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さて、まあ暇だしそこらに座れそうな鉄塊を見つけて座った。
そして、Ⅳ號戰車の方を眺めていると、それは後ろにワイヤーを繋いだまま。唐突に走り出した。
一気に加速し、たちまちに遠くへと行ってしまう。戦車って奴は、一般に思われているよりも速いのだ。普通の乗用車と比べても遜色ない速度を出せる。
そして、ついに水中からティーガーⅡが姿を現した。
「おお。やったな」
水飛沫を辺りにぶちまけ、車体の側面に滝を作っている。その姿は壮観だ。
水中から飛び出してくる戦車という絵は現実ではまず見ない。映画でも、現実で物理的にあり得ない以上、まあないだろう。それだけに俺の子供心が少々刺激される訳である。
その辺りでⅣ號戰車は速度を落とし、ティーガーⅡは浜辺に打ち上げられた。案の定、ティーガーⅡは自力では動けないらしい。
俺はティーガーⅡの方に近寄っていった。すると、中から少女の姿をしている方が顔を出した。Ⅳ號戰車も戻ってきている。
「大丈夫か?」
俺はティーガーⅡに声をかけた。まあ明らかに大丈夫じゃないが。
「大丈夫な訳があるか。履帯が全く回らん。主機が完全に壊れた」
ティーガーⅡはぶっきらぼうに応えた。しかしその声音はいくらか穏やかに聞こえた。
そして彼女は戦車のハッチから出てきて、砂浜に降り立った。
「で、それは、直るのか?」
「時間を掛ければな」
「どのくらいだ?」
「それがな……」
何故かティーガーⅡは答えようとしない。いや、答えられない、ように見える。またしても嫌な予感がした。
「まさかお前、直し方がわからないとか?」
「あ、ああ。そういう、奴だ……」
ティーガーⅡは俺から視線を逸らす。案外恥じらってたりするのだろうか。まあそれはどうでもいいが、せっかく地上に出てきたのに、修理出来なかったらどうにもならないではないか。
水中に永遠に閉じ込められるよりは幾分かマシではあるが、それでも大問題である。
と、その時、Ⅳ號戰車の少女の方が微笑みながら歩いてきた。
「ティーガーⅡ、あなた、自分の修理の仕方も分からないのですか?」
Ⅳ號戰車の煽りはなかなかのもの。
「ま、まあ、そうだが」
ティーガーⅡも狼狽していると見える。まあ面白いから暫く静観しておこう。
「まったく、あなた、本当にドイツの戦車ですか?」
「な、わ、私は、ドイツの希望を背負って生まれた戦車だぞ!」
「ま、ドイツの運命はさして変わりませんでしたがね」
「何だと!?」
ティーガーⅡがやけに向きになっている。今のところ見た中で一番感情的になっている。
しかし、そう言えば、Ⅳ號戰車が何者なのかとか、Ⅵ號戰車たるティーガーⅡとの関係性はどういうものかとかはまだ聞いていない。
まあ、取り敢えず地上に出られたことだし、この際に聞いてみるか。2人の口論に口を挟んでみる。
「お前ら、どういう関係なんだ? 名前的に関係はありそうだが」
「ん? ああ、お前にはまだ言っていなかったか」
「ああ。知らん」
「ふむ、そこのvier(四)と私は、共にNSドイツが創ったものだ」
まずⅣ號戰車のことはフィーアって呼ぶのか。確かにPanzerkampfwagen Ⅳでは長過ぎる。丁度いいだろう。
「そして、名前から分かる通り、私の方が最新型で、奴は戦前からある旧型に過ぎん」
「お、おう?」
今思いっきりⅣ號戰車をけなした気がする。本当なのかとⅣ號戰車の方を向いてみると、彼女は不敵な笑顔を返してきた。
「確かに、その子の言っていることに間違いはありませんわ。私が旧型ということは、いくら取り繕っても変えようのない事実です」
「ほらな」
ティーガーⅡは自慢げに言った。しかしⅣ號戰車の方も強気である。そして説明を加えてきた。
「ですが、最新兵器だからといって、それが強いということにはならなくてよ」
「確かに、一理あるな」
それもそうだ。新兵器を造ったがロクなもんじゃなかった、といのはよくある話だし、優秀な兵器ならばそれなりの長きに渡って使い続けられるだろう。
ティーガーⅡを援護したいのも山々だが、これはⅣ號戰車の方が正しい。
「しかし、弱いということにもならん。統計的には新兵器の方が強い場合の方が遥かに多い。だろう?」
ティーガーⅡは言った。
「ああ、まあ、それもそうだな」
確かに、新兵器もやけくそで造っている訳ではない。国家がより良い兵器を求めて設計しているのだ。旧来の兵器より強い場合の方が多いだろう。
まあつまり、この2人の性能を直接比較せねばわからんということだ。
「で、結局、どっちの方が強いんだ?」
「正面から撃ち合えば、間違いなくティーガーⅡの方が強いですわ」
「おお、そうなのか」
Ⅳ號戰車からそう申告してくるとは以外だな。いや、しかし、『正面から撃ち合えば』という指定の範囲は結構狭い。
「ですが、戦車が敢えて真正面からぶつかる必要はありません。戦車の本懐は機動力、その点、ティーガーⅡより遥かに高い機動性を持つわたくしの方が、実戦では有力な兵器ですわ」
「そうなのか?」
と、俺はティーガーⅡに話を振る。
「ま、まあ、捉え方に依るな。私とフィーアでは、得意な分野が違う」
ティーガーⅡは急に矛先を収めた。気でも変わったのか?