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店の中央後方は吹き抜けになっており、最上階までが見渡せる構造になっているようだ。妙なところに金を使っている店である。
まあこの暗闇のなかでは深淵を覗くようなものではあるが。
エレベーターやエスカレーターの類いが動いている筈はなく、俺とティーガーⅡは狭い階段を地道に登っていった。
「じゃあ、また」
「ああ。また会おう」
俺は3階で横に流れ、ティーガーⅡはその上にまで向かう。
ティーガーⅡにもらった懐中電灯を頼りに、棚を漁っていく。
「まあ、案の定と言ったところか……」
殆ど何もないし、あったとしても腐り果てた残骸だ。
しかし、下でもここでも売っているのは食料品とは、どういう経営思想なのだろうか。俺には分からん。
「ほう、これは……」
さっきは気付かなかったのたが、よく見ると棚の側面に同じ紋様がいくつか刻まれている。
丸の中に十字という極めて単純な意匠の、帝國民需公社の社章である。確かEichmann《アイヒマン》大公家の継いでいる公社だ。
それだから何かあると言う訳ではなく、ただ自己主張の激しい公社だと思っただけである。宣伝等という資本主義的なことをぬけぬけと。
まおそれは置いておいて、収穫はなしだ。
下の階に向かう。
まあ予想はしていたが、使えそうなものはなし。これでティーガーⅡの探している上層階に何かあるとは思えんが。
これで俺の担当分は終了だ。下で待つとしよう。
吹き抜けのところにはちょうどベンチがある。座って待つとしようか。
背中の九九式狙擊銃を前に置く。すると思い出す。
そう言えば、AÄ(對アイギス)彈の残りが少ない。しかもこっちに関しては補充が効かない。
まあ弾がなくて死ぬことはないが、いつか何とかしなくては。
その時、俺の頭上で何かがパキッと割れる音がした。
「何だ?」
真上に視線を移す。
何も見えない、と思っていたら、何か黒いものが落ちてきている?
「へ?」
俺が唖然としている間に、それは俺の目の前の床に激突した。床かそれかは分からないが、何かが砕ける音がした。
恐る恐る懐中電灯の光を向けると、見えたのは見慣れたデカい帽子、黒い軍服と長い金髪である。
つまるところそれはティーガーⅡだ。そいつが今、微動だにせず臥せているではないか。
「お、おい! 大丈夫か!?」
俺は九九式狙擊銃を側に置くや否や、すぐにティーガーⅡの元に駆け寄った。
うつ伏せになっているのを抱き上げ、取り敢えず顔に傷が付いていないのは分かった。
しかし、機械の生きているかいないかはどう判断すればいいんだ? 脈拍も呼吸もこいつにはそもそもない。
「おーい、生きてるか」
「ん…… ああ?」
ティーガーⅡは案外あっさりと目を開けた。まったく、無駄な心配をかけさせる奴だ。
「おい、お前、何があったんだ?」
しかし彼女が目覚めたからといって万事が解決する訳ではない。5階か4階辺りから落ちてくるのにはそれ相応の理由があった筈である。
「お、おい、起きてる?」
ティーガーⅡが何故か返事をくれない。
目は開いていて俺を見ているのだが、意識が飛んでいるような、そんな感じである。
まさか本当にヤバいことになっているのでは?
「ええと、俺が誰だか分か…… へ?」
抱きつかれた、奴に突然。あまりにも突然のことに、俺の頭は困惑するばかりである。
奴の金髪が俺の頬に触れてくすぐったい。
「ええと……」
「ライぃ、私といちゃつきたいんだったらぁ、最初からそう言えよぉ」
「…… は?」
何を言ってるんだ?
少なくとも俺の事は覚えているらしい。が、いつものティーガーⅡでは到底言わないようなことを甘い声でさえずるのである。
全く意味が分からん。
「頭大丈夫か? 麻薬でも吸った?」
「は、はぁ? わ、私はぁ、何もしてないぃ、からぁ」
「クスリやってる奴は大抵そう言う」
ティーガーⅡの様子は幻覚でも見ているかのようである。
いやしかし、俺の事は東條賴だと認識している訳で、となると酩酊の類いだろうか?
「な、何を言うぅ? ほらぁ、こうしてぇ」
「うっ」
ティーガーⅡに抱きつかれると、息が出来なくなる。
それは比喩的な表現ではなく、物理的な肺が圧迫されるからである。
「放してくれ。息が出来ん」
「そ、そうかぁ?」
素直に放してくれた。だが次の瞬間、ティーガーⅡはそのまま後ろに倒れた。
「あ、ちょっ!」
俺は反射的に手を伸ばしたが、対応は間に合わず、ティーガーⅡは後頭部を綺麗に打ち付けることとなった。
「うっ」
そしてティーガーⅡはそのまま喋らなくなった。
「な、何だったんだ?」
何かに中身を乗っ取られた、とかじゃないだろうな?
いやしかし、そうだったらこんなことをするメリットもないし、考えても埒が明かない。
まあ暫く寝かせとけば何とかなるだろうと思い、ティーガーⅡはベンチの上に横たえておいた。
だが、これで終わりではなかった。
その作業を終えた瞬間、入り口の方から聞き覚えのあるエンジンとキャタピラーの音が聞こえてきたのだ。




