ニンゲン・フォビア~Kei.ThaWest式精神糜爛人造恐怖譚~
ぼくは無罪
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神様がちゃんと見ているから悪いことをしちゃダメ。
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いつもならおかあさんが怒るからぼくは甘いお菓子をたくさん食べることはできないんだけど、今日は特別だ。
ユリカちゃんの勉強机はキレイに整頓されていて、ぬいぐるみがたくさん並んでいる。
外はいつもよりうるさくいけれど窓が閉まっているから大丈夫だ。
日記帳を見つけたから中身を覗いてみた。丸っぽくて小さめの文字だ。最近手書きの日記をつける子は珍しいとぼくは思った。
クラスのみんなはSNSに自分の事を書いている。ぼくはおかあさんが禁止するのでやっていないから、みんなのことが羨ましいなって思う。
日記には毎日のことがていねいに書かれていた。お花の事や犬の事や好きな食べ物のことや、いじめられていることが書かれていた。
ぼくはかわいそうだなって思った。ユリカちゃんは転校生で、少しおとなしいめの子だったから、みんなに笑われた。それと田舎の方から出てきたから方言がなかなか抜けなくてからかわれていたっけ。
ぼくは仲良くしたかったけど、どうして話しかけたらいいのかわからなかったからずっと遠くの方からユリカちゃんのことを見ているだけだった。
クラスの子やそうでない子もいたけど、たくさんの子がいじめに加わっていたと思う。トイレや用具室とか、先生があまり通らない場所を選んでいじめられていたのだと思う。みんながスマホでそのときに撮った写真や動画を見て笑っていたのを覚えている。
ぼくはお母さんがいらないと言うから使い方もわからないけど、みんなはスマホで日記みたいな遊びをしたりゲームをしたりしているみたいだ。ぼくはユリカちゃんと遊びたかった。
ユリカちゃんの下校の時間に校門の前でこっそり待っていたのだけど、ほんとうにユリカちゃんが出てきたら会うのが恥ずかしくってどうやって言い訳したらいいのかわからなくなってこっそり隠れながら後ろをついていったことがあった。
だからユリカちゃんのお家の場所はわかっていたし、だからいじめっ子たちがユリカちゃんのお家の壁のところにいたずら書きや写真を張ったりしているところも見た。
その写真はこっそりと持って帰ってぼくの部屋の机の引き出しに大切にしまってある。ユリカちゃんは写真の中で裸でバケツの水をかけられたのかびしょ濡れになっている。くしゃくしゃの泣き顔になっているからそれを見ながらぼくはとてもドキドキしてしまった。
かわいそうなユリカちゃん。
血の染みがついているスカートをぼくはそっとめくった。やわらかそうなふとももだった。
今日はとても楽しい一日だ。ぼくはいつもおかあさんに怒られるから遊びにいけないんだけど、神様が怒らないからきっと今日だけは大丈夫なんだ。ニュースでやっていた。
ユリカちゃんとずっと一緒にいられる。
ある日、クラスに帰ってきたユリカちゃんは目が真っ赤になっていた。きっとたくさん泣いてたんだと思う。それでみんながとっても楽しそうに笑っていた。いつもみたいにいじめがあったんだとぼくはすぐにわかった。
ユリカちゃんのふとももに血が一筋、細く流れていた。
僕はユリカちゃんを助けてあげたいなって前からずっと思っていた。でもユリカちゃんにそんなことを言ったら嫌われてしまうような気がして言い出せなかった。それに神様がどこにいてもぼくのことを見ていて、僕がユリカちゃんを悲しませたりおかあさんを怒らせたりしたら罰が当たる。
でも今日は神様のお休みの日らしい。ぼくはそれがわかったからすぐにユリカちゃんのお家に遊びに行った。ユリカちゃんは怖がっていたけどぼくはうれしかった。ユリカちゃんに触ってみたかったし、慰めてあげたかった。今はすごく、おとなしくしてくれている。
ユリカちゃんは思った通り甘かった。
とっても甘いお菓子のように。
ほっぺたのお肉はとっても柔らかかった。ユリカちゃんが笑うとできるエクボのところだ。
目はもう少し水っぽくて、プチプチしたイクラみたいな感じだった。
唇は茹でたウィンナーみたいだった。
血がたくさん流れている。
カーペット。
ぺちゃ。
ぺちゃ。
おなかのお肉は少し弾力があって、噛むとじゅわーっとおいしいジュースが染みだしてくる。
おっぱいは、おいしかった。いちばん甘くて、ふわふわしていてトロトロしていて、舌の上で転がしていると溶けてしまう綿飴。
ベッドが、少しへこんでいる。ユリカちゃんの血をたくさん吸って、重たくなっている。
ベッドからカーペット、ポタリポタリと。
ぼくはずっとユリカちゃんを食べてみたかった。クラスのみんなが、ユリカちゃんを食べるとか食べたとか言っていたから、ぼくもそうしたいと思った。でもユリカちゃんは死んでしまうんじゃないだろうか。こんなになったら、死んじゃうんじゃないのかなぁ。
でもずっと一緒だ。ぼくのおなかの中にユリカちゃんがいつもいるんだ。
ユリカちゃんの細い足。ふとももを噛んでみる。歯に心地いい感触。もう少し強く噛んで、お肉をちぎった。
くちゃ。
くちゃ。
ここもおいしいね。
ユリカちゃん、おいしいね。
真っ白でかわいいキャラクターがプリントされたパンツ。指をかけて一気にずり下ろした。
ユリカちゃんの匂い。
匂い。
匂い。
全部、食べようね。
ぼくのユリカちゃんユリカちゃんユリカちゃんユリカちゃんユリカちゃんユリカちゃんユリカちゃんユリカちゃんユリカちゃんユリカちゃんユリカちゃんユリカちゃんユリカちゃんユリカちゃんユリカちゃんユリカちゃんユリカちゃんユリカちゃんユリカちゃんユリカちゃん……。
2
少し未来のお話。
その日、日本全土を結ぶ監視衛星ネットワークのシステムがダウンした。通称“神の目”と呼ばれるそのシステムはあらゆる地点の監視カメラの映像を集積し、犯罪行為が行われた場合、蓄積された全国民の登録情報から照会を行い即座に自動的に警察や関係各所へ通報、事件を即時解決するための最先端防犯テクノロジーの要の部分であった。
“神の目”には全ての日本国民のデータが出生から現在に至るまで詳細に記録されている。当然過去の通院歴、犯罪歴なども含まれており、一部の者に対しては皮膚下に注射されたGPS端末により重点監視体制が敷かれている。位置情報はもとより、体温、血圧、歩行速度などからも個人の精神状態や肉体の異常を測り、異変があればすぐに取締りの対象となるのだ。
犯罪行為を未然に防ぐためのこのシステムが世界で最初に導入されたイギリスでは、移民の大量流入によって引き上げられていた犯罪発生率が極端に下がり、市民は安心して夜中でも気軽に出掛けることが出来るようになった。
もちろん、個人のプライバシーを侵害するという重大な問題はあったが、それでもシステム導入に反対する者はごく少数であった。それだけ治安維持というタスクは深刻であったわけだ。
日本でもアメリカと足並みを揃えるようにこのシステムが始動し瞬く間に犯罪数は減少していった。人々は、生活を強力に監視する“神の目”の檻の中で、仮初めの平和を享受するに至ったのである。
しかしそれは諸刃の剣でもあった。倫理観無き力に依るだけの恭順は、人々に本当の意味での崇高な精神による善行を忘却させ、ただ単に市民をシステムによって抑圧しているだけであるという事実をも見失わせていったのである。
教育の現場で何が起こったか。
教師たちが、親たちが、先人たちが皆、口を揃えて言った。
神様が見ているから、と。
だから悪いことをしてはいけないんだよ、と。
そしてシステムがダウンした時に、揺り戻しは起こったのである。皮肉なことに、“神の目”を失った人々は正義と制御無き社会の只中に放り出されることで、真の自由を得たのだった。