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あれに見えるは長崎の街。夜空と同じ色をした、灯火絶えたる廃都である。
「意外と綺麗だな」
黒軍服の少女、TigerⅡ(ティーガーⅡ)は言った。
「ああ、まったくだ」
ちょうど俺も同じ感想を抱いたところである。
九州は既に殆どが陥落したものと見える。従って、長崎は戦場となった筈だ。
ところが、ここから見える長崎の建造物の一切には傷一つ見当たらないのである。
それで人の気配というものが一切ないのだから、さながら模型でも見ているような印象を受けた。理解し難い光景である。
「まあ進むか」
「ああ。そうしてくれ」
ティーガーⅡは再びけたたましい駆動音を奏でる。
そして長崎の領域にまで何も見つけれずにたどり着いてしまった。平戸やその対岸に腐りかけの死体やらがごろごろ転がっていたのとは正反対ののどかな景観があった。
この時代、都市という都市は全て計画都市である。
よって、都市とその周辺との境界は見ただけですぐに分かる。具体的には地面の色が違う。都市に入った瞬間、地面の色は鼠色になる。
そして都市に入った瞬間から左右には高層建築物がひしめいているのである。
「やはり、人はいないのだな」
「ああ。とても、奇妙だ」
小綺麗な舗装路、立ち並ぶ店舗は殆ど完全に保存されている。この都市の人間が全員一気に神隠しにあったようにすら見える。
「で、どこを漁るべきだと思う?」
「さあ、あてはないな」
聞かれても困るのだ。軍用の保存食の在処など知る由もなかろう。
「では、そこら辺の建物から当たってみればいいのではないか?」
「まあ、それもそうだな」
片っ端から探してみる他なさそうである。
「あそこはどうだ?少しは何かあるかもしれない」
「どれだ?」
あそこと言われても分からん。
「ほら、あれだ」
と言った瞬間、ティーガーⅡは機銃の弾を一発放った。
「お、おい?」
「何だ?分かりやすいだろ?」
「あ、ああ、そういうことか」
そのやり方は流石に感心出来ないが、ライフル弾は食料雑貨店と思しき店の看板を貫いていた。まあ、言いたいことは分かった。
「余り期待は出来ないと思うが」
「そこらの民家よりは幾分か可能性があるだろう?」
「まあ、その通りだ」
ティーガーⅡの言い分はもっともである。
少女の方のティーガーⅡは戦車を降り、二人で先程の店に向かった。無論、人などいない。
さて店に入ろうとして思ったことは、暗いと言うことである。
「流石に電気がないと暗いな。何も見えない」
一寸先は闇と言った感じだ。奥には正直入りたくはない。
「私は音波でものが見えるから、可視光線などいらないがな」
ティーガーⅡは自慢げに言った。
「じゃあ一人で頑張ってきてくれ」
「な、お、お前、何を言う。お前も一緒に来い!」
ティーガーⅡは分かりやすくおどおどと焦る。
後先考えずに行動する奴だ。
「俺は何も見えんからな。どうにもならないもんはどうにもならない」
「ぐぬ。ならば、こうしよう」
「何だ?」
言葉で返す前にティーガーⅡは建物の壁に手を掛けた。
すると手の触れている部分の周りの壁材が崩れ、中から棒状の何かが発掘された。
「今度は何を作ったんだ?」
「懐中電燈だ。使え」
ティーガーⅡはその棒を俺に押し付けてきた。
まあ確かに、先には電球のようなものがあるし、それなりの持ちやすさもしている。が、どうやって点けるのか分からない。
「どうすれば点くんだ?」
「暗いところに行けば勝手に点くようにしておいた」
「そんなことも出来るのか」
実用性は疑わしいが、まあ今この場で使えればいい。
「では、行こう」
「ああ。行ってみるか」
まず店に足を踏み入れ、光が消え始めた辺りで、手元の懐中電燈は本当に点いた。
ティーガーⅡが横で若干安堵していたように見えたのは気のせいだろうか。
「案の定、何もないな」
「そう、だな」
棚があるだけ。中身はない。
しかし、奥に進むと商品が僅かばかり並んでいる棚があった。しかし、まあ分かってはいたが、袋ごと腐っているようだ。
「これはいけるのか?」
「無理だな。人が食べていいもんじゃない」
「これくらいいけそうなものだが」
そっちの方が当然のことのように言うもんだから、俺の方が間違っているのではないかと錯覚しそうになる。
断じて違う。間違っているのはこいつの記憶領域だ。
「人間は腐ったものは食えないように出来ているんだ」
「弱い生き物だな」
「まあ、確かにな。だがそれ故に人間は社会的動物へと進化したんだ」
「面白いことを言うではないか」
「そりゃどうも」
まあ合ってるかは知らんが。
そして更に奥に進むと、店の地図らしきものがわざわざ壁に貼ってあった。文明的なものから切り離された俺からすると実にありがたいことだ。
「やけに広いな」
見る限りでは店は5階建て、水平方向にも結構な広さがあるようだ。地域の中心的なものだったのかもしれない。
「手分けでもしてみるか?」
一緒に探す意味もあるまい。どうせ人っ子一人いないのだから、一人でも問題なかろう。
「ああ。いいぞ」
ティーガーⅡは案外あっさりと了承してくれた。
「ティーガーⅡ、お前は5階から頼む」
「では、ライ、お前は3階だな」
「ああ。じゃあ適当な時間になったらここに集合で」
「了解だ」
多少気は引けたが、見た目上は女の子とは言え、まあ体力無尽蔵のティーガーⅡになら上に行かせてもいいだろう。




