誰か僕を救けてくれ……。
どうしよう……。
割と本気で、困ったことになったぞ……。
僕の右隣りは浜永さん、真向かいに鷹嶺、鷹嶺の左に薔子さん。
一見、女子に囲まれて幸せそうかもしれないが、現実はそう甘いものじゃないんだ。
ここで、さらっと関係の整理でもしておこうか。
薔子さんは、僕の彼女だった人。一目惚れして、勘違いで告白して、OKをもらえて……。でも、彼女になった翌日から会話してくれなくなって、ついに今日、電話越しに『さようなら』を告げられた。
鷹嶺の説明は簡単、女子の皮を被ったアフリカゾウ。何でも薔子さんに恩義みたいなものがあるらしく、薔子さんを悲しませようものなら、おそらく死よりも恐ろしいことが待っているはずだ。
浜永さんは、なぜか僕に優しくしてくれる天使。気があるんじゃないかってくらいスキンシップが激しいから、薔子さんの友達じゃなかったら、まず間違いなく告白していた。もちろん、勝手に勘違いして。
思い返せば、勘違いで告白したなんて言ってるけれど、勘違いさせるようなことを言った方も悪いと思うんだ。健全な男子高校生に、無防備な笑顔とか過度なスキンシップとかの耐性もないんだし。
告白を断れなくて、ずるずる今日まで引きずってしまったのなら、それ以前に勘違いさせるようなことするなよって話なんだ。
――言わないけれど……。言えないけれど……。
それにしても、何て静かな食事なんだ! 美術の教科書で見た『最後の晩餐』の方がよっぽど騒がしいぞ!
真顔で黙々と食べる二人は怖いし、隣でずっとにこにこされるのももっと怖いし……。
僕、何かしたのか? これは罰なのか?
早く帰りたいのに、どう考えても帰られる雰囲気じゃないよな……。
カレーライスがおいしくて、残そうにも残せないし。こんな時に限ってお腹も空いてくるし。間が悪いにもほどがあるだろ!
あれこれ考えても、わからないことはわからないままだ。答えの見えない問題に無駄な労力を費やすのなら、今は目の前のことに集中しよう。つまりは、目の前のカレーライスを食べること。せっかくこんなに美味しいんだから、味わって食べないと損じゃないか。
「ごちそうさま。薔子、シャワー借りるわ。汗かいて気持ち悪い」
早々に食事を終えた鷹嶺は、流しに食器を放り込むと、すたすたリビングを出ていった。
いや、ちょっと待て。何かが引っかかる……。
そりゃあ友達なら、お泊り会みたいなやつで使って、お風呂の場所くらいは知ってるだろう。ひょっとすれば、一緒に入ったこともあるのかもしれない。いや、そういうことじゃなくて……。
「しょこちゃん。食器は純佳が洗うから、ゆっくりしててね」
「す――浜永さん、片付けくらいわたしがやっておくから――」
「いいのいいの。しょこちゃんとみーちゃんが準備してくれたんだから、片付けは純佳がやるの。しょこちゃんは成園くんとおしゃべりでもしときなよ」
今度は浜永さんが立ち上がると、
「成園くんもりらーっくすだよ?」
(勝手に帰ったら、みーちゃんとおうちにお邪魔しちゃうかもねっ)
耳元に穏やかじゃない言葉を残してキッチンに入った。
「………………」
「………………」
どうして、こうなった!?
振られたばかりの元カノと二人きりって、ただの拷問だろ!?
面と向かっての会話すら無かったに等しい彼女と何を話せと?
子どもを捕食するとかいうピエロよりも恐ろしいやつが来るかもしれないから帰れない、緊張とか戸惑いとかがまぜこぜになって言葉も出てこない。
こういうのを八方塞がりって言うんだな……。
――でも、二人きりになれたのって、ほんとに久しぶりだ。
もしかしたらだけど、そんな可能性は低いかもしれないけれど、僕が少しの勇気を持てば、この状況が変わったりするのかな。
会話がなかったから、ケンカが起きたこともない。本音で話し合ったこともない。
僕は薔子さんの気持ちを知らない。
そもそも、薔子さんのことを知らない。
勘違いで告白したとはいえ、僕は薔子さんが好きなんだ。振られた今でも未練たらたらで、緊張してるのは二人きりになれた嬉しさも少なからずあって。
僕の気持ちをぶつけたら、薔子さんも心を開いてくれるだろうか。薔子さんの心を揺さぶることができるだろうか。
やっぱり、想いは口にしないと届かない。
二度目の、今度は勢いだけじゃない本気の告白を、薔子さんへ伝えるんだ。
「薔子さ――」
「どうしてうちに来たの」
どこか遠くを見つめながらも、電話越しを除けば実に数カ月振りに、薔子さんから話しかけてくれた。
が、嬉しさなんてこれっぽっちも生まれない。冷たくて尖っていて、突き放すような壁を作っている、そんな声だった――うち!?
うちって、家ってことだよな? 鷹嶺が使ってるような一人称じゃなくて、住むための場所って意味のうちだよな?
つまり、ここは浜永さんのおうちではなく、薔子さんのご自宅だったと……。気になったところはそこだったのか。
僕の勘違いなど知るよしもない薔子さんは、淡々と話を続けていく。
「わたし、成園くんを誘った覚えがないんだけど。なに? ストーカーなの?」
「ちっ違っ――」
「そもそも、上がっていいって言ったっけ? 他人の家に許可なく入ってくるなんて、犯罪者がすることだよ?」
「はっ……!?」
鼻の奥がツーンとする……。
今、なんて言った?
一目惚れして告白したのは僕だけれど、OKしたのは薔子さんで、OKしたということは、少なくとも僕を悪くは思っていないはずだろ?
たった一日で何があったのかは知らないけどさ、そんなの、あんまりじゃないか。
浜永さんに連れられてきただけなのに犯罪者呼ばわり。
あんなに好きだった薔子さんに、今でも心の底から好きなのに、振られて、否定されて――、これ以上我慢なんてできない。言っていいことと悪いことくらい、ちゃんと選んで話してくれよ!
「僕は――!」
「ほんと、消えてほしいんだけど。わたしの友達にも見境なく手を出して、成園くんは人間をやめたの? 気持ち悪くて吐き気がする」
視線を合わせてくれないだけでなく、取り付く島のないレベルの拒絶。
呆気にとられたというか、毒気を抜かれたというか、そこまで薔子さんに否定される理由が何一つ思い浮かばない。積もり積もった鬱憤が、戸惑いと悲愴感に変わっていく。
「やっと、すっちゃんが帰ってきたと思ったら、変な虫もくっついてるし、手を繋いだりしてるし、勝手にカレーも食べてるし、成園くんは何様なのかな? はやく家から出ていってくれない?」
虫って何だよ! 虫って! もはや僕は人間じゃないってか? 浜永さんには袖を握られただけで、手は繋いでないし――デートでは繋いだ、というか握られたけどさ……。
それよりも、そんなに文句があったのなら、僕がリビングに入ったときに言えば済む話じゃないか。ずっと黙ってるから薔子さんの家だってわからなかったし、身の危険を感じ――もとい、浜永さんが食べてほしいって言うからカレーライスもいただいたんだ。
それならそうと、誘ってないから帰れと正直に言えばよかったのに。そうすれば、僕は薔子さんを諦めることができたかもしれない。
電話越しじゃない薔子さんの声で、言葉で、きっぱり別れを告げてくれたなら。
大切なことなんだから『さようなら』なんて簡単な言葉で済ますなよ。嫌なところ、ダメなところ、僕の至らなかったところ、どうして一日で態度が変わったのかの理由をちゃんと教えてほしい。
何も知らないままに終わるのだけは嫌だ……。
「あれぇ? この空気はなにかな、ケンカでもしてるの?」
ピンク色のタオルを手にした浜永さんが、少しおどけた調子でリビングに戻ってきた。またくっついてくれる――僕の隣に座るのかと思ったら、浜永さんは窓を開け始めた。
「ケンカするほど仲がいいって言うけどね、しんみりはよくないと思うよ? 悲しいのはからだに悪いんだよ?」
窓が全開になると、今度は僕の椅子を引いてくる。訳のわからぬままに立ち上がると、浜永さんは袖をくいくいと引っ張ってきた。
何だよ? かわいいけど、話の途中だぞ?
「隠してばっかりじゃ進めないからね、わかってるってことはしってるけどね?」
浜永さんが何を言ってるのかよくわからないけれども、なんか――いや、かなり嫌な予感がする……。床の揺れるこの感じ、覚えが……。
浜永さんに引っ張られるようにして窓の前につくと、
「べろ、噛まないようにね」
彼女の吐息が耳をくすぐった。
何の話だと振り返った僕の最後の記憶は、凄い勢いで迫る白い塊。バスタオル一枚の鷹嶺と、その咆哮。
「こっち、見んなっ! 変態っ!」
「なっ!? えっ、ちょっと待っ――痛゛ッ!」
跳躍した鷹嶺の左膝が僕に襲いかかってくるという意味不明な状況と、背中の激痛、全身に響く衝撃、地面の冷たさ、錆びた鉄のような味。
あまりの情報量と痛みを処理しきれなかった僕の脳は、意識を遮断するという選択により、混乱やら困惑やらを先送りにしたのだった……。
ごめんなさい、
ごめんなさい、
ごめんなさい、
ごめんなさい、
ごめんなさい、
ごめんなさい……。
間に別の話を書いていたとはいえ、四十日以上も投稿してませんでした、申し訳ございません。
お久しぶりです、白木 一です……。
遅くなったのは書く時間を上手くつくれない私のせいで、時間をとれなかったのはついつい仕事に気がいってしまう私が悪くて……、とにもかくにも大変遅くなりました……。
更新は不定期ですって書いてますけれども、そもそもこんなに読まれるとは意図してなかったので……。
嬉しさとダメさに泣きそうです。
というわけで? 更新しました。
展開が唐突ではないかと思われる方もおられるかもしれませんが、まだまだ話は続きますのであしからず。
拾うのかどうかもよくわからない伏線を落とすだけ落として、オチがないとかなんてことになったら……(上手くはない)。
少なくとも、あと数話で終わるということはございませんので、ゆっくり、ほんとうに気長にお待ちいただけたら……。
これからも、自作より仕事の方が気になって少々危険状態なダメな作家もどきの白木 一と、私の物語、どうぞよろしくお願いいたします。
次回、新キャラ(男)が登場します! とだけお伝えします……。