表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/109

1-1-12

「はい。これで終わりですわ」


 見れば例のホースからの水が止まっている。Ⅳ號戦車の作業は一先ず終わったらしい。


「ティーガーⅡ、これでどうですか?」


「あ、ああ。試してみよう」


 するとその重戦車はゆっくりと動き出した。Ⅳ號戦車の修理は、それでいいのかよと思わなくもないが、成功したようだ。


「よかったじゃないか。な?」


 と言ってみたがティーガーⅡには引き続きそっぽを向かれてしまった。こいつはどうも思った以上に根に持つ奴らしい。


 面倒なことをしてしまったものだ。


 まあこういう時は時間を空けるのが一番の解決策だ。その間、俺はⅣ號戦車に聞きたいことを聞いてみることにした。


「なあ、Ⅳ號戦車、取り敢えず、フィーアって呼んでもいいのか?」


「ええ。構いませんわ。呼び方など何でもいいです」


「そりゃどうも。で、質問なんだが」


「何ですか?」


「その左半身、何がどうなってんだ?」


 最初に見たときからずっと気になってはいた、すっぽりと抜け落ちたような左半身。なんだかんだで尋ねる機会がなかったが、今ようやくそれは訪れた。


「全身を包帯で覆っている貴方がそれを聞くのですか?」


「いやいやいや、包帯は普通だろ」


 包帯を巻いている理由ならいくらでもある。全身に火傷を負ったとか、大怪我を負ったとかな。まあ俺はその類ではないが。


 しかし、半身が欠けている理由は分からん。どう考えてもそっちはおかしいだろう。


「まあいいですわ。お教えしましょう」


 Ⅳ號戦車は少し微笑むと語り始める。


「これは、わたくし達のような変種が皆持っている特徴ですわ。つまり、私達の人としての体は、誰でも必ずどこかが欠けているのです」


「何故だ?」


「さあ。その理由についてはさっぱり。生まれ持った特質と言うしかありませんわね」


「ほう」


 本人も分からないとあっては詮索の仕様がない。


 だが気になるところが一つある。Ⅳ號戦車はさっき『変種が皆持っている』と言った。しかし俺は『変種』の一体であるティーガーⅡにそのような特質を見出せない。


 改めて見てみても、体のどこにも欠損はない。


「ティーガーⅡにはない、と言いたいのですか?」


「図星だ」


「そうですね…… あの子は……」


 Ⅳ號戦車は自分の本体を入念に点検しているティーガーⅡの方に歩いて行った。俺もついて行く。


「な、何だ?」


「ちょっと、いいですか……」


 Ⅳ號戦車は返事も待たずにティーガーⅡの体を観察し始めた。


「お、おい、何をやってるんだ?」


 一方、ティーガーⅡは結構混乱しているようで、されるがままな感じになっていた。まあ確かに俺だったらドン引きしてる。


「あなた、その髪の毛の下は?」


 顔の半分を覆っている髪の毛のことだろう。確かに、その下に何があるのかは未だに見たことがない。


「べ、別に、大したものはないが」


「では、ちょっと拝見してもいいですわよね?」


「ま、まあ」


 ティーガーⅡは嫌々ながらといった風に髪をたくし上げた。


 するとその下には、本人は大したものではないと言っていたが、俺にとっては非常に驚くべきものが眠っていた。


「眼、眼がない、のか」


 彼女の右眼はなかった。ただ、本来眼球が入るべき場所にぽっかりと穴が開いていた。それを覗くのは深淵を覗くように感じられる。


「ああ。私は最初から片目がなかった」


「こういうことですわ」


「なるほどな」


 Ⅳ號戦車の情報は間違っていなかった。しかし、それに意味はあるのだろうか。


「な、何の話をしているんだ?」


「ああ、ちょっとな。まあお前は気にしなくていい」


「な、何だと!?」


「まあまあ……」


 俺はティーガーⅡの追及を適当に受け流していった。実に御しやすい奴である。


 適当に話をごまかせば、すぐに眼のことは忘れてくれた。


「では、私はここら辺で失礼しますわ」


 Ⅳ號戦車は言った。


「どこか行く場所でもあるのか?」


「いえ。特には。ただ、私は誰かと一緒にいるようなものではありませんので」


「そんな気はした」


 偶にあって世間話をするくらいの仲なら悪い奴ではなさそうだが、こいつとずっと一緒にいると気が滅入りそうである。


「まあ、お二人も仲睦まじいようですし」


「んなことはない」「そんな訳があるか」


 言いたいことが見事に被った。


「そういうところですわ」


 Ⅳ號戦車はくすりと笑った。その笑みは、これまでのそれとは少し違うもののように見えた。


「ああ、そうそう、最後にお名前をお教え下さる?」


「そう言えば言ってなかったな」


 と言うか、ティーガーⅡにすら名乗っていない気がするが。


「私も一応知っておきたい」


 やっぱり言ってなかった。まあ初対面の相手に聞かない方も聞かない方とも思うのだが。


「俺の名前は東條賴だ」


「お前、ドイツ人じゃなかったのか」


 ティーガーⅡには俺は生粋のドイツ人だと思われてたらしい。まあ確かに、それを疑える要素も逆にないか。言語が堪能過ぎるが故の弊害かもしれない。


「ああ。俺は、日本人だ」


「そうなのか。まあ人の人種など取るに足らんことだが」


「そう言ってくれると助かる」


 NSドイツと言えばバリバリの人種至上主義で有名だが、ティーガーⅡにそこへの関心はないらしい。


 兵器は人を選ばないという訳か。


「では、私はこの辺で。さようなら」


「ああ。またな」


 Ⅳ號戦車は戦車の方に乗り込むと、そのままどこかに走り去って行ってしまった。戦車の巨体もすぐに見えなくなる。呆気ない別れであった。


「名前はライでいいんだよな?」


「ああ」


「では、ライ、よろしくな」


「おう。よろしくな」


 これが俺とティーガーⅡの妙な縁の始まりである。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ