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憧れの人の人たるところ


 懐かしい匂いに、駈け出してしまいそうだった。

 今の僕は僕ではないのだから、先生にしてみれば僕が会いに行ったところで知らない姫君でしかないのだ。

 受け入れてもらえたようだけれど、怪しまれていることだろう。


 はしたない姫だと思われているだろう。

 それを感じながら、打ち明けるまでのことなのだから、軽蔑さえ甘んじようと、僕は先生のいるところへと走った。


 表情を見るに、顔を見てもまだ、僕に気付いていないようだった。

「お久しぶりです、先生」

 女性らしい座り方を崩し、声を作るのも止して、そう呼んだ僕にやっと気が付いたらしい。

 僕の名前を呼んで抱き締めてくれた。


 相談の前に、少しくらいは、再会を喜ぶことも許されることだろう。

 殺されることも覚悟していたし、幽閉ならまだいいだろうと思っていたのだから、またも先生に会えるとは思っていなかった。まして、会えたとしても、会いに行くつもりなどなかったのだし。

 そして先生の方からしてみれば、死んだと思っていた相手なのだ。

 この再会は奇跡にも近いものではないだろうか。


 体重を先生に預けながらも、そう時間がないことを知っている僕には、本題を告げ始めるしかなかった。

 こうなってしまっては、もはやどうでもいいとすら思えてしまっているが、確かに僕が思い悩んでいたことなのだ。

 大切なことであることはそれなのだ。


 あの歌に、態度に、惹かれてしまっている気持ちも本当なのだ。

 騙しているという罪悪感も、先生に憧れた自分を裏切る感覚も、どれも本当なのだ。

 なのだから、僕ではどうしようもできない今を、先生に導いてもらうしかないのだ。


「実は……」


 家族はみんな死んでしまったのだということ。今はどのように過ごしているのかということ。とある男性に通われているのだということ。

 先生が優しく話を聞いてくれる、それが心地好くて、夢見心地へまで誘われて、何もかもを吐き出してしまっていた。

 中には、自分でさえも知らないような内容も含まれていた。


 最後まで頷きながら聞いてくれた先生は、

「お前のしたいようにするのがいいよ。好きなのだろう? だったら、それこそが正解だから」

 頭を撫でてそう言ってくれたのだ。

「わからない、わからないのです。僕は、自分の好きな相手というのが、わからないのですよ」

 ここまで答えに近いアドバイスをもらっておきながら、これ以上を求めるなど、直接的な答えしか求めていないと告げているようなものであろう。


 ここに来たら、それが許されるような勘違いをしてしまった。

 先生だって人間なのだということを、今の今まで僕は知らなかった。

「好きな相手がいるんなら、今のうちにその人に飛び付いておきな。手に入らないところまで行ってしまってから、後悔したってもう遅いのだからね」

 初めて見る先生の表情に、その言葉が心底へまで届いてきた。


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