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王子様のキスはお姫様のものだろうが!

 僕には親友と呼べる友達なんて一人もいない。友達と呼べる関係の人間すらいないと言っても差し支えないのだから、当然といえば当然の話だけれど……。

 空気扱いされるところまでは落ちぶれていないが、授業とかでグループを作るときはいつも取り残される――それが僕のクラス内での立ち位置だ。

 つまり僕は、『限りなくぼっちに近い浮いたやつ』くらいに思ってもらえたらいいかな。

 ぼっちに近いだけで、まだ、ぼっちじゃないからな? 『それ、ぼっちだろ』とか思っても口に出すなよ?

 いつも一人なのが僕の個性で、静かな自分の時間を楽しく過ごせたらそれで……それだけで……ダメだ、泣きそう……。

 ぼ、僕がぼっちかそうじゃないかは置いといて、僕の友達の話に戻ろうか。僕にもちゃんと友達はいるんだって話だ。

 小学校からの腐れ縁で、はっきり言って消してしまいたい僕の過去を――つまりは黒歴史ってやつを、一から十まで知っている友達が僕にもいる。

 幼馴染おさななじみって呼ぶべきなんだろうが、僕の中での幼馴染イメージは家が隣の美少女だから、あいつには一切当てはまらない。よって幼馴染とは呼ばない、呼びたくない。

 あいつと僕の関係は友達以上親友未満、悪友くらいがちょうどいいや。

 ――悪友って、反語的には親しみが込められてるらしいけど無視しよう。



 あいつとの出会いは小四のとき。クラスが同じになって、僕の後ろの席があいつだった。

 恥ずかしい話になるけれど、その頃の僕はかなりやんちゃしていて、クラスの中心的な存在。さらに、ケンカっ早くもあった。

 四年もバカをやっていれば、僕がそういう人間だとだいたいのやつに知られている。だから、ちょっかいをかけてくるようなやつはいなくなっていた。

 が、クラス替え初日、事件は唐突に起こったんだ。

 その日、僕は黒いTシャツを着ていた。胸のど真ん中にドクロがプリントされてる服で、『黒とドクロ=かっこいい』なんていかにもガキっぽい理由から、当時はそんな服ばっかだったな。

 朝の会が終わったあたりから薄々おかしいなとは思ってた。さっきも言ったけど、僕はかなりの注目を集める人気者。

(本当だぞ? 小学生の頃は、まとめ役みたいなこともやっていたんだって!)

 でも、その日はあまりにも注目を浴びすぎていた。ときどきクスクス笑いも聞こえてきて、明らかにバカにされてるような空気なんだよ。

 廊下を歩くだけでわらわら人が寄ってきて、まるでハリウッドスターの来日みたいな状態になってしまう。

 小四くらいになると、怒りの沸点はさすがに上がっているんだけど、我慢の限界ってものもある。

 下校の準備をしている間もクスクスは止まなくて、むしろ隠す気ないだろってほどみんな笑ってた。


「何がおかしいんだよ! 僕抜きで楽しいとかずるいだろうがっ」


 ――そう、当時の僕はぼっちとか大嫌いで、仲間外れが一番の恐怖だった。


「おーぃ、アルクくんだっけぇ?」


 イライラしていた僕の背中に、いかにも眠そうな声が投げつけられたのはそのときだった。

 振り返れば茶色に染まった前髪越しに、眠ってんじゃないのかと思う細さでこっちを見つめるニつの目。その手には修正ペン。


「黒い服に修正液がくっついてると、鳥のうんこみたいだよなぁ。ほら、ピューってさ」


「なっ、何してんだ!」


 ペン先が壊れてたのか、あいつがペンを握ると勢いよく修正液が飛びだして、僕の服はドロドロにされた。


「うわー、散らしたらなんか下品な感じになっちゃったなー。そんなサービスシーンはいらねー」


「おまえがよごしたんだよ!」


 保健体育的な知識にはまだ疎かったから言葉の意味は理解できなかったけれど、どう考えてもいいイメージは浮かんでこなかった。バカにされてるってことはわかるし。

 今ならはっきり否定できるよ。

 僕に、男にけがされる趣味なんてねぇ!

 ――そういうことじゃあないな、たぶん。

 えーっと、一部の人間にしか受けなさそうな話は置いといて、お気に入りだった服をよごされたわけだから当然僕はキレた。


「ベンショウしろよ、この野郎っ!」


 反省するどころか完全にバカにした態度のあいつに向かって、僕はためらいなく殴りかかった。

 思い起こすと、この頃から僕の不運は始まっていたのかも……。

 拳があいつに触れるよりもことさら早く、あいつの左拳が僕の顎にクリティカルヒットした。

 全身が震えるのと同時にこみ上げてくる吐き気。それが一瞬の内にどっと押し寄せてくると、視界が暗闇に包まれたのだった。



「ワタル、大丈夫か?」


 そういえばあの時も、あいつの心配そうな声が耳に残っていたような……。


「おい、とりあえず鼻血ぬぐえ。オレの服につけんなよ?」


 ん? 僕の記憶の中のあいつと、少し声が違う気がする。僕は夢を見ていたはずなのに……。

 いっ、痛いっ! そんなに強く鼻をこするな! しかも、生温かくてぬるぬるしてて気持ち悪い……。

 ていうか、これはどんな状況なんだ? 目を開けるのもしんどいって、余程のことが起きたに違いないよな? 全身がズキズキきしむような痛みと、頭の下には不思議な弾力。気持ちとしては、もうひと眠りくらいしたい……。


「どーせ、起きてんだろ? 寝たふりしてっと殴るぞ。それか、王子様のキスでも待ってんのか? どうしてもってワタルが言うんなら、オレは構わねぇけど? ほら、無防備なワタルの唇、喰っちまうぞ……?」


 鼻息が顔にかかってくすぐったい……。しかも、徐々に風が強くなっていく? 

 まさかコイツ、本気なのか!?

 じょ、冗談じゃないっ!

 罠とはわかっていても、男とキスなんてゼッタイに嫌だ!

 あっ、あぁーっ! 近い、息が近い!

 やめろ、やめろ、やめろぉお!


「僕にっ、男にけがされる趣味なんてねぇえっ!!」


「ンガッ!」


 し……、死ぬかと思ったぞ、まったく……。

 痛みも少しずつ治まってきてるようだし、鼻血も放っておけば治るだろ。このごろ鼻血が頻繁に出てるからな、血管が脆くなってるのかもしれないなぁ……。

 取り敢えず――、


「お前なぁ、冗談でもやっていいことと悪いことぐらい考えろ! 顔近いし、唇触れてたらどうしてくれんだっ! ファーストキスが男とかトラウマになるだろうが! てか、停学はどうなったんだよ!? 自宅で謹慎とか言われてただろ」


「あー、校長がもういいってさ。拳で語ったら解決した」


「はぁ?」


 フォームだけは(しゃくだけれども)様になっているシャドーとともに、ミドリはあっさり言った。

 ――拳でって……。より事態が悪化するだろ、それ。


「何度も言ってっけど、オレの名前は『緑枝あおえだ』で、みどりじゃねぇし。一回読み間違えたのが恥ずかしいからって、ミドリミドリってさー。礼儀がなってないぜ」


 『わたる』を『あるく』と読んだやつがよく言うよ……。

 名前の話は脇によけて、どうしてミドリに膝枕されてたのか。それが一番の疑問だ。

 まさか謹慎中に変な扉を開いてしまったのか、こいつは。せめて巻き込むのだけはやめてくれよ……、僕にそっちの趣味はないからな。


「ワタルは馬鹿なのか? オレにもそんな趣味ねぇし」


「じゃあ、何でミドリがこんなところにいるんだよ」


 話せば長くなるんだけどさー、と前置きして、緑枝あおえだ愛斗まなとは語りだした。



 ――いや、やっぱり『みどりえだ』って読んじゃうって! 初めて見たら、絶対『あおえだ』は浮かばないよ。十中八九『みどりえだ』だって……。

 少なくとも、渉と歩を間違えるよりも、ありえる読み方だと思うぞ?

こんにちは、白木 一です。


ツンツントゲトゲがメインだから、キャラクターの名前を薔薇に近いものにしようとは考えておりますが、ストーリーに薔薇を入れようとは全く思っておりませんということをまず先に述べておきます……。


はい、新キャラ登場しました!

ちょっとチャラい系の男の子です。

ストーリーにもかなり絡んできます。

が、次話投稿はだいぶ先になりそうです……、


申し訳ございません、まずは刀の物語を完結させたいのです。

どうか気長に続きを待っていただければ……。

これからも、腐ってないですよ? な白木 一と、(おそらく)健全な私の物語をよろしくお願いいたします。

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