刹那なるものの恋心
まるでそれが先生自身の体験談であるように、苦しそうに悲しそうに語るものだから、それは間違いなく真実へと変わった。
「彼は僕を女性だと勘違いしています。今になって、男性であったと知って、憤りはしませんかね」
不安を唱えた僕の唇を先生が塞いだ。
驚きに目を見開いていると、僕の目の錯覚なのか、涙でも滲んでいるかのような瞳で先生はこちらを見ていた。
「通常の性癖の持ち主でも、例外として、特別その人という人物を愛することはあるから、それが同性であったとして気持ちは消えるものでもないよ。だから、その人が異性愛者であるということは、お前だから愛しているということにもなるだろう?」
先生の言っていることの、意味はわからなかった。
時折、先生には切ない表情で難しいことを言うことがあったが、こうまでもひどいのは今日が初めてであった。
一つ言えるのは、後悔しないようにしろと、好きなようにしろと、先生は背中を押してくれているのだということ。
どこか、それだけではないような、影のようなものも感じられたような気がした。
けれどその影さえも、優しく僕を応援してくれているようだった。
「私は、僕は愛されていますか?」
口から這い出た言葉に、自分で吐き気を覚えた。
家族を喪って、その代わりを求めているかのように、僕は愛に縋ろうとしていた。
それで適当な愛の言葉に心揺すぶられ、先生にまで師として慕う憧れの心を超えて、それを穢すような想いを抱いてしまっているのか。
全てが僕の寂しさの巻き起こしたことなのだと、心を封じ込めてしまいたくなった。
思わず耳を塞ごうとしていた僕の手を、先生の手が覆って、感覚のなくなっていた指に温もりを教えてくれる。
愛というものを証明されているようでもあったが、それは僕の心を激しく責め立てるものでもあった。
私は彼に愛されている。
謎の深く靡かない私であるから、攻略対象として一時的な興味を向けているだけかもしれないけれど、今の時点では、愛されていた。
僕は先生に愛されている。
この愛は僕が望んでいる家族愛でもなければ、秘かに抱えているであろう恋愛感情などとも違っていて、求める量から溢れるほどの深い慈愛であった。
きっと、どちらも僕に僕であるから向けられている、僕の求めている愛ではなかった。
けれど、だのに愛されていた。
だからこそ不自然で、苦しいのに違いない。