クロストーク! 成園渉の知らない記録。
これは、新学期が始まるまでにあった三つのお話。波乱に満ちた二学期を語る上で欠かせない人々の、成園渉が知ることのない記録である。
眠りについた都会を走る一台のクラウン。真っ黒なボディを包む闇と同じくらい、重く暗い空気が車内には満ちていた。
「なあ、小岩井。薔子の様子に変わりはないか」
最初に切り出したのは、後部座席に座った小太りの男。ハンドルを握る痩身の男は、ため息を一つこぼして応えた。
「そんなに気になるなら、薔子ちゃんに直接訊けばいいでしょうに」
「薔子に訊けることを、お前の口から言わせる意味が何処にある」
男は再びため息をつき、後ろの男に問いかけた。
「今度は何をしたんです?」
「何もしていない! だから困っているんだ!」
「毎回このやり取りをしていますけどね、何もしていなかったことなんて、これまで一度もありませんでしたよ」
「うるさい! 冗談は顔だけにしろ!」
「そのセリフ、鏡を見てから言ってくださいね。お父様」
「お前にお父様と呼ばれる筋合いはないっ‼」
激昂する男とは対照的に、運転席の男はニヤついた笑みを浮かべた。お決まりの流れに満足して、男は眼鏡の位置を直すと、改まった口調で言った。
「章成様、例の件は予定通りでよろしいですか?」
「――ああ、お嬢さんのお陰で間に合いそうだ。小岩井、薔子のことは頼んだぞ。害虫は徹底的に駆除しろ」
「承知しました。委細、私におまかせください」
車内に静寂が漂う。しばらくして、後部座席の男が口を開いた。
「それと、だな。くれぐれも私の命であると、薔子に悟られるなよ」
先程より声量を落とした言葉に、小岩井は小さく吹き出した。
「いつも通り、私の趣味ってことにしておきますよ。まあ一つ言わせてもらうとすれば、そういうところじゃないんですかね? 薔子ちゃんから避けられる理由って」
「小岩井……。社長に直談判して、給料をカットしてもらってもいいんだぞ」
「そんなことしたら、薔子ちゃんに告げ口しますからね」
「チッ……。薔子は何故父親よりこんなヤツを……」
「ふふっ。思春期の女の子なんて、みんな似たようなもんですよ」
一人の父親と、その運転手を乗せた車が夜道を走る。苦悩と謀略を積んだ箱が、新たな騒動の種となることを成園渉は知らない。
──改めまして、第九十九回全国高等学校陸上競技大会、女子一〇〇メートル、そして女子二〇〇メートル、二種目での優勝おめでとうございます! 進留選手、今のお気持ちをどうぞ!
進留咲良(以下、進留)︰ぬるいです。家族が入った後に浸かる、残り湯くらいぬるいです。あれならシャワーを浴びた方がましでしょうね。
──えっと、熱くない、張り合いがないという意味でしょうか?
進留︰そうとも言いますね。他の選手の誰かもが五十歩百歩だったんで。しかし陸上界での五十歩百歩は、なかなかのハンデになりますけどね。ふふっ。
──そ、そうですか。話は変わりますが、二種目ともにレコードを更新しての優勝でしたが、そのことについてどのような感想をお持ちでしょうか?
進留︰普通に走った結果ですので、何も感じませんでした。ああ、こんなものかと。日課のトレーニングよろしく、一人で走っている気分でした。
──なるほど。つまり、同年代にライバルはいないと?
進留︰はい。いや、一人だけ。唯一勝てることのできなかった好敵手が一人だけいます。ライバルと呼べる存在がいるとすれば、彼女だけでしょうね。
──なるほど、進留選手でさえ勝てなかった方ですか。宜しければ、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?
進留︰すみません。彼女は今、一線を退いているために、私の口からは答えられません。ただ、今度久し振りに会えるんですよ。一緒に走れたらいいなと、柄にもなくわくわくしています。
──もしかしたら、その方もインタビューを観ているかもしれませんね。こちらのカメラを使って、メッセージを届けてみてはいかがでしょう。
進留︰そう、ですね……。彼女が私を意識していれば嬉しいのですが、これはきっと届かぬ一方通行の気持ち。片想いに似た感情でしかありません。おそらく彼女がこのインタビューを観ることもないでしょう。ただ、一言だけ残すとすれば『貴方の翼が折れていないことを祈る』でしょうか。あの日この両の目に焼き付いた、地を飛ぶ彼女に生えた翼。次があるとするならば、その翼を折るのは私でありたいと、切に願っているのです。
──熱のこもった宣戦布告、ライバルの方にも届いたことでしょう。それでは最後に、カメラに向かって一言、今後の戦いへの意気込みをお願いします!
進留︰意気込み、ですか。舞台が変わったところで、私はただ走るだけです。そこに決意や熱意といったものを用意したところで、結果を変えることはできません。負ければ私がそこまでの人間だったということです。だから私は走ります。日々の研鑽を怠らず、目の前のゴールテープを切ることだけを目標として、私は走り続けます。
──進留選手、ありがとうございました! 今後の活躍も楽しみにしております!
進留︰そうですね、私も楽しみたいものです。
※これは、○月☓☓日、テレビ不二峰にて放送された内容を抜粋したものである。
ああ。今日という日を、ボクがどれだけ楽しみにしていたのか、キミは気付いてくれるだろうか。ボクがここに来るまでに、どれだけの時間をかけただろうか。心と身体の傷を治して、キミをさがして、キミに会うための準備をして。お金もいっぱい使ったし、パパにもママにも迷惑をかけた。
突然の別れに、何度もキミの夢を見て、その都度枕を涙で濡らした。でも、ボクは今ここに立っている。悲しみに満ちた過去とは別れを告げて、キミとの幸せな未来について考えよう。朝目覚めたら、キミが隣にいる幸せを。夜キミと、おやすみのキスをする幸せを。
もしかしたら、ボク達の邪魔をするヤツがまた現れるかもしれない。そうだ。ボクの顔に傷を付けたあの女、思い出しただけで腹が立つ。ボク達に嫉妬して、勝手にキレて、言葉通り踏んだり蹴ったり……。あの女だけは絶対に許さない。どんな手段を使ってでも、ボク達の絆を裂こうとした罪を贖わせてやる。
きっとキミはボクに気付かないだろう。あの時よりも、もっとカッコよくなってしまったからね。キミを取り戻すために血の滲むような努力をしたし、名前も変えた。本当は今すぐにでも正体を明かして、ボクだよって教えてあげたいけれど、感動の再会はもう少しお預け。あの下品な女に復讐した後で、ボクはキミにプロポーズをするんだ。待っててね、スミカ。愛しいボクのお姫様。
おはようございます、こんにちは、こんばんは。白木 一です。本年もよろしくお願い申し上げます。新型感染症の流行が落ち着いてきたなと思ったら、またすぐ第六波という話になり、まだまだ予断を許さない今日このごろであります。私事だと、ジャニフェスやカウコン、特番などで推し事が捗った年末年始でした。
さて、ようやく本編にも動きがありそうです。長い長い……とても長い夏休みが終わり、新学期が始まります。次の更新がいつになるか私にも分かりませんが、気長にお待ちください。




