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「陛下、機械に温情をかけるのもほどほどにして下さい」
ゲッベルスは静かに言った。
「ああ。分かっている」
私自身はそう特別な待遇を与えている気はないんだが、まあここは適当に返事をしておいた。
「それと、また報告が御座います」
「何だ?」
「先程、下関防衛線が突破されました」
「早いな…… 早過ぎる……」
何たることか。
開戦、治安維持法と國家總動員法の発令からまだひと月も経っていないというのに、もう本州まで入られたというのか。
勇猛果敢の日本兵の武勇は聞く程ではなかったのか。
「また、第四艦隊の山本長官は敵艦に対する決死の突撃を敢行し、戦死しました」
「第四艦隊は、もうダメか」
長官が死なざるを得ないような状況とは。
これまで人類が辛うじて優勢を保ってきた海での戦いも、その優勢は失われているのか……
やはりアイギスも進化している。我々も進化しなくては。
「次は広島要塞と四国防衛線、近畿防衛線で食い止めねばなりません」
「大勢に死んでもらわないといけないな」
「はい。竹槍の備蓄だけは十分ですので」
「そうか」
人類がアイギスに抗う方法はただ一つ。人海戦術によってアイギスの対応能力を超える兵をぶつけることである。
無論、それは厳重に武装された機関銃陣地に裸で突っ込むようなもの。死人の数など最早数えてもいられない程だ。
だがそれでも、アイギスを壊せる殆ど唯一の手段がこれなのだ。
「戦地に戒嚴令を敷くよう緊急敕令を出す。関係各所に通達してくれ」
戒嚴令によって現地のあらゆる権限が軍部に集約される。合理的な行政には不可欠である。
もっとも、広島の軍の最高司令官に一抹の不安があるのだが、それはまた別の話だ。
「はっ。それと、まだ報告が」
「今度は何だ?」
「九州にて新たなミュトスを2体、確認しました」
「ほう」
興味深い。ミュトスが2体も同時に見つかるとは。それも九州という狭い地域に。
「片方は、以前に確認されていたどっちつかずのミュトスと接触しました」
どっちつかずのミュトス、アイギスに協力はしないが敵対もせず、人間と敵対はしないが同盟することもないという、何を考えているのかわからないミュトスのことだ。
「もう片方は、アイギスと明確に敵対しています。しかし他のミュトスや人間との接触は確認されていません」
「なるほど」
こっちは上手く立ち回れば人間の味方に出来そうである。
「で、捜索には向かわせたのか?」
「はい。既に鈴木大将がEinsatzgruppenを派遣しています」
アインザッツグルッペン、方面軍や総軍の司令部が直接動かす便利屋の部隊である。
特に、一般人に知られてはならないミュトスが関わる事案については、アインザッツグルッペンがよく派遣される。
まあ既に行動を起こしているというのなら、あえて口を挟む必要はあるまい。
「報告は以上か?」
「はい。以上になります。では私はこれにて」
ゲッベルスは執務室のドアノブに手をかけた。しかし私はその瞬間に彼を引き止めた。
「少し待て」
「はっ。何でしょうか?」
「今回の戦争、勝てると思うか?」
何故こう尋ねようと思ったのかは分からない。だが気付いた時にはもうゲッベルスに尋ねていた。
「我ら帝國臣民十三億が陛下の為にその命を捧げば」
「聞こえのいい答えは求めていない」
「はっ。失礼を致しました」
「で?」
「この戦争、出来たとしても精々、国体護持が限界でしょう。十三億玉砕を以てして敵の戦意を挫くは、我らの取り得る唯一の策です」
「そうか。それが、現実か……」
ゲッベルスの言葉は、参謀本部の所見とほぼ同じものであった。
国境の維持、ましてや領土の奪還などは不可能。
やれることは、ひたすらに人命を消費して、アイギスに際限なく損害を強い、以て人類の国体を護持出来る形での講和に持ち込む。
それしかないのだ。
「戦わねば、な」
私は、こうも足掻く人類を醜いと思ったことはない。
人類の独立と自由を守る為、いかに絶望的な戦況でも最後の一兵になるまで戦う姿は美しいではないか。
「はい。かつてアメリカ合衆国に刃を向けた無数の勇士達のように、我ら臣民は皇帝陛下の為、戦い続けましょう」
「頼んだ」
「はっ」
そして今度こそ何の用事もなくなったっと、ゲッベルスは執務室を後にした。
「陛下、新しい子ですか?」
聞こえたのはM26の不気味な声。
「盗み聞きか?」
「はい。人間の電子機器は簡単に弄れますから」
まったく、怖い子だ。その胸中は全く読めない。
「で、それがどうしたと?」
「私にその子の捕獲の任務を与えて下さいますか?」
やけに積極的でこれまた不気味である。しかし、私には彼女の希望に応える気はなかった。
「いや、既にアインザッツグルッペンが向かっている。わざわざ行く必要はない」
それと休暇を取ることを覚えて欲しいというのもあるが。
「そうですか」
「ああ」
沈黙。何と言うべきか分からない。
「では、私はこれで失礼します」
「そ、そうか」
M26は躊躇いもなくさっといなくなってしまった。




