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「しかしだ、ティーガーⅡ、気付かないか?」
と、大仰に言ってみる。
言いたいのは、同じく海水に浸かった俺が服や包帯を態々乾かさない理由である。
「何の話だ?」
「お前の服は海水に浸かったから干した。そうだろ?」
「ああ、そうだが」
ティーガーⅡに心当たりはないらしい。人間の20倍の思考力とは何だったのか。いやどちらかと言うと鈍感か。
「海水は、概ね塩水だ。そして塩は自然には蒸発しない」
「ああ」
「つまりお前の服は乾かしたところで塩臭いのは変わらん」
「だからどうした?」
「んん、どうしたって…… なあ……」
ティーガーⅡはどうも気にしていないらしい。普通、塩まみれの服を着るのは大分不快だと思うのだが。
実際俺も結構不快だ。
「お前はそんなことを気にするのか?」
ティーガーⅡは俺の方が異常者か何かであるかのように言った。当然、反攻せざるを得ない。
「ああ、気にするとも。逆に気にしないのか?」
「気にせんな。前に言ったように」
「いや、そこは気にしろよ」
「何故だ?」
こいつとは常識が違うのだ、多分。
この議論は多分永遠に水掛け論に終始する。俺はその無駄なのを悟った。
いや、待て。
こいつが人間の常識的な感覚から外れているのは分かったが、となると、それはこいつが少なくとも服を乾かそうとしたこととは矛盾する。
「じゃあお前がさっき服を乾かしていたのは何故だ?」
「それは、服が濡れていたらこの体の活動に支障をきたすからだ」
「なるほど……」
矛盾のない簡潔な解答である。確かに服が濡れてるのは動きづらいし、そこらに塩が付いてても体を動かすのに支障はない。
まあ普通の人間が気にするのがそこではないのは確かだが。
「で、私の問に対する答えは?」
「いや、その話はもう止めだ。多分、分かり合えん」
「そ、そうか」
ティーガーⅡは残念そうな顔をした。流石に冷たかったか。
「し、しかし、私は私の本体が汚れているのは気にしているぞ!」
ティーガーⅡは自慢気に言った。何が誇らしいのか分からんが。
反応に困る。
「お、おう」
「つまりだ、どこかに水を探しに行こうということだ」
「そういうことなら構わんが……」
「なら出発だ」
「ええと、どこへ?」
目の前はそこそこの森。戦車が通れるような場所ではない。それに水源の場所や川の場所なんかも全く知らん。
「適当に歩き回っていたら着くだろう」
「まあいいが」
実際、この平戸島は狭い島だった筈だ。歩き回るのにそう時間はかからないだろう。人が暮らしているということは川くらいはあるだろうし。
「そうだ、行くのなら、私に乗っていけ」
「いいのか?」
「構わんぞ。人が乗ってこそ戦車だ」
まあ確かに。無人で動き回ってる方がおかしい。
俺とティーガーⅡ(人間)は、先程やったのと同じように、ティーガーⅡ(戦車)の天井のハッチからその中に入った。
前方の本来なら操縦席であるところにティーガーⅡは座り、俺はその後ろのよく分からん席に座った。
また今回は、前回のように命の危機に晒されている訳ではない。
「発進だ」
「おう」
乗り心地はそこまでいいものではない。が、自分の足で歩く必要がないというのは、それを差し引いても楽なものである。
だが、さっきは気にする暇もなかった問題が一つ。
「なあ、俺は外を見れないのか?」
「外を見たいのか?」
「ああ」
ずっと同じものを見続けるだけでは飽きる。外はやはり見たい。
「なら、お前の横に潜望鏡のようなものがあるだろ?」
「ああ。あるな」
「それを覗けば外が見えるぞ」
「おう」
言われた通りにそこを覗いて見ると、戦車の上からの視点で、確かに外が見えた。周囲を見渡すことは可能だ。だが視界は狭い。
「見にくいな」
「それか、ハッチから体を出せばいい」
「確かに」
戦争映画なんかでは、戦車の天辺から体を乗り出して周りを見ている兵士をよく見る。
その手段は忘れていた。
今回はハッチはすんなりと開き、体を外に出すことが出来た。これなら視界も広いし周りを自由に見渡せる。
しかし戦車に乗っていながら立ちっぱなしというのは無意味な気もする。
一旦車内に戻る。
「確かに見えるが、立ってるのは疲れるな」
「そうか。なら大人しく中にいろ」
何故かその時のティーガーⅡな口調は強く聞こえた。
「おう。そうする」
「それでいい」
ティーガーⅡはその後も進み続けた。
そこらに死体や武器が転がっているのは、この島全体が壮絶な戦場となったのを物語っていた。
「あったぞ、川だ」
「だな」
かなり細い川だったが、案外すぐに見つかった。まあここにも数体の死体が転がっているが。
「まあ、行くか」
「ああ」
俺とティーガーⅡは早速その川辺に向かった。