第二話 少女と魔法
――オスロの森 山賊根城――
「この馬鹿野郎が! ガキなんぞに舐められおって!」
這う這うの体で逃げてきた手下から話を聞いた山賊の長、グラットンは激怒した。二メートル近い巨体を震わせながら手下を睨みつける。
「で、ですがボス! あのガキ、不思議な剣を……」
顔に包帯を巻いた手下はビクビクしながら言い訳をする。
「魔法を跳ね返す剣、か」
グラットンは大きな目をギョロつかせながら考えていたが、やがて思い出したかのように言った。
「そりゃ、ひょっとすると魔剣かもな」
「魔剣? 何すか、それ?」
「いや、ワシも噂でしか聞いたことがないが――」
魔剣――
遥か昔の戦いで使われた武器で、それぞれが不思議な力を持っている。
持ち主に絶大な力をもたらすと言われており、その価値は計り知れない。
現在ではどこにあるのかも分からない。
伝わる話も荒唐無稽過ぎて、ただのおとぎ話と言う者も少なくない。
「魔剣がありゃ、一国を手に入れることだって出来る」
「ど、どうしやすボス?」
「馬鹿野郎! 目の前にお宝があったら動くのが山賊だろうが! 総出で手に入れるぞ!」
グラットンはニヤリと笑うと勢いよく立ち上がって言った。
一方その頃、レーヴェはミスティアと一緒にオスロの森を歩いていた。
「じゃあ、レーヴェは物探しの旅をしているのね?」
「ああ」
レーヴェは干し肉を口にしながら答えた。先程、助けたお礼としてミスティアから貰った物だ。
鹿の肉の赤身を丹念に味付けし、しっかり乾燥・熟成させた物。旨みが凝縮されており、噛めば噛むほど味がする。初めて食べるレーヴェにとっては興味深いものであった。
(それにしても、まさか千年も経っているとはなぁ)
レーヴェがミスティアから今の暦を聞いた時、流石に驚いた。自分が眠りに就いてから千年もの月日が流れていたからだ。
(千年も経てば人は魔法が使えるようになるのだろうか?)
疑問に思ったレーヴェはふと、ミスティアに尋ねてみた。
「ミスティアも魔法は使えるのか?」
別に他意はない。
山賊が使っているくらいだ。
ごく普通に使えるものなんだろう。
そのくらいの気持ちで聞いたのだが、答えは意外なものであった。
「私は使えない」
ミスティアは歩く足を止め、きっぱりと言い切った。その言葉には強い拒絶感があった。
「私はね、魔力欠乏症なの」
「魔力欠乏症?」
レーヴェには聞いたことがない言葉であった。
魔力欠乏症――
それは生まれつき魔力が異常に少なく、大した魔法が使えない人のことを指す。まったく魔法が使えないわけではない。ただ魔力が足りないと魔法の威力も上がらず、すぐにスタミナ切れを起こす。発症確率は、おおよそ十億人に一人と言われている。
「一生懸命勉強だってした。練習だって他人に負けないぐらいした」
ミスティアの握る拳に力が入る。
「なのに、大した魔法が使えない。使えないのよ……」
ミスティアの表情は暗く沈んでいる。今にも泣きだしそうだ。
レーヴェは首を傾げる。
(人は元々、魔力なんて無いはずなんだけどなあ)
そもそも魔法とは魔の力である。
少なくとも千年前の人間は使うことができなかった。
だからこそ魔剣は製造されたのである。
しかし、現在の人は魔法を使っている。
使えて当然だということもミスティアの悔しさを見れば分かる。
おそらく彼女は相当の劣等感を味わったに違いない――
レーヴェはそう思った。
「だから私はね、魔力の泉を探しているの!」
「魔力の泉?」
「そう。その泉の水を飲んだ者は、絶大な魔力を得られるって噂よ」
ミスティアは顔を上げて答えた。
その眼には強い意志が感じ取れた。
「絶対見つけて、聖女になってやるんだから!」
ミスティアは再び歩き出した。
「聖女、か……」
聖女ベネボレンテ――
先の人魔戦役においてドゥエイン達と共に戦った女性。
聖杖ラボンダンツィアを用いて世界に平和をもたらした、最大の功労者。
レーヴェにとっては懐かしい存在であった。
「見つかるといいな」
「まあ、この辺りには無かったから町に戻るんだけどね」
ミスティアは頭を振って答えた。
「それにしてもレーヴェ……」
「ん?」
「あなた、本当に美味しそうに食べるわね」
「うむ。ウマい、ウマい」
レーヴェは未だに干し肉を頬張っていた。
レーヴェ達はそのまま歩き続けオスロの森を抜けた後、リボー平原を歩いた。
なだらかな道が続くこの平原には春の訪れを知らせるコハルソウがピンクの花を所狭しと咲かせていた。風景はレーヴェが知っているものとそう変わらない。
「この辺りは変わらないな。平和なもんだ」
レーヴェがそんな言葉を口にした、その時であった。
「いたぞ! あいつらだ!」
二人の後方、オスロの森とリボー平原の境から声がした。二人が振り向くと、男が十数人こちらに向かって走って来る。中には巨体の男も見受けられた。
「ちょ、ちょっと! さっきの奴らじゃない!?」
「ああ、多分な」
まだ遠いので分かりにくいが、顔に包帯らしきものを巻いた男が混じっている。レーヴェには見覚えがあった。
「マズイな、人数が多い」
レーヴェは辺りを見渡すと、ミスティアの手を取って走り出した。山賊達は猛ダッシュで追いかけてくる。
「ど、どうすんのよ? そのうち追い付かれるわよ?」
ミスティアも必死に走りながらレーヴェに尋ねる。
「俺に一つ、考えがあるんだが……」
「何よ?」
「ミスティア、一度魔法をぶっ放してみないか?」
レーヴェは笑顔でミスティアに説明し始めた。
五分後、レーヴェとミスティアは走る速度を落として止まった。
「ようやく観念したか」
「ああ、もう逃げないよ」
追い付いてきた山賊に対し、レーヴェはお手上げのポーズをして見せる。その後ろでミスティアは密かに魔法の詠唱に入っていた。
そうとも知らず、手下を掻き分けて前に出たグラットンはレーヴェを睨め付けながら尋ねる。
「小僧! お前が持っている剣は魔剣だな?」
「へえ、魔剣を知ってるのか。そうだよ。この剣は魔剣レーヴァテインって言うんだ」
「にひひ! やはり、そうか!」
グラットンはニヤニヤ笑いながら顎鬚を擦る。その間、手下はレーヴェ達を囲むようにジリジリと動いていく。
「どうだ小僧。その剣を寄越せば、命だけは助けてやるぞ?」
「そりゃ、魅力的な提案だね」
レーヴェは軽口を叩きながらもミスティアの方を確認する。ミスティアは黙って頷いた。どうやら魔法の準備ができたようだ。
レーヴェは確認ができると、グラットンの方を向いて笑顔で言った。
「でも、この剣は俺の大切な相棒の形見なんだ。お前みたいなチンピラには、やれないよ!」
「どうやら命が要らねえようだな!」
グラットンは顔を真っ赤にさせて叫ぶと巨大な戦斧を構えた。手下達も武器を構えて近づく。
「交渉は決裂、ということで」
レーヴェはミスティアの背後に回り込み、肩に手を置いて言った。
「ぶっ殺せ!!」
「うおおおおっっっ!!!!」
山賊達は一斉に襲い掛かった。
「『魔力接続』! よし、いいぞミスティア。ぶっ放せ!」
「えーい! もう、どうにでもなれ! 『風力旋律』!」
ミスティアがそう叫ぶと、レーヴェ達を中心に風が巻き起こった。
いや、それは風などという生易しいものではなかった。
「な、何だ!?」
「うわ! うわーーーーーっ!!?」
一瞬で巨大な竜巻になった魔法は山賊達を次々と巻きこんでいき、十数メートルの高さまで打ち上げていく。男達はそのまま成す術なく地面に叩きつけられ悲鳴を上げた。悲鳴と骨の折れる嫌な音が魔法名どおり、旋律を刻んだ。
「な、な、な……なにコレ~!?」
山賊達も驚いたであろうが、一番驚いたのは魔法を放った本人であろう。周りの惨状と自分の掌を交互に見ている。
「いい魔法だったよ、ミスティア。 自信持っていいぞ! 一人残ったけど……」
レーヴェは笑顔でミスティアの肩をポンと叩くと、グラットンの前に出る。
「さすが図体がデカいだけのことはあるね」
「ぐっ!? これが魔剣の力か!?」
グラットンは風に切られ出血しながらも地に止まっていた。
「なあ、もう諦めてくれないか?」
「ぐっ! ほざけ小僧! ますます、その剣が欲しくなったわ!」
グラットンは雄たけびを上げると巨大な戦斧をレーヴェ目がけて振り下ろした。
ミスティアは悲鳴を上げる。
「きゃあ!?」
(殺った!)
グラットンはそう思った。
しかし――
『魔力増幅』
レーヴェがそう呟くと、凄まじいスピードで叩き込まれた戦斧を片手で軽々と受け止めた。斧に亀裂が入る。
「ば、馬鹿な!? 素手でワシの斧を受け止めるなど……」
グラットンは目を見開いて後ずさる。
(魔剣の力? ち、違う! そうだ。さっきの魔法の時も、小僧は剣には触れていない。では――)
「理解できたか?」
レーヴェのその言葉がグラットンには恐ろしく冷たく聞こえた。人間ではない、何か。死神に対面しているかのように。
グラットンは頭を振って自身を奮い立たせると、もう一度斧を振りかぶって叫んだ。
「こ、小僧! 貴様は――」
「残念だよ」
レーヴェは瞬時に剣を抜くと、魔力を込めて薙いだ。レーヴァテインが斧ごとグラットンの首を斬り飛ばす。大量の鮮血が飛び散り、頭を失った胴体が音を立てて地に伏した。
「ふう……」
レーヴェは剣を振って血を切ると鞘に納めてミスティアの方を見た。
ミスティアは驚きの表情で座り込んでいる。
「手下は放って置いて、とりあえず町へ行こうかミスティア」
レーヴェはミスティアに手を差し伸べて言った。
「レーヴェ……あなたは一体……」
「それについては、道中話すよ」
レーヴェはミスティアに自分のことを話すことにした。
何故、そんな気分になったのかは分からない。
ただ――
(相手の秘密を知ったのに、自分の秘密を話さないのはフェアじゃない)
レーヴェがそう考えたからかもしれない。