プロローグ
プロローグのみ一人称視点です。
俺は二階の窓辺に寄りかかっていた。最近はそこが俺の定位置でもあった。窓の外を見ると暖かい服装をした人達が通りを往来している。
季節は晩秋。冬の足音が聞こえてくるこの季節、流石に夜は寒さを感じる。本来なら上着の一枚でも欲しくなるところだが、それが叶わぬこの身が恨めしい。
俺はふと壁に掛けてあった時計に目をやった。時刻は夜の九時。もうすぐあの男がやってくる。あの男に付き合わなければならない。
カツン!カツン!
あの男の足音が聞こえてきた。今晩は長くなるのだろうか? あの男は本当に変わった人間だ。
ガチャッ!
部屋のドアが開き、あの男――
ドゥエインが入ってくる。
三十を間近に控えたいい大人が屈託ない笑顔と共にやってくる。
「おお! スマンスマン。レーヴェよ! 遅くなった!」
別に約束したわけでもないのに自分が悪かったと馬鹿丁寧に頭を下げてくる。しかも俺に勝手なあだ名を付けながらだ。俺はそれを黙って見ている。こういう時に文句の一つも言えればよいのだろうが、どの道この男には意味を成さないだろう。
「さてさて、昨日はどこまでいったかな?」
ドゥエインは俺の体を強引に引き寄せるとベッドに座りこんだ。粗末なベットがギシッと音を立てて軋む。一気に横にならずに座り込むと長くなる。お決まりの法則。俺は覚悟した。体の中の魔力が熱を帯びる。
「え~と、ああ、そうそう! まだお前と出会う前の話だ」
ドゥエインは楽しそうに話し始めた。この男は本当に話が好きな人間で、自分が子供の時から今に至るまでの話を散々語ってくれる。もちろん、こちらが頼んでいるわけではない。聞かされる方は堪ったものではない。
「あの時は流石にもうダメかと思って……」
ドゥエインの話は止まるところを知らず、それから3時間ほど続いた。
「まあ話はこれくらいにして、そろそろ寝るか!」
話し疲れたのか、ドゥエインは俺と一緒にベッドの中に潜り込もうとする。身を捩って拒否したくなるが、俺には抗う術もない。
「明日もいい日になるといいな、レーヴェ」
そう言ってドゥエインは眠りに落ちた。
やれやれ今日も長かった。毎晩この調子ではこちらも疲れる。
それにしても本当に変わった男だ。
俺に向かって話をするなんて。
だが俺にはどうすることもできない。
なぜなら、俺はこの主が振るう剣に過ぎないのだから。
俺は魔剣レーヴァテイン。
人と魔の争い『人魔戦役』において人に勝利をもたらすべく製造された十二武器の一つ。
そう、武器である。
武器に魂が宿るのか?
それは俺自身よくわからない。
しかしこうして自分の意思というものが意識できる以上、たぶん宿るんだろう。
もちろんドゥエインは知らない。にもかかわらず、あれだけ執拗に話しかけてくるのは軽い嫌がらせのような気がしてならない。まったく一体いつまでこのような生活が続くのだろうか?
それから五年後――
我々十二武器の活用もあり、人魔戦役は人側の勝利をもって終結した。犠牲も多かったが、魔は魔界門の向こう側に封印され世界には一応の平和が訪れた。
「ありがとうな、レーヴェ! おかげで勝つことができたよ!」
ドゥエインは満面の笑みで語りかけてくる。
たまには泣いてもいいんだぞ?
結局、この男は人魔戦役の間まったく変わることがなかった。ある意味この男の美点と言っていい。芯がブレまくる人間よりかは遥かにマシであろう。もっとも、寝坊をして遅刻する、出発する時に寝巻のまま行きそうになる、女にフラれると延々と愚痴を聞かされるなど細かい問題点は山ほどある。
とは言え、この男との生活ももう終わりであろう。人魔戦役が終結した今、俺の役目も終わった。どこか人の来ぬ所で長き眠りに就くことになる。そう思っていた。
だが――
「よし、レーヴェ! これからは二人で好きな所に行けるぞ!」
人魔戦役からわずか五日後、ドゥエインは報酬を何も受け取ることなく俺と共に別の国へ出発してしまった。
いや、なんとなく想像はついていた。
自分の意思は尊重されないということも。
そもそも俺を持って行っていいのか?
とにかく自由な男だ。
まあ、もうしばらく付き合うのも悪くない。
それから二十年後――
「なあ相棒。次はどこに行こうかな?」
ドゥエインとの旅は続いていた。
もう五十を過ぎ、髪や顔に年齢を感じさせるのだが中身は相変わらずの調子である。
海を越え、山を越え、世界中を回り、様々なものを見た。
その旅の間、ドゥエインは決して人を見捨てなかった。
たくさんの人と話をし
困っている人は助け
悲しんでいる人には共に泣いてあげる
そういう真に実直な人であった。
この男は本当に人が好きなのだ。
たとえ俺と出会ってなくても同じ生き方をしたであろう。
この男と会えたことは幸運だったのかもしれない。
最近俺はそう思うようになっていた。
さらに三十年後――
「なあ相棒。先日、マニフィックが亡くなったよ。寂しいことだなあ」
齢八十を過ぎ、流石に旅して回れなくなったドゥエインは俺を人里離れた山の洞窟に安置した。そして一年に何回か、こうして話をしに来るのである。マニフィックは確か他の十二武器の持ち主であったか。
「俺も年を取った。いつまで相棒に会いに来れるか分からん」
最近のドゥエインは年齢のせいもあって、だいぶ老けこんだ。若い時の精強な体は見る影もない。腰も曲がり、足取りも頼りない。もう俺を振ることはできないであろう。
「もし俺が来なくなったら……その時は察してくれ、友よ」
そう言葉を残してドゥエインは去って行った。
そんな寂しいことを言うな。
お前の話を聞くのが俺の楽しみなのだ。
また来てくれよ、相棒。
俺はそう願った。
時は晩秋。
かつて俺が相棒の話にうんざりしていたのもこの時期であったか。
あの時は冬の寒さを感じたものだが、今は違う寒さを感じている。
人恋しさ、というやつであろうか?
その後
冬が来て
暖かい春が訪れ
暑い夏が過ぎ
秋も終わろうという時期に差し掛かったが
相棒が姿を現すことはなかった。
その次の年も
さらに翌年も
ドゥエインは二度と姿を現さなかった。
そうか、逝ったか相棒。
お前と過ごした日々は俺にとって、かけがえのない物であった。
人というものを知ることができた。
あらためて礼を言おう。
俺の意思がいつまであるのか分からないが俺も長く起き過ぎた。
しばらく眠りに就くとしよう。
かつて相棒とした旅を思い出しながら……。
それから千年の月日が流れた。