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沈む心に言葉はない

 相変わらず、夜になると必ず彼は現れる。

 それが日常になってしまうことが、僕には怖くて仕方がなかった。

 先に進んでしまうこともまた、怖くて仕方がなかった。


 離れたかった。

 逃げ出すのでなく、自立する必要があった。


 一緒にいてはいけないと思い込もうとする考えすら、自分を守るためのものだと言ってしまえば、それまでのことだとはわかっている。

 あなたに嫌われたくない。

 あなたを嫌いたくない。

 それだけのつまらない感情だ。


 結局、どうしたいというのだろう。

 何ができるのか、それどころか、何がしたいのかすらわからない。

 逃げ出すしかないのなら、逃げ出すのでもいいのかな。

 自分を無理に守らなくても、逃げたなら逃げたと思えば……。


 元より苦手だったものでもないけれど、今の僕には、とても「うた」を作ることができなかった。

 自然への愛を謳うことこそあったにしても、恋歌など知らぬ僕ではあるのだし、気持ちの整理が少しも付かないのであって、一つも纏まらないのだ。

 これをそのまま言葉にすればいいだけにしても、そうも簡単なことができないのだ。


 何を当て嵌めたら、僕の心は文面に表れてくれるのだろう。

 もう一度、あなたに近付くための「ことば」を、僕は持っていないのだった。

 この服を投げ捨てて、部屋を飛び出して走り出せば、全てを捨てて逃げ出してしまえば、簡単なことなのに違いない。

 どのような「ことば」も必要はないのだ。


 僕の傍にいてくれている、僕のためを想ってくれている、その人たちのために、僕は無責任な行動を起こせなかった。

 彼女らのせいにするつもりはないけれど、一人で背負い込む勇気もなかった。


 男なのか女なのか。

 それさえ中途半端な僕には、どっちつかずな心を、上手く扱う術などあろうはずもなかった。


 こんな僕であるのに、どこまでも彼は僕を信じてくれている。

 いろいろと、騙してしまっていることばかりであるし、裏切り傷付けることばかりであっただろうに、いつまでも彼は僕を信じてくれるのだろう。

 愛される自信はなかったけれど、彼の愛を信じることは不思議と容易だった。


 愛してくれている。それなら、嫌われてしまってからでないと、せっかく愛してくれている人にひどいことをするようなことになってしまう。

 残酷なことを強いるようになってしまう。


 嫌われるべきだ。

 でも、でも……嫌われたくない。

 そこだけは、強い感情で僕が僕の理性を責め立てる。

 あなたに嫌われてしまうことには耐えられないの。


 いっそ嫌い合っていた方が、別れはよっぽど楽になる。

 けれどそれはあまりにも空しいし、許されない最低の逃げだ。

 幸せをすべて否定する行為だ。


 正解など結局はどこにでもないのだとしても、それに気付いてしまったのだとしても、無意味と知りながら全力で探し続けなければいけない。

 それが運命であり常だ。


 なんと辛く悲しいことだろう。

 なんと気持ちの重いことだろう。


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