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「はあ…… 全く若い子は……」
Ⅳ號戰車はわざとらしく頭を抱えて見せた。
まあ本気で悩んでいるという風ではなく、完全にティーガーⅡを煽る為だろう。
一方のティーガーⅡは予期せぬ敗北に意気消沈としている。一応命を救ってもらった仲ではあるし、それを見ると流石に哀れに思えてきた。
「まあまあ、経験なんて稼げばいいさ。それに、あらゆる面でお前の方が劣っている訳ではないだろ?」
「そ、そうだな。私としたことが、Ⅳ號如きに後れを取るなど……」
「いや、だから、そう争うなって。ドイツ人仲間なんだったら仲良くすればどうだ?」
「そ、そうか?」
ティーガーⅡは心底驚いたという感じだった。そんなに突拍子もないことを言ったつもりはないのだが、こいつには『和を以て貴しと為す』の精神はないんだろうか。
まあアイギスの倫理観なぞ知らないから何とも言えないが。
いや、しかし、そんな奴が人を助けたりはしないか。ここは不器用な奴ということにしておこう。
「まあ、その話は置いておいて、ティーガーⅡ、貴女、今の自分の状況を覚えていますか?」
Ⅳ號戰車はそう言っては割り込んできた。
「ん? ああ、そう言えば、私は今動けないんだったな」
そう言えばティーガーⅡは海水に浸って故障してたな。完全に忘れていた。
本人が忘れているのは謎だが。
「そうですわ。それで、せっかくなのでわたくしが貴女を修理してあげてもいいのですけど」
「そ、それは……」
「あら、一生ここで残念な余生を過ごしたいのですか?」
「そ、そんなことはない。修理、頼む……」
語尾が消え入りそうであった。ティーガーⅡは非常に悔しそうである。
「最初からそう素直に言えばいいんですわよ」
そう言うや、Ⅳ號戰車はティーガーⅡの本体の方に歩き出した。どうやら見かけによらず結構いい奴らしい。
それに俺の経験上、ああいう面倒臭いことをわざわざする奴の善意は本物だ。
さて、ティーガーⅡの少女の方は、俺の横で歩いていく彼女の姿を眺めていた。本気で悔しがっている様子は人間にしか見えない。
「お前もついていけばどうだ? あれも、というかあっちの方がお前なんだろ?」
直感的には理解出来ないが、今のティーガーⅡは自分を弄られるというのを静観しているという状況になるのだろう。
それは流石に気持ち悪く思うと思うのだが。
「まあ、そうだな」
「じゃあ、行くか」
「ああ」
そして俺とティーガーⅡはティーガーⅡの本体をまじまじと観察するⅣ號戦車の方に向かった。
「どんな感じなんだ?」
ティーガーⅡの状態を聞いてみる
「エンジンが浸水していて、それが動かない原因ですわ。ですから、水を抜けばいいでしょう」
「そんなんでいいのか?」
エンジンというのは結構脆いものだ。水など入ってしまったら途端に動かなくなる。それが水を抜いただけで再起動するとは全く思えん。
しかし、その疑問に答えるのはティーガーⅡ本人だった。
「さっきも言っただろう」
「何を?」
「私の動力は旧時代もいいところのガソリンエンジンではない。宇宙空間でも使える動力なんだぞ。だから、水さえ抜いてしまえばすぐに動くだろう」
「なるほど……?」
少し引っかかる。
ティーガーⅡがその事実を知っているのならば、わざわざⅣ號戦車に修理を頼んだりしない筈。つまり、ティーガーⅡは今知ったかぶりをしている可能性が高い。
まあ、そこにあえて突っ込む意味は……
「それを知っているのなら、どうして先程ご自分で行わなかったのですか?」
Ⅳ號戦車が言っちまった。
「ぐぬ、それは、だな……」
「まあいいですわ。ほら、準備が出来ました」
「ほう?」
ティーガーⅡの本体の方を見れば、本体の後ろの方に長いホースのようなものが入っていた。恐らく、それで水を抜くのだろう。
また、よく見ると、ホースの先の方に何やら機械が付いている。ポンプの類だろう。
「見ての通りですわ。では、早速」
そしてⅣ號戦車がポンプと思しきものを何やら操作すると、ホースの先から水が流れ始めた。勢いは、大したものではない。
「これは、ちょっと、恥ずかしいな……」
ティーガーⅡは小声で言った。
「何がだ?」
「いや、だって、ああ、分かれ」
「ああ、そういう……」
少し反応が遅れたが、大体察した。何にも気にしてなさそうなこいつがそこを恥じらうのはなかなか面白い。
しかしそうなると、からかいがいがあるのでは?
「いや、分からんな。どういうことだ?」
俺は至って真剣な表情を演じた。
「わ、分かれと言っている!分からん奴は私と行動を共にするに値しない無能だ!」
あれ、予想外にキレられてしまった。火消しをせねば。
「ああ、すまんって。そんなに怒らなくてもいいじゃないか」
「この馬鹿!」
ティーガーⅡはそっぽを向いてだんまりを決め込んでしまった。実に分かりやすい奴である。
しかし、これで俺は何もない砂浜に一人佇む男になってしまった。
見た目はかっこいいかも知れんが、本当に何もなく、暇なだけである。