1-1-12
「はい。これで終わりですわ」
見れば例のホースからの水が止まっている。Ⅳ號戦車の作業は一先ず終わったらしい。
「ティーガーⅡ、これでどうですか?」
「あ、ああ。試してみよう」
するとその重戦車はゆっくりと動き出した。Ⅳ號戦車の修理は、それでいいのかよと思わなくもないが、成功したようだ。
「よかったじゃないか。な?」
と言ってみたがティーガーⅡには引き続きそっぽを向かれてしまった。こいつはどうも思った以上に根に持つ奴らしい。
面倒なことをしてしまったものだ。
まあこういう時は時間を空けるのが一番の解決策だ。その間、俺はⅣ號戦車に聞きたいことを聞いてみることにした。
「なあ、Ⅳ號戦車、取り敢えず、フィーアって呼んでもいいのか?」
「ええ。構いませんわ。呼び方など何でもいいです」
「そりゃどうも。で、質問なんだが」
「何ですか?」
「その左半身、何がどうなってんだ?」
最初に見たときからずっと気になってはいた、すっぽりと抜け落ちたような左半身。なんだかんだで尋ねる機会がなかったが、今ようやくそれは訪れた。
「全身を包帯で覆っている貴方がそれを聞くのですか?」
「いやいやいや、包帯は普通だろ」
包帯を巻いている理由ならいくらでもある。全身に火傷を負ったとか、大怪我を負ったとかな。まあ俺はその類ではないが。
しかし、半身が欠けている理由は分からん。どう考えてもそっちはおかしいだろう。
「まあいいですわ。お教えしましょう」
Ⅳ號戦車は少し微笑むと語り始める。
「これは、わたくし達のような変種が皆持っている特徴ですわ。つまり、私達の人としての体は、誰でも必ずどこかが欠けているのです」
「何故だ?」
「さあ。その理由についてはさっぱり。生まれ持った特質と言うしかありませんわね」
「ほう」
本人も分からないとあっては詮索の仕様がない。
だが気になるところが一つある。Ⅳ號戦車はさっき『変種が皆持っている』と言った。しかし俺は『変種』の一体であるティーガーⅡにそのような特質を見出せない。
改めて見てみても、体のどこにも欠損はない。
「ティーガーⅡにはない、と言いたいのですか?」
「図星だ」
「そうですね…… あの子は……」
Ⅳ號戦車は自分の本体を入念に点検しているティーガーⅡの方に歩いて行った。俺もついて行く。
「な、何だ?」
「ちょっと、いいですか……」
Ⅳ號戦車は返事も待たずにティーガーⅡの体を観察し始めた。
「お、おい、何をやってるんだ?」
一方、ティーガーⅡは結構混乱しているようで、されるがままな感じになっていた。まあ確かに俺だったらドン引きしてる。
「あなた、その髪の毛の下は?」
顔の半分を覆っている髪の毛のことだろう。確かに、その下に何があるのかは未だに見たことがない。
「べ、別に、大したものはないが」
「では、ちょっと拝見してもいいですわよね?」
「ま、まあ」
ティーガーⅡは嫌々ながらといった風に髪をたくし上げた。
するとその下には、本人は大したものではないと言っていたが、俺にとっては非常に驚くべきものが眠っていた。
「眼、眼がない、のか」
彼女の右眼はなかった。ただ、本来眼球が入るべき場所にぽっかりと穴が開いていた。それを覗くのは深淵を覗くように感じられる。
「ああ。私は最初から片目がなかった」
「こういうことですわ」
「なるほどな」
Ⅳ號戦車の情報は間違っていなかった。しかし、それに意味はあるのだろうか。
「な、何の話をしているんだ?」
「ああ、ちょっとな。まあお前は気にしなくていい」
「な、何だと!?」
「まあまあ……」
俺はティーガーⅡの追及を適当に受け流していった。実に御しやすい奴である。
適当に話をごまかせば、すぐに眼のことは忘れてくれた。
「では、私はここら辺で失礼しますわ」
Ⅳ號戦車は言った。
「どこか行く場所でもあるのか?」
「いえ。特には。ただ、私は誰かと一緒にいるようなものではありませんので」
「そんな気はした」
偶にあって世間話をするくらいの仲なら悪い奴ではなさそうだが、こいつとずっと一緒にいると気が滅入りそうである。
「まあ、お二人も仲睦まじいようですし」
「んなことはない」「そんな訳があるか」
言いたいことが見事に被った。
「そういうところですわ」
Ⅳ號戦車はくすりと笑った。その笑みは、これまでのそれとは少し違うもののように見えた。
「ああ、そうそう、最後にお名前をお教え下さる?」
「そう言えば言ってなかったな」
と言うか、ティーガーⅡにすら名乗っていない気がするが。
「私も一応知っておきたい」
やっぱり言ってなかった。まあ初対面の相手に聞かない方も聞かない方とも思うのだが。
「俺の名前は東條賴だ」
「お前、ドイツ人じゃなかったのか」
ティーガーⅡには俺は生粋のドイツ人だと思われてたらしい。まあ確かに、それを疑える要素も逆にないか。言語が堪能過ぎるが故の弊害かもしれない。
「ああ。俺は、日本人だ」
「そうなのか。まあ人の人種など取るに足らんことだが」
「そう言ってくれると助かる」
NSドイツと言えばバリバリの人種至上主義で有名だが、ティーガーⅡにそこへの関心はないらしい。
兵器は人を選ばないという訳か。
「では、私はこの辺で。さようなら」
「ああ。またな」
Ⅳ號戦車は戦車の方に乗り込むと、そのままどこかに走り去って行ってしまった。戦車の巨体もすぐに見えなくなる。呆気ない別れであった。
「名前はライでいいんだよな?」
「ああ」
「では、ライ、よろしくな」
「おう。よろしくな」
これが俺とティーガーⅡの妙な縁の始まりである。