くはないでしょう」
「な、じゃあ何で切り落とさないんだ?」
壊死した部位は切り落とさねば、やがて全身が蝕まれ死に至る。その対処法の本質は太古の昔から変わっていない。
だがこの時代の医学ならば、人の腕を切って落としてその者が死ぬ可能性は限りなくゼロに近い。本物の腕と比べても遜色ない義手だって、庶民でも簡単に手が届く。
それを敢えて放置して、死ぬに任せる道理はない。
「ええと、軍医が残っていないから、ですかね。医学の心得がある人間は、ここにはいません」
「それでもだ。やりようはあるだろ」
ここには最低限の物資はあるようだ。ならば野戦用の救急箱の一つくらいもある筈。
帝國標準規格のそれがあれば、腕を切って止血出来るだけのものは揃っている筈だ。
「まあ、ないことはないですが……」
「じゃあ何故だ?」
「東條さんは多分、救急箱のものを使えと仰るのでしょうが、それでは確実に安全な手術は出来ません」
「ま、まあ、それはそうだが……」
確かに、軍医が専用の道具と薬でやるよりは、安全性も確実性も劣っている。
とは言え、最低限の確実性が保証されているから兵員に支給されている訳で、それを疑って手術はしないのは合理的な選択とは言えない。
「私は何があっても死ぬ訳にはいかないんですよ」
「それを放っておいたら死ぬじゃないか」
「今の話です。今ここで私が死んだら、ここの皆は統率を失ってしまいます。だから、死ぬわけにはいかないんです」
眞柄二等兵の目には悲壮な決意が滲んでいた。
まあ、そもそも俺には他人の生き死になんてどうでもいいんだ。こいつがそうしたいと言うのなら、わざわざ異を唱える必要もあるまい。
「ところで、東條さんの包帯は何なのですか?」
「これか……」
俺の全身を隠す包帯、いつか聞かれるとは思っていた。だが特に答えを考えてはいない。
「これは、まあ、怪我を隠す為だ」
「第三次大戰の時の怪我、ですか?」
「まあ、そうなるな」
しかし眞柄二等兵は納得していない様子で、何かを考え込んでいるようである。
「そんな昔の怪我を隠すことがありますか?」
「怪我はいつまでも残るものだろ?」
「それはそうですが、全身に至る大怪我を、よく生き延びましたね……」
「ま、まあな……」
「出来たぞ」
ちょうどその時、外の空気など知る由もないティーガーⅡがテントから出てきた。俺にとっては渡りに船という奴である。
ここは話題を変えてしまって乗り切ろうではないか。
「おお、な、何か、あんま変わらないな」
「私も同感だ」
分かってはいたが、着てみると本当に似ている。軍服の変化は非常に遅いらしい。
まあ少しばかり服の方が大き過ぎる気もするが、そこまで違和感はない。
「でも、よく似合っていると思いますよ」
「あ、ありがとう」
「いえいえ」
ティーガーⅡの目が泳いでいる。もしかして照れてるのだろうか。
「眞柄、いいか」
今度は磯埜二等兵がどかどかと歩きながらやって来た。
「ああ」
「5番の連中と連絡がつかなくなった」
「また故障か?」
「だろうが、念のため見に行く」
「だったら僕も行く」
「好きにしろ。俺はすぐ行くから」
そう言い残して磯埜二等兵は去っていった。まったく、嵐のような奴である。
「どうしたんだ?」
「他の部隊との通信が途絶したというだけですよ。最近は機械がどれも故障しかけで、こういうことはよくあるんです。ただ、万が一アイギスの襲撃が原因だった時に備えて、毎回見に行くんです」
彼らの苦労もそうだが、この程度の日数で故障する帝國の電子機器の精密さも思いやられる。
「それならば、私が何とかしようか?」
と名乗り出たのはティーガーⅡ。
「何とか、とは?」
「人間の機械程度なら、新品同然に修復出来る」
「そ、そうなのですか?」
「ああ。こいつの力は本物だ」
まあ既製品を修理するのを見たことはないんだが、こいつは虚勢を張るような奴では(多分)ない。
俺は取りあえず、ティーガーⅡの原子操作の能力について思出話を語った。
「なるほど…… では、後で故障したものを持ってきますので、直して頂けますか?」
「お安いご用だ。しかし、私がそこに行った方が合理的ではないか?」
「いや、それは、そこの奴らに貴女のことを説明するのが面倒なので……」
「そ、そうだな…… うむ。待つとしよう……」
その語尾は消え入りそうだった。
その後眞柄二等兵は申し訳なさそうに頭を下げ、ではと軽く挨拶をして、足早に去っていった。




