新顔だらけの始業式。
足が重い。学校へ行きたくないと思ったことは、これまで数え切れないほどあった。テストの日、ミドリとケンカした後、クラス替え、卒業式、入学式。行事毎のタイミング以外でも、何か今日は行きたくないテンションの時だってあった。けれど、今日ほど憂鬱な気分なのは初めてだ。雲一つない空も、わやわやと楽しそうな他の生徒達の声も、まるで僕への皮肉めいていて鬱陶しい。
『バカ』
登校日に薔子さんが残した言葉。どういう意味のバカなのかとんと見当がつかず──だからバカと言われるのだろうけれど、始業式である今日になっても、その答えを見つけられないでいる。
「危なっ」
考えごとをしながら歩いていたせいで、停まっている車に突進するところだった。つやっつやの黒塗りで、いかにも高級車って感じがする。こんなのに傷を付けた日には恐い人達が降りてきて、臓器を売ってでも弁償させられるに違いない。いや、考えすぎか。
「そこのキミ、ちょっといいかな」
「は、はい⁉」
不意に肩を触れられて、驚きのあまり声が裏返ってしまった。振り向くと、鳥の巣みたいにモジャモジャ頭の男に見下ろされていた。まさかこれはフラグ回収というやつか? サングラスと真っ黒なスーツをまとったその姿は、いかにも裏社会の住人ですって言っているようなものだ。難癖つけられて法外な額の賠償金をふっかけられる、マンガでよくあるパターンか? サングラスで男の表情は読めないが視線は感じる。
あれ? というか、この男、眼鏡の上にサングラスをかけている? 間近で見るとめちゃくちゃダサいな。ダメだ。サングラスの違和感に笑ってしまいそう。笑ったらダメだ。ボコボコにされるぞ。
「ぬはっ、何ですかっ?」
堪えきれず、変な返事になった。
「返事のクセ強いなあ。まあ、いいや。キミ、不二峰の生徒だよね。職員用の駐車場ってどの門から入るの?」
癖の強さはダブルメガネが上だと思う。それにしても、危ない職業じゃなくて学校関係者の方だったのか。ここのところ散々な目に遭ってばかりだからか、被害妄想が甚だしい。一度頭の検査を受けた方がいいかもしれない。とにかく、勘違いでよかった。
「えっと、このまま真っ直ぐ行ったら正門なんですけれど、駐車場があるのは反対側の方です。体育館の近くの門で、向こうのコンビニから脇道に入ればすぐです。この時間だったら、門のところに用務員さんがいらっしゃるので、案内してもらってください」
「うん、ありがとう。最近の子にしては親切だね。じゃあ僕は行くから、校内で会ったらよろしくね」
「あ、はい」
モジャモジャ男は、黒光りする車に乗って学校へ向かった。公務員でもあんな車に乗れるんだな……。それか、車にしかお金を使っていないか。だってあんな髪型だし、ファッションには興味がなさそう。どっちにしろ金持ちなのは羨ましい限りだ。僕も将来は働かなくても生きていけるくらいの金持ちになりたいな。
しまった。気付いたら、周りに生徒の姿がなくなっている。モジャ男に時間を取られすぎたせいだ。新学期早々、始業式に途中参加なんて辱めは絶対に受けたくない。
リュックを背負い直した僕は、見慣れた通学路を小走りに駆け出した。
校歌斉唱、そして校長の長話と、小学校の頃から何一つ変わらない始業式。おめでたい表彰式に続き、生徒指導の先生からのお叱りの言葉。その後、風紀検査が終わってようやく、始業式から解放される。だが、今年は流れが違った。
校長の長話は相変わらず退屈だったけれど、話が終わっても校長は舞台から降りてこなかった。
「えー、表彰式をする前に、二学期からみなさんと共に学んでいく仲間を紹介します。では、校長、お願いします」
教頭の発表で体育館の空気が揺れた。突然の転入生イベントに、生徒達のテンションは上がらない訳がなかった。どんなやつが来たのか、学年やクラスはどこか。転入生と会話する機会が来ないであろう陰キャな僕も、やっぱりソワソワした。
舞台袖から現れたのは、二組の男女。
「水瀬花子さんは帰国子女だそうだ。海外生活が長かったために、不便なこともあるだろう。一年一組の諸君、クラスメイトとして助けてあげてほしい」
女子の方は何というか、丸メガネと黒髪のおさげのせいで、絵に描いたような学級委員長って感じ。悪口を言うつもりはないけれど、それ以外に特徴のない、言ってしまえば地味な女子。ただ、流石は委員長(決め付け)。挨拶の声量はマイク越しでも聞き取りにくいレベルだったが、その後のお辞儀は全校生徒が見惚れてしまうくらい綺麗だった。
続いて、もう一人の男子がミュージカルの主役かってくらい仰々しいお辞儀をした。適当な少女マンガを選べば出てきそうな、爽やかとか王子様とか言われ慣れてきたであろう、いかにもな主人公キャラ。こういうやつは頭良し性格良しスポーツ万能で人気者になるって決まっているんだ。
「不二峰高校のみなさん、初めまして。土屋遊太と言います。勉強くらいしか取り柄のないボクですが、仲良くしてくれたら嬉しいな」
最後にウインクが添えられたことで、女子達から黄色い声が上がる。見てくれに騙されるな! 所詮小学生レベルの自己紹介だぞ。僕だって勉強くらいできるんだぞ。
「土屋遊太くんは、先日の全国模試で県内五指に入った秀才だ。二年四組のクラスメイト達に限らず、分からないところがあれば、気軽に彼の頭脳を頼ると良いだろう」
校長の紹介でさらに湧く女子達。ぼ、僕だって、頑張れば学年順位一桁くらいは入れますし……、たぶん。まあ、いいさ。こんなにも女子人気を得てしまったからには、男子からは疎まれ避けられ孤立するに違いない。せいぜい良い夢を見るがいいさ。──悪役キャラみたいだな、これ。
イベントも終わり、いつも通りの始業式に戻るかと思ったら、一人の男が舞台上に現れた。教師らしくない真っ黒なスーツに主張の激しい天然パーマ。ん? サングラスは見当たらないが、あの男はさっきのダブルメガネじゃないか?
「えー、社会科の有野先生が産休に入られる間、臨時講師として着任される小岩井先生です。有野先生が担当されていたクラスをそのまま受け持っていただきます」
教頭の説明は生徒達のざわめきにかき消された。周囲から聞こえてきたのは、新しい教師への期待や興奮、というよりは怪しすぎる雰囲気からくる不信感。しかし、天パ男はマイクを握ると、そんなマイナスな空気を一瞬で吹き飛ばした。
「どうもぉ〜! 期間限定ではありますが、皆さんの人生の先輩として教壇に立たせていただく、小岩井一郎と申します。名前の通り濃い〜人間ですが、気軽にイチロー先生と呼んでくださいね」
僕の頭の上には?マークが三つくらいポポポンと浮かんでいることだろう。この男、こんなハイテンションなキャラだったか? ダブルメガネしていたくらいだから変な人ではあるのだろうが。
「副はつきますが、ありがたいことにクラスも持たせてもらえるそうで光栄です。二年二組の皆さん。田幡先生と比べたら頼りないかもしれませんが、遠慮なく話しかけたりパシったりしてください」
よりによって二年二組かよ! 教師陣が並ぶ壁際の方に視線を向ければ、田幡先生が苦虫を噛み潰したような顔をしていた。面倒事が大嫌いな先生のことだし、癖の強い後輩教師のお守りなんて引き受けたくなかったに違いない。
二年二組の担任、田幡耕史は、その名前とヘビースモーカーを公言していることから『タバコ先生』『タバコウ』などの愛称で親しまれている。あ、ちなみに『タバコウ』のアクセントは『先公』と同じだ。よれよれのシャツにくたびれた背広姿(毎週クリーニングには出しているらしい)が特徴の、初老、独身の国語教師。大ざっぱで適当な性格の割には生徒達から慕われている。先生のこれからの苦労が少しでも軽くなることを祈って、心の中で合掌。
モジャ男こと小岩井先生が舞台上からいなくなると、始業式は流れるように終わった。時間が押しているとかで風紀検査は割愛され、転入生と新任教師の存在もあり、生徒達のテンションは皆一様に高めだった。
今日はHRを乗り越えれば下校できる。議題はおそらく席替えと委員決め。楽そうな係にでも立候補して、ぼーっとしていれば一日が終わることだろう。
──スマホが震えている。このタイミングで、誰が何の用だ? 画面を見ると通話ではなく、メッセージの通知を告げる振動だったらしい。送り主は『なす』。始業式が終わったばかりだというのに、マジで何の用だ? アプリを開いて、届いたメッセージを確認する。
「冗談、ってわけじゃないよな。はぁ……」
浜永さんから届いたのは、それはとても面倒なミッションだった。しかし、最後の一文がこのメッセージを無視できないものにしていた。さっきの今でどうやって考えたのか、まあまあな長文のその追伸に、
『これでしょこちゃんとのキョリがぐぐっと近づくはず!』
と添えられていた。近づくはずと、断言してくれないところが浜永さんらしい。でも薔子さんと親しい浜永さんの言葉だから、きっとそうなれるのだろう。──なんて、我ながらちょろすぎるな。
自分の言葉に一人でツッコミをしながら、僕は教室に向かった。
どうも、いよいよ新年度が始まりますね。白木 一です。
遅筆なせいで投稿を重ねるほど、学生時代からどんどん遠ざかっているなという実感が湧いております。
次回は委員会に入ろう的なお話です。懐かしい……。




