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第三話 千年後の町

 山賊一味を撃退したレーヴェとミスティアがリボー平原を抜けクレジオの町に着く頃には、日もすっかり沈んでしまっていた。


「とりあえず宿を取りましょう。話はそれから」


 ミスティアの提案でレーヴェ達は酒場を目指した。昔から酒場では食事や酒を提供するだけでなく、二階部分で宿を営んでいる所が多い。普通の宿屋と比べて簡素ではあるが、その分料金が安いのだ。ドゥエインと旅をして回ったレーヴェもよく知っている。もっとも、万年金欠気味で野宿をする方が多かったが。


「いらっしゃいませー!」


 酒場に入ると元気のいい声と共ににぎやかな光景が目に飛び込んできた。所狭しと並べられたテーブルの上に、素朴ながらも温かい料理が次々と運ばれていく。酒や料理の注文は引っきり無しのようで随分と繁盛はんじょうしている。客も冒険者風の男や仕事終わりの農夫、目の保養に来た老人や女商人など老若男女入り混じっており、話し声も絶えない。


 ミスティアは酒場の主人の所まで足早に向かうと二言、三言交わし、鞄の中から銅貨を何枚か取り出して渡した。どうやら今日の宿は確保できたようである。


「そのまま食事にしましょ?」

「そうだな」


 レーヴェは促されるがまま、ミスティアの指差すテーブルに座った。向かい側にミスティアが座ると金髪のウェイトレスが注文を取りに来る。


「何にしますか?」


 そう言われてミスティアはレーヴェをチラリと見る。レーヴェは無言でうなずいた。「任せる」という意味だ。


「えーと、野菜のシチューを二つ。あといもとベーコンの炒め物にパンを付けてちょうだい」

「かしこまりましたー」


 ミスティアは手早く注文を済ませると、身を乗り出してレーヴェを見た。観察していると言ってもいい。顔をマジマジと見た後、腰を落ち着かせて言った。


「どっからどう見ても人間よね~」


 レーヴェは自分が元は剣であるということをミスティアに告げた。しかしミスティアは思ったよりも驚かなかった。今日起きたことは彼女にとって驚きの連続であり、免疫ができてしまったせいかもしれない。実際にレーヴェの能力を体感したことも大きいだろう。


「とにかく、あなたと一緒なら魔法が使えることだけは分かった!」


 ミスティアは腕を組んで満足気に言いきった。すごく嬉しそうである。


「おいおい。俺を何だと思っているんだよ?」

魔力マナタンク?」


 レーヴェの質問にミスティアは小首をかしげながら返す。


「ひでえな……」


 言われたレーヴェは苦笑いするしかなかった。

 そんなやり取りをしている内に、二人の目の前に料理が運ばれてくる。


「お待ちどーさまー」


 温かいシチューや焼きたてパンの香りがレーヴェの鼻腔びこうをくすぐる。千年前はドゥエインが食べていたのを傍目はためから見るしかなかったが、今は自分で食べられる。


(美味しそうだ)


 レーヴェは存在するかどうか分からない神に、ちょっとだけ感謝した。


「さて、冷めない内に頂きましょう」


 早速、二人は食事を始めた。

 食事中は主に千年前の話題で盛り上がった。元の持ち主であるドゥエインはどんな人間であったか、聖女はどんな感じだったか、など話は尽きなかった。


「ふふ。ドゥエインさんって面白い人ね!」

「あれだけ剣に話しかける男は世界広しといえど、相棒くらいなもんだろうよ」


 レーヴェはドゥエインの話をした。聞いているミスティアも楽しいが、話しているレーヴェも楽しかった。人と会話をすることが、これほど楽しいとはレーヴェにも意外な発見であった。


 昔話も一段落すると、話題はこれからのことに移っていった。


「レーヴェはこれからどうするの?」

「うーん、そうだな……」


 レーヴェが気になっていることは二つある。

 どうして魔剣である自分が人の姿になったのか?

 他の魔剣は今どうしているか?


 正直、前者については今のところ皆目見当がつかない。なので必然的に後者が当面の目的になりそうであった。


「とりあえず、他の仲間を探すかな」

「あなたと同じ状況と考えると、人の集まる場所にいるかもね」


 ミスティアの言う通り、人になったということは人の営みを強いられるということである。レーヴェのように他の魔剣を探しているかは分からないが、人として生活はしているのだろう。であれば、人と接触を持っている可能性が高い。


「場所に心当たりは?」

「この国に一つ、というか一人いるはず」


 レーヴェが思い当たる魔剣

 それはドゥエインと最後まで親交があったマニフィックという人物が使っていた魔剣――

 風扇ふうせんヴァンドール

 風の力をつかさどる魔剣で、風や空気を操ることができる。

 マニフィックという人物はメルクリア王国の騎士だったので、動いていないとすればヴァンドールはこの国にいてもおかしくない。


「それなら明日この町で必要な物をそろえたら、王都バリアスに向かいましょ」

「おいおい。別にミスティアは付き合わなくてもいいんだぞ? 魔力の泉を探すんだろ?」

「まあ、そうなんだけど……レーヴェ、あなた本当に一人で旅ができるの?」

「うっ……」


 ミスティアはジト目でレーヴェを見る。

 確かにレーヴェはドゥエインと共に世界中を旅した。しかし、それは千年も前のことである。おまけにレーヴェ自身が細かい手続きをしたわけではないし、そもそもお金が無い。無理である。


「ま、私としてもあなたの話には興味があるし。どうする?」

「すまない。頼む」

「え? 今、何て言った?」


 ミスティアは耳元に手を当てて聞き返す。誠意が足りない、ということであろう。


「申し訳ありません。お願いできますでしょうか?」

「しょーがないわねー」


 ミスティアは腕を組んで目をつむり、ウンウンと頷く。レーヴェは項垂うなだれるしかなかった。



 食事を終えた二人はそのまま二階へ上がり、それぞれの部屋で休んだ。二人ともベッドで横になると疲れていたのか、すぐに睡魔が襲ってきたようで翌朝まで目が覚めることはなかった。



 翌日、手早く朝食を済ませた二人は必要な物を揃えながらクレジオの街中を歩く。昨日は到着したのが遅かったため気が付かなかったが、街にはレーヴェの見慣れぬ物があふれかえっていた。


「なあミスティア、道端に規則正しく立っている物は何だ?」

「あれは魔導灯。夜道を魔法の光で照らす道具。昨日町に着いた時、光ってたでしょ」

「じゃあ、あの動いてる鉄の箱は?」

「あれは魔導車。魔法で動く車よ。今日はあれに乗って王都まで行くのよ」

「なあなあ、あれは――」


 レーヴェはまるで子供のように尋ねていく。ミスティアは目を瞑って軽くこめかみを押さえた。まるで母親の気分である。こんな調子ではとても一人で旅など不可能であっただろう。興味本位からの提案をしておいて本当に良かったとミスティアは思った。


 途中、二人は魔法道具マジックアイテム屋に立ち寄った。ミスティアが店主とやり取りをしている間、レーヴェは商品を食い入るように見ていた。


(それにしても、戦う時とはえらい違いね)


 魔法道具に目を輝かせるレーヴェを見ながらミスティアは苦笑いをした。千年の時を生きても好奇心がせない。少しうらやましくもあった。



 昼過ぎ、無事に必要物品を揃え終わった二人は屋台で買ったクレープ・サレを食べながら魔導車の待合室に向かっていた。クレープに挟まった鶏肉やチーズに塩味が利いていて美味しい食べ物だ。


「いやー、ビックリするくらい魔法が日常に溶け込んでるな!」


 レーヴェは頬張りながら千年後の世界に感想を述べた。街中に溢れる魔法道具の数々。魔法道具を売る店、武器や防具に魔法で能力を付加するエンチャント屋、魔法の力で走る車に魔術師という職業の存在。どれを取っても千年前には存在しないものであった。人間は手に入れた技術や知識を活かすのが本当に上手だとレーヴェは思った。


「まあ、楽しんでいただけたようで何よりだわ」


 買い物をするはずが半ば観光案内になっていたミスティアは肩をすくめながら言った。この半日でミスティアのレーヴェに対する印象はだいぶ変わっていた。何を考えているかよく分からない青年から、世の中がよく分かっていない弟みたいな印象になった。



 二人が待合室に到着すると、既に十人程の人が魔導車を待っていた。魔導車は一定のお金を払って複数人が乗りあう車である。行先別に時刻が決まっており、乗りたい客は待合室で到着まで待つことになる。待合室は小さめの小屋になっていて座る場所がある。二人は空いている長椅子に腰を下ろした。


「あと七、八分くらいで次の魔導車が来るわね」

「そうか」


 ミスティアから次の魔導車到着までの時間を聞いたレーヴェは、待合室の中をパッと見回した。壁に貼られた一枚の紙が目に入る。


「賞金首の手配書か、いや、待て……」

「なになに……『王都バリアスをおびやかす怪盗マニフィック 金貨二十枚』ですって。あら? この名前、昨日の?」

「もしかして、もしかするかもな」


 レーヴェとミスティアは顔を見合わせる。ひょっとすると、これは他の魔剣に対するメッセージなのではないか? レーヴェにはそう思えた。

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