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1-1-7

 取り敢えず水面から顔を出し、大きく息をする。


 こう見ると海岸は結構遠い。泳ぐのも一苦労といったところだ。まあ嘆いていても仕方がない。泳ぐか。


「はあ、着いた」


 そして陸に上がった頃には俺はすっかり息を切らしていた。俺も大分年老いたもんだ。やはり、運動のするしないに関わらず体力は落ちていくものらしい。


 周囲には誰もいない。内陸側に兵器の残骸と燃える死体の山があるだけ。生者の気配の一切ない空間というのはなかなか快適なもんだ。


 また、空は雲っているが、火の粉が舞って無駄に幻想的な光景があった。


 さて、まあ奴もいつか来るだろうと、俺は気長に待つことにした。


 そして暫くすると、海面から帽子が見えた。続いてティーガーⅡの顔が出てくる。こうなることは予想していたが、なかなかシュールな絵面である。


「おう。やっと来たか」


「ああ。海底に色々な残骸があってな。時間がかかってしまった」


 その残骸の内容については、あまり触れないほうがいいだろう。


 やがてティーガーⅡの全身が水中から姿を見せた。その帽子がどうして頭の上に乗ったままなのか、それに顔の半分を隠している髪が全く乱れていないのかは謎である。


「で、誰も来ていないのか?」


 ティーガーⅡは不思議そうに聞いてきた。


「ああ。誰もいないが」


「おかしいな。すぐに来ると言っていたのだが」


 恐らく通信の相手のことだろう。


「ん? 何の音だ?」


 その時、遠くから軽い機械音が聞こえてきた。色々なものを踏み潰す音も伴っている。


 振り返ってみると、戦車の残骸の隙間から僅かにその姿が捉えられた。戦車であった。


「戦車だが、あれか?」


「ああ。恐らく」


 だがその確証はない。量産型のアイギスではないようだが、それが味方である保証はない。一応俺とティーガーⅡはいつでも逃げられるように身構える。


 その戦車は大昔のもの、それこそティーガーⅡに似たものに見えた。ただ、ティーガーⅡよりは若干小型で、失礼な話だが、弱そうであった。


「敵意はなさそうだな」


「あれが敵意を持っていたら、私とお前はとっくに死んでいる」


 やがてその戦車は俺の前に止まった。俺から少し離れて、死体や残骸のない海岸線ギリギリのところにだ。すると、天辺のハッチが開き、中からまたティーガーⅡみたいな黒軍服の少女が出てきた。


 ティーガーⅡよりは社交的に見える。こちらの存在を認めると、近づいてきた。


 こいつの見た目についてだが、まず大きな突っ込みどころが2つある。


 まず、腰から上、胸から下の左半身がない。怪我で欠けたとかいう感じではなく、その部位が欠けているのが本来の形だという風に綺麗にぽっかりとくり抜かれている。またそこに何かをぶら下げているのが気になる。


 次に、右手に思いっきり短機関銃を持っている。それをぶっ放されたら狙撃銃と拳銃しか持っていない俺にはまず抵抗のしようがない訳で、まあ本来はこっちの方を気にするべきだろう。


 因みに余談だが、短機関銃というのは拳銃弾を連射する銃のことで、確か英語ではサブマシンガンと呼んでいた筈だ。どうしてそう訳したのかは謎だが。


 あと他には、腕に鉄板様の何かを着けている。材質としてはティーガーⅡの腰についている奴と同じようなものに見える。加えてスカートは無駄に派手だ。


 また瞳は橙色である。橙? そんな瞳は見たことないが。また髪はティーガーⅡと同様の金髪である。そして変わらず非常に長い。


 やがて、少女はある程度近づいたところで止まり、腰にかけていた箱状の物体を手に持った。


「何だ?」


「さあ」


 すると、その物体から細長い棒が伸びてきた。少女はそれを地面に突き刺すと、それを使って頬杖をした。

挿絵(By みてみん)


「な、何なんだ、あいつ」


「さあ」


 つまりこいつは何もない空間でも頬杖をつきたいという至極下らん理由でわざわざ折り畳み台を用意したというのか。


 理解しかねる。俺は結構ヤバい奴と出会ってしまったのではないか?


 さて、この行程を経て、少女はやっと話し始めた。口を開いた、のだが……


「Tuu in sisuteru sandi ya?」


 へ?今の、何語、だ?


 全くもって聞いたことのない言語だ。


 俺は前に言った5言語の他にもスペイン語、英語、中国語、ベトナム語などもかなり低次元だが話せるんだが、こいつの喋った言語は明らかにそのどれにも該当しない。


「Aa.Oi,kii」


 え、いやティーガーⅡも喋れるのかよ。


「Mee in sisuteru kaindi.Tuu in ripeo ya?」


 少女は恐らく質問をした。語尾の調子でそれだけはわかった。まあ確証はないんだが。


「Esu,aa」


 何でかは知らんが、ティーガーⅡは神妙な顔をした。


 しかしこの言語、不思議なもんで、どこか聞いたことのある響きとも聞こえた。あるいは俺もどこかで耳にしたことがあるのかもしれない。


 もっとも、何一つ理解出来ないことに変わりはない。


「ちょ、ちょっと、あの…… 日本語かドイツ語かフランス語かロシア語かアラビア語で話して頂けます……?」


 とか言うと2人の痛い視線が俺を突き刺した。


「Wii isu in?」


 少女の方は俺を見ながらまた何かを問うた。内容はわからん。


 ティーガーⅡは答える。


「Hile in amika mee o.Ai,Mee peo tuu lokio te doitu.Tuu ripeo?」


「ええ。わかりましたわ。そう致しましょう」


「お、おう」


 少女は微笑むと、唐突に言語をドイツ語に切り替えた。それもペラッペラの美しいドイツ語である。まあアイギスにとっては言語の習得など容易いことなのだろう。


「少し驚かせてしまいましたわね。わたくし、Panzerkampfwagen Ⅳ(Ⅳ()戰車)と申します。以後、お見知りおきを」


 Ⅳ號戰車は恭しくお辞儀をした。その右半身だけで。


 俺は一つわかったことがある。こいつ、相手にしたら絶対面倒臭い奴だ。

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