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予行練習ってことで勘弁してくれません?

「――浜永はまなさん、これって何だったの?」


 ユーカリの木に引っ付くコアラよろしく、僕の右腕にしがみついて離れない浜永はまな純佳すみかは、天使のようなかわいい笑顔を浮かべながら言った。


「デートだよ?」


 知ってるよ!? そう言って誘ってきたのは浜永さんだし、これまでの歩みを振り返ればそうとしか考えられないよ。

 家まで来たかと思ったら、駅前の時計台で待ち合わせしようなんて面倒なこと言うし、昼ご飯はオープンテラスなカフェのランチ。終始くっつかれながら、デパートでウインドーショッピングもした。

 僕の手にいい匂いのするハンドクリームを塗りこんでくれたときは正直ドキッとした……。少し匂いがキツめだけど、気にならないくらいには好みの匂いだった。

 おやつはインスタ映えするとかで話題のパンケーキ。ちなみに浜永さんは、シャッター音を十秒近く鳴らしてた。そんなに撮っても、どうせ使うのは一枚二枚程度だろ? 選別とかどうしてんのさ。

 で、今は、公園のベンチに並んで座って、沈んでいく太陽を眺めているところ。

 勘違いどうこう考える余地とかなくて、これ、普通に幸せなデートだろ!? デート以外にどんな答えがあるんだよ。


「そういう意味じゃなくて、何で僕はこんなことしてるのかって話」


「え? デートの待ち合わせ場所に、なるぞのくんが時間どおりにやってきた、ただそれだけだよ? だからこれはデートなんだよ?」


 きょとんとした顔で首をかしげる浜永さん……。

 かわいい。かわいいけどさあ。そういうことじゃなくて!

 しかも、僕の彼女は薔子しょうこさんで、薔子さんを愛していた僕はデートどころか、残りの夏休みは家に引きこもろうとまで考えていたんだ。それほどまでに、僕の薔子さんへの愛は深かったんだぞ、自分で言うのは恥ずかしいけれども。

 だけれども、「来なかったらみーちゃんに、なるぞのくんに押し倒されて馬乗りにされたって言っちゃうよ?」とか、脅迫以外の何でもないじゃねえか! それ、こっちのセリフだよ!? しかも、にこやかに……。

 天然なのか、計算なのか、どっちにしろ行くしかないだろうが。どうせ僕の弁明を、薔子さんが聴いてくれるなんてありえないからな。

 せめて、『無害なクラスメート』ポジションに収まっていたい。だから、僕はデートの誘いに乗った。そんな誤解をされたら、僕はただの変態になってしまうから……。

 ――なぜか冷たい視線を感じるんだけど、気のせいか?

 つまり、僕には拒否権がなかったってことだ。鷹嶺に冗談とか通じなさそうだし、命の危険すら感じるし。そこんところを理解しておいてほしい――誰に言ってるんだろ……。自分でもよく分からなくなった。

 とにかく、これで今日が終わるんだ。

 薔子さんに電話をかけてからは、あっという間の一日だったなぁ。薔子さんに「ごめんなさい」と振られて、女子に玄関で馬乗りにされて、そのままデート。

 いい思い出だよ、悪い意味で。

 きっと今日のことを、僕は一生忘れない。それどころか、忘れられない思い出(トラウマ)として、脳にインプットされてるかもな……。

 はぁ、リア充最後の日が、こんな終わりを迎えるだなんて。


「――じゃあ、僕は帰るよ。突然のことで驚いたけど、結構楽しかった。ありがとう。浜永さんも気を付けて帰ってね」



 明日から、どんな気分で毎日を過ごすのだろう。

 意外と何も変わらないのかもしれない。恋人らしいことをしたのだって最初の一日だけだ。

 時間さえ経ってしまえば、いつかはいつも通りの僕に戻ってるはずさ。少しだけ恋愛に臆病になっただけの僕に――、な。

 長いようであっという間だった二ヶ月を、僕は夢を見て過ごしていた。そう思うほかないだろう?

 早く帰って出力全開のシャワーの雨に叫んでみようかな、なんて考えながら僕はベンチを立ち上が――ることができなかった。

 浜永さんが僕のTシャツのすそをちまっと握っていたからだ。

 何なんだよ!? 浜永さん(この子)はどうしたら自分がかわいく見えるのか、全部知ってるみたいじゃないかよ!

 上目遣いにほっぺた膨らませて、状況が状況なら、勢いで告っていたかもしれない表情で僕を見つめる天使な少女は、


「もうっ! デートのばいばいは、彼女をおうちまで送ってからでしょ!」


 勘違いさせられそうなセリフを、勘違いさせられそうな声音で言って、一瞬だけ悪魔みたいに口元をゆがませた。

 ――僕は気付くべきだった。この笑みは危険信号だってことに。

 気付けるわけないけどな? 会話らしい会話は今日が初めてなんだからさ。それに、薔子さんの友達という情報しかなかったわけだし。

 あと――、かわいかったし。

 これは浮気じゃないから、たぶん問題ないと思う……。彼女に振られた当日に、彼女の友達とデートなんて頭がおかしいとしか思えないけど、これは浮気じゃあない。

 たぶん……。

 僕が誘ったわけじゃないし、予行練習ってことで勘弁してくれません? 本番がいつになるのかは置いといて。来るのかさえも分からないけど。

 ――いや、ほんと、誰に言い訳してるんだろう。



 確かに浜永さんの言い分はもっともで、デートっていうか夜道を女子一人で帰らせてしまうのが心配だった僕は、浜永さんを家まで送ることにした。

 本音はもう少しだけ一緒にいたかったからだけど……。

 といっても、浜永さんの家を知らなかったから、彼女を送るよりは彼女に道案内してもらっている感が強かった。

 僕の手を握って、「こっち、こっちー」とか「歩くのおそーい」とか、子どもみたいに無邪気にはしゃぐ浜永さんが微笑ましくて、これまでのことがどうでもよくなっていた。

 もう、浜永さんと付き合っちゃえばいいんじゃないか? 僕に気がありそうだし、そうでなければデートに誘われる理由が浮かばないしさ。

 薔子さんに振られておじゃんになった花火デート、浜永さんと二人で――ってのも悪くないかもな……。

 でも、見たかったな。薔子さんの浴衣姿や、屋台を楽しむ様子。それに、この世の全てがどうでもよくなってしまう破壊力のプライスレスなスマイルも、叶うのならばあと一度だけでも僕に向けてほしかった。

 僕の何がダメだったんだろう。

 そりゃあ勘違いから始まったとはいえ、薔子さんは「いいよ」って言ってくれたはずなのに。

 ああ、僕はどこで間違えたんだ……。



「ついたよ」


 浜永さんはそう言って、とある一戸建ての前で立ち止まった。

 どこにでもありそうな普通の一軒家。かなり学校から近いから、登校とか楽だろうな。羨ましいよ。僕の場合は自転車で二十分くらいかかるんだぜ。

 まあ、これでデートも終わり。浜永さんも満足しただろ。

 今度こそ帰ろうと口を開きかけたけれど、浜永さんの方が少し早かった。


「夕ごはん、いっしょに食べよっか」


 ハア!? ゆ、夕ごはん!?

 つまり、それは、家に上がれと!? 女子の家に上がれと!?

 でも、ご家族さまへの説明はどうするつもりだろう……。


「って、いやいやいやいや! 上がらないよ、食べないよ!?」


「えー、遠慮しなくていいのにぃ。パパさんもママさんもいないから、ゆっくりしてってもいいんだよ?」


 ――何そのフラグ。もしかして、あれですか? そのまま浜永さんのお部屋にお邪魔して、何かが起こっちゃうパターンですか?

 期待はしてないけど……、してないけど……、流石にデート初日におうちって……。


「ほーら、遠慮しないではいって」


 はっきり断ろうとしていたのに、浜永さんに引きずられて、僕は無理やり玄関にれられた。あくまでも『無理やり』。ここ、重要だから。

 それにしても、女子の家に上がるのは初めてだけど――いい匂いするな……。何というか、フローラルっていうの? みたいな、ほんのり甘い感じがする。浜永さんのお母さん(どうしよう、お母さんって――恥ずかしい)の趣味かもしれないが、我が家からこんな匂いはただよってこない。

 ん? 知ってる匂いもするけど――これは、カレー?


「そだよ。今日の夕ごはんはカレーライスだからね」


 あれ? それにしては匂いが強すぎやしないか? だって、今帰ってきたところだろ?


「もしかして、火、つけっぱなしじゃ……」


 いつからだ? それより、火事になるんじゃないのか!?

 僕の心配なんてどこ吹く風で、浜永さんはおどけて笑った。


「ダイジョーブだって。火事が起こってたら、もうおうちなくなってるよ? そんなことより、はやくカレー食べるよっ」


「別にそんなにお腹も空いてないから――、あ゛ぁっ!?」


 背中を押されながらリビングに入った僕の目に、予想だにしない光景が映った。

 ふりふりなエプロンをつけた鷹嶺たかねと、割烹着かっぽうぎ姿の薔子さんが、カレーライスを器に盛り付けていた。

 僕に気付いた薔子さんは一瞬で目をそらし、視線を浜永さんに向けて無言の圧力をかけ始め、なぜか鷹嶺は僕をにらみ付け……。

 何、この修羅場……。

 僕、完全に招かれざる客じゃないかよ。

 それに、鷹嶺にふりふりって似合わな――いわけがないじゃないか、ごめんなさい、めっちゃ似合ってるから、かわいいから、その包丁を仕舞ってくださいぃ。 

 ダメだ、頭が現状に付いていけてない。

 薔子さんや鷹嶺がいるなんて聞いてないし……。

 お願いだから、誰か、この状況を説明してくれ。


「はい、いただきますするよ」


 四人分のカレーがきっちり配膳されたところで、浜永さんは僕の腕を引っ張った。

 おいしそうだけど、ごめん。食欲ないよ――あんたらのせいで。

 本気で帰ろうと思ったそのとき、鷹嶺がすたすた近付いてきて、僕の足を踏んだ。浜永さんや薔子さんには気付かれないよう静かに。


「うち、言ったよね。踏み潰すってさ」


 低い声でそうささやきながら、かかとでグリグリされる……。痛いっ! ソックスがこすれて熱いしっ!

 もう、だ……。

 僕、死ぬよ? 死んじゃうよ?

 メンタルだけでも薔子さんとのことでぼろぼろなのに、鷹嶺にいじめられてる僕。心身ともに限界だよ。

 ああ、胃が痛い。



 ごめんなさい、神様。これからは真面目に生きると約束しますから、どうかこの地獄から救ってください……。

 今はリア充とかよりも、命を大事にしていたいです……。

こんにちは、白木 一です。


刀のお話を書くつもりでしたが、こちらの作品が急に読まれるという何かすごいことが起こり、精神が追い込まれてくるうちに話が進んだので書かせていただきました。


鷹嶺さんは身体に、浜永さんは心に、ダメージを与えていくキャラクターの予定でしたが、浜永さんは現状成園くんの癒やしと化しています……。

次話では成園くんをひどいめに遭わせようと思う最悪な作者がここにいます(イヒヒ)。


連続で書いたので、次話まで多少のお時間をいただくことになるとは思いますが、これからも脳内お花畑、恋愛脳の痛い気100%な白木 一と私の作品をよろしくお願いいたします。

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