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1-2-9

 さっきの橋はもう見たくないので海岸からは少し離れ、適度に植物の生い茂っている場所を見つけ、そこに野営地を築いた。


 まあ、そこの邪魔なものをどかして倒木を椅子に仕立て上げただけだが。


 俺はまず背嚢から携帯食糧を取り出した。


 栄養だけはあるが、硬くて美味しくもない軍用の奴である。もう残りは少ないんだがな。


「ほう、それは何だ?」


 ティーガーⅡは興味津々に尋ねてきた。


 どうせそうだろうと思っていたが、人間の食料事情への知識は薄いようだ。


「これは軍用の携帯食糧だ。二、三十年は保存出来るよう乾燥されていて、栄養はバッチリなんだが、不味い」


「なるほど。一つ、私にくれないか?」


「お前、飯なんて食うのか?」


 機械に食事を与えるだけ無駄だと思うのだが。


「味覚はある。食べ物を消化することも出来る。但しエネルギー源とは出来ない」


「そんなよく分からん仕様にしたのは一体誰だ?」


「それは知らんが、少なくともその目的は人間に擬態することだろう」


「こだわりが凄まじいな」


 人間が人間を模して作った機械でも流石にそんな機能まではない。


 まあやろうと思えば出来なくもないんだろうが、そこまでやらずとも人間を模倣することは可能だ。


 どうもティーガーⅡの人間体を設計した奴は単なる合理主義者でもないらしい。


「だろ?」


「ああ。びっくりだ」


「で、くれるか?」


 ティーガーⅡは本当にただ単に欲しいようである。何か他に意図があるといった感じではない。純粋な目をしている。


 俺の懐事情が良いんだったら躊躇いなくあげるのだが、残念ながら今の手持ちは少ない。


 これを食べなくても全く問題のない奴に貴重な食糧をあげるのかと問われると、正直迷う。


 合理的な判断をすれば、無論、ティーガーⅡには遠慮してもらうのが正解だ。


 しかし、彼女の目を見ると、断るのはあまりにも忍びない。そして俺の良心は、最終的に非合理的な選択へと俺を導いた。


「分かった。ほら、食え」


 携帯食料の一ピースを差し出した。


「感謝する」


「大事にしろよ」


「無論だ」


 ティーガーⅡは早速携帯食糧にかじりついた。一瞬にして硬い筈のそれが砕けたのには恐怖を覚えたが。


「どうだ?」


「美味い、美味いぞ」


 目の前のティーガーⅡは食糧を咀嚼しており、声は後ろの戦車から聞こえた。これは行儀が悪いと言うんだろうか?


 まあそれは置いとくにしても、美味いだと?


「正気か?」


 我ながらとんでもない言葉が飛び出したもんである。


「ああ。美味いではないか」


「どこが?」


 そもそも味という味が塩と砂糖の分くらいしかないんだが。


「説明するのは難しい。美味いものは美味いのだ」


「正気を疑う」


「私は正気だぞ」


 いや、疑うべきはティーガーⅡの正気ではない。


 こいつの味覚だ。


 こいつを設計した奴は、およそ人間界の食事というものを知らずにティーガーⅡを作ったに違いない。そうでない筈がない。


「なあお前、これ以外に何か食べたことあるのか?」


「魚とか虫とかを食べたことはあるぞ」


「調理済みのをか?」


「いや?」


「で、味はどうだったんだ?」


「そこそこだったな。普通と言ったところだ」


 ダメだこいつ。味覚が狂っている。


 いやしかし、食への要求水準は異常に低いという可能性もあるな。現段階でそれを峻別することは出来ないが。


「もっと美味いもんを食ってみれば、お前の味覚もマトモになるかもな」


「そんなものあるのか?」


「ここにはない。アイギスの占領地にもないだろうな」


 人間の支配領域、帝國の支配領域に行けばいくらでもあるだろうが、ここから人のいるところへは遠いだろうし、行きたくもない。


「そうか。残念だ」


「ああ。そうだな」


「ところでお前、食糧が足りていないのか?」


 別に言ってないが、気付かれたらしい。なかなか鋭い観察眼をお持ちのようだ。


「ああ。足りてないな。残り、精々二週間分くらいしかない」


「では取りに行かないといけないな」


「まあそうだが」


 確かに、このまま何の手も打たなければ、俺は野垂死ぬ羽目になる。


「ここらで食糧が手に入りそうな場所はないのか?」


「そうだな……」


 難しいところだ。


 軍の基地にあるような食糧は、恐らく片っ端から後方に移送されているだろう。


 民間人の食糧は、当然ながらことごとく腐っていると予想される。


 ただ、もし物好きな民間人が携帯食糧を買っていて、なおかつ家に置きっ放しだとすれば、望みはあるかもしれない。


 となると、目標は大都市になるだろう。


「長崎に行ってみれば、何かあるかもしれんな」


「ながさき?」


「ああ。ここのすぐ近くにある大都市だ。お前、そんなのも知らんのか?」


「知らなかった」


 ちょっと怒らせてしまった。前言撤回。


「まあ他国の都市なんて首都くらいしか知らんのが普通か」


「そ、そうなのか?」


「ああ、そうだ。じゃあ取り敢えず長崎を目指すか」


「了解した」


 かくして俺とティーガーⅡは長崎へと進み出した。移動はもちろん重戦車ティーガーⅡで。



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